第263話 解毒

「毒魔法? わたし使ったことないんだけどな。呪文も知らないし」


 シャーロットは訓練中だったようだが、すぐに来てくれた。

 毒魔法は使ったことがないようで、少し困惑している。


「書物室に行けば呪文のある本はおいてあるだろうけど……そうだな、ロセルに聞けば覚えているだろうから、すぐに教えてくれるだろうね」

「ロセル様も呼んできます!!」


 シャーロットを先ほど呼んできたばかりのヴァージが、率先して呼びに行った。中々働き者だ。


「あれ? てか、アルス様目覚めたんだね。おはよー」

「お、おはよう」


 かなり軽い感じだった。

 私が起きて感動しているとかそんな感じではない。


「アルス様が死ぬとって言う人いたけど、やっぱそんなわけないよね〜」


 どうやらシャーロットは、私が死ぬはずはないと思っているようだった。

 起きるのも当たり前の事くらいにしか思っていないようである。


「アルス!!」


 しばらく待っていると、ヴァージに呼ばれたロセルが部屋に入ってきた。


「本当に目覚めたんだね! ごめんね。僕が不甲斐ないばかりに、解毒が全然できなくて」


 ロセルは軽く泣いていた。


「謝る必要はない。ロセルは頑張ってくれたんだろ?」

「うううう……」


 責任を感じていたのか、ロセルはボロボロと泣き始めた。


「泣いてる場合じゃないぞ〜。ロセル、アンタ毒魔法の呪文覚えてるでしょ? 早くシャーロットに教えな」


 泣いているロセルに容赦なくミレーユは言った。

 彼女は結構ロセルに厳しい面がある。

 割と成長を期待してそう言っているかもしれない。


「す、すみません師匠。毒の魔力水が手に入るとは……もしかしたら、その可能性もあると思って、リーツ先生に仕入れるようお願いしていたんだけど……」

「なんだ。アンタが毒魔法に目をつけてたのかい」

「はい。もし毒魔法によるものだったら、普通の薬を使って効くわけがないので……まあ、毒の魔力水が見つかる確率が低そうだし、そもそも毒魔法にかけられてるって可能性もあんまり高くないとも思ってましたが、念のため……」


 ロセルも、毒魔法であるという可能性は高いとは思っていないようだった。


「解毒魔法の呪文は結構短くて、『その身を清めよ』だね。ちなみに発動したら、半径10m以内にいる人に解毒魔法の効果が出るんだ。距離で効果に差はない。まあ、僕達に毒魔法がかけれてるわけはないから、全く関係ないけど。発動したら確実に解毒できるというわけではなく、魔法の能力が低い人が使った場合、症状が緩和するだけで、解毒しきれない場合があるよ」

「ふーん、じゃあ、わたしが使えば確実に解毒できるんだね」


 シャーロットは自信満々な表情で言う。


「確実ではないよ。アルスがくらった毒が毒魔法によるものとも限らないし、もし毒魔法によるものだったとしても、特殊な触媒機を用いて使った魔法だろうから、効果が出ないかもしれない」


 ロセルは首を横に振った後、説明をした。


「ふーん、まあ、無理な時もあるってことね」


 シャーロットはロセルの説明をよく分かっていないようである。


「とりあえず使ってみようかー。小型の触媒機持ってきたから、魔力水を入れよう」


 自分で持ってきた小型触媒機に、シャーロットは毒の魔力水を入れ始めた。


 その後、呪文を口にした。


「その身を清めよ!!」


 呪文を唱えた瞬間、近くに白い光が、雨のように周囲に降り注ぎ始めた。私の体にも降り注いでくる。


 この光に当たれば、解毒されるのだろう。        

 何だか、徐々に体が楽になっていくような感覚がする。

 光は数秒間振り続いた後、止まった。


「よし、終わり。どう? 楽になった?」


 シャーロットが尋ねてきた。


「ちょっと楽になった……間違いない」


 嘘偽りなく答えた。

 完治したという感じはしないが、間違いなくさっきまでより、症状は緩和した。


「ほ、本当に効いた……!!」


 ロセルは驚くと同時に喜んでいるようだ。


「よーし、じゃあ、このまま安静にしてたら治るでしょ。良かった良かった」


 軽い感じでシャーロットは言った。本当に私が死ぬとは全く思っていなかったようだ。


「よ、良かったです……アルス様」


 リシアは感動して、目に涙を浮かべていた。


 彼女には悪いけど、感動するにはまだ早い。


「ま、待って……症状は緩和したけど、完全に消えたわけではないんだね?」

「ああ」


 ロセルに尋ねられて私は頷いた。


「なるほど……正直、綺麗さっぱり解毒できないと、安心はできないね。時間が経てば症状が悪化するかも」


 私もその可能性はあると思った。魔法で作った毒なだけに、体の免疫での回復は難しい。症状が少しでも残っているのなら悪化していくだけかもしれない。

 毒に時間制限があるのなら、待っていたらそのうち治るが、楽観的な考えは持たない方がいいだろう。

 あの暗殺者がそんな優しい毒を使ってくるとは、私は思えなかった。


「確かに厄介そうな毒だからね。まあ、しばらくは様子を見た方がいいね」


 ミレーユも完全に解毒できたとは思っていないようだ。


「まだ魔力水残ってるし、それ使って消し去ればいいんじゃない?」


 シャーロットがそう提案する。

 ヴァージが買ってきた毒の魔力水は、量的には小型触媒機三つ分ほどの多さだ。

 あと2回は解毒魔法を発動することができる。

 2回使えば毒を消し去れるかもしれない。


「確かに残ってるね。2回使ってみて」


 ロセルがそう頼む。


 シャーロットがその言葉に従い、解毒魔法を二度使用した。


 めちゃくちゃ体が楽になった。

 今なら起き上がって運動もできそうなくらいだ。

 もしかすると、完全に毒が消えたのかもしれない。


「な、治った……のか? 症状がほとんどなくなったんだが」

「とりあえず、このまま数日様子を見よう。まだ僅かに毒が残ってるかもしれない」


 ロセルはそう結論を出した。



 数日経過。


 解毒が完了したかと思われたが、やはりそう甘くはなかった。


 ちょっとずつ症状が出始めてきた。

 完全に毒が消えたわけではなかったのだろう。


 だいぶ楽にはなったのだが、このまま放っておくと悪化していくのは間違いない。


 ただ、解毒魔法で症状の緩和が出来ると分かったのは、収穫である。


 全く効かないと言う可能性もあり得ただけに、大きな発見だ。


 完全に解毒するには、毒の魔力水を大量に集めて、大型の触媒機で解毒魔法を使用すればいいかもしれないと、ロセルが結論を出した。


 確実な方法とは言えなかったが、解毒用に新しい触媒機を開発する、とかに比べたらまだ現実的な作戦だった。


 毒の魔力水は希少なものだが、ミーシアン州外では一応出回っている。

 キャンシープ州でしか、毒の魔力石は採掘できない。ただ、毒魔法はそこまで強くはないので、キャンシープ州も重要視はしておらず、貿易規制などもかかっていない。


 仕入れようと思えば、仕入れることはできた。

 希少なものなので値段は張るが、この際仕方ない。

 最近の好景気で税収が増え、使えるお金も増えてるので、痛い出費にはなるが払えないことはない。


 仕入れは海路から行う。


 まずはセンプラーに行き、船乗りと交渉して、仕入れてきてもらう。

 この役目は、ヴァージに任せた。


 あとは、毒の魔力水をヴァージが仕入れてくるまで待つだけ、と思っていたが問題が発生した。


 サイツ州がカナレに向かって侵攻を開始したという報告が、突如飛び込んできた。



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