第257話 毒

「ど、毒……」


 確かに、暗殺者はナイフに毒とか塗っていそうだ。


 今のところ体に異変はないが、時間と共に何か起こりだすかもしれない。


「応急処置をする」


 ファムが毒を体から出すための、応急処置を行った。

 綺麗な水で傷口を洗浄し、それから血を出すため圧力をかける。


 それから救急キットで傷口に消毒用のアルコールを塗り、ガーゼで傷口を塞いだ。


「今のところは何ともないんだな?」

「あ、ああ」


 ファムに尋ねられて、私は頷いた。


「遅効性の毒が塗ってあった事も考えられるが……ふむ……何の毒なんだ……? よく使われている毒なら解毒剤を一応持っているので、対処は出来るが……」

「ど、毒を塗ってなかったって可能性もあるんじゃないですか?」


 私の不安な気持ちを察したのか、ブラッハムがそういう。


「楽観的に考えたいところではあるが……ただ、あれだけ用意周到に私に近づいてきた奴が、大人しく去っていったんだ。死んだのを確信したと考えてるとしか……」

「……ど、どうですかね〜。旗色が悪いから、去っていったとも……でもあいつ、敵だったんですね。意外です」


 言葉が思い浮かばなかったのか、ブラッハムは不自然に話題の変更をした。


 まあ、でも確かに確実に塗ってあったとは断定はできない。

 今は無症状なので、症状が出ないことには確実なことは何も言えない。


「すまない……見抜けなかった」


 ファムが珍しく落ち込んだような表情で謝ってきた。


 今回の襲撃を自分の落ち度だと思っているようだ。


「お前が謝ることはない。悪いのは自分の力を過信し過ぎた私だ。もっと重点的に調べて家臣にすれば……」

「いや、俺は新しく家臣が入るたびに、そいつを疑って色々調べたりしている。それが仕事だからだ。奴が間者であるとは見抜けなかった」


 悔いるようにファムは言った。

 ファムも騙すほど、腕の良い暗殺者だったということか。


「と、とにかく悔やんでても仕方ない! アルス様も今日は休んでください! 傷に障りますので!」

「あ、ああ」


 私はブラッハムの言葉通り、テントに行った。


 私のテントはリシアと一緒のものだった。

 特に質の良いテントが使われている。


 リシアは騒ぎに気付くことなく、ぐっすりと眠っていた。

 彼女は体力があまりない。長旅で体力を消耗しているのだろう。


 寝ようと思うが、中々寝付けない。

 ぐるぐると考え事をしてしまう。


 今回の件については、リシアにどう話すか。


 ナイフに毒が塗ってあったとはまだ確定はしていないが、仮にそうだった場合、心配をかけることになる。


 もっと言うと、私が死んでしまった場合リシアは……


 考えたくないことだった。


 ナターシャは、どう言う理由があって私を殺そうとしたのだろうか?

 単独犯? 可能性は薄そうだ。誰かに雇われた暗殺者である可能性が一番高い。

 となると、雇ったのは誰だ?

 ミーシアンのほかの貴族?

 それとも戦に負けた腹いせで、サイツ州が私を暗殺しようとしてきたのか?

 野盗たちを懲らしめてきたので、逆恨みされたという可能性もある。


 貴族として名をあげるということは、同時に恨みや妬みを買うことにも繋がる。

 暗殺者を雇う理由のあるものは、意外と大勢いそうだ。


 そもそも、なぜナターシャは鑑定を誤魔化すことが出来たのか。

 鑑定スキルについては、私も分からないことは多い。

 生まれつき持っていた能力で、ほかに同じ力を持っている人も見たことはない。

 私の能力について知っている人もほかにはいなかった。

 もっと自分の力について、真剣に調べた方がいいかもしれないな。

 ……まあ、生き残れたらの話だが。


 今のところ体に異変はない。

 本当に毒が塗ってあったのかはまだ分からない。

 杞憂に終わればいいが。

 寝付けなかったが、時間の経過とともに眠気が強くなってきて、眠りに落ちていた。



 翌日。


 朝起きたら何ともなかった。

 と言っても油断は出来ない。遅効性毒なら一日経たないと、症状が出ないという事もあり得るはず。


「おはようございます……って、アルス、それどうしましたの!?」


 リシアが私の顔を見て驚いていた。

 ナターシャに斬られた箇所に、ガーゼを当てている。

 包帯で巻いているので、かなり大怪我を負ったような感じになっている。


「いや、かすり傷を負ったんだが……」

「本当ですか……?」

「……」


 私は話すかどうか少し悩んで、昨日の事を話すことを決めた。

 いきなり倒れたりした方が、リシアに与えるショックも大きいだろう。


 私はリシアに昨日の事を全て話した。


「そんな……キーフさんが刺客だったんですか? それに毒……」

「ああ、キーフは敵だった。毒を食らったのかどうかは、まだ確定じゃない。今のところ何ともないし。傷自体は大したことないから、毒がなかったらすぐ治ると思う」

「……そ、そうですか」


 リシアはだいぶショックを受けている様子だった。


「と、とにかくそれならば、いつもより急いでカナレに帰還いたしましょう。カナレには医者もいますし、万が一症状が出ても治せるかもしれませんわ」

「そうだな……」


 予定ではカナレまで三日かかるはずだが、それは余裕を持って移動した場合だ。

 移動速度を上げ、急いで移動すれば一日半くらいでカナレに到着できる。


 私たちはリシアの提案通り、移動速度を上げてカナレへと帰還を始めた。


 道中、発症しなければいい、と思っていたが、その願望は甘かった。


 数時間後、熱が出て、体全体に倦怠感が発生した。

 最初はただの風邪の可能性もある、というくらいの軽い症状だったが、それが徐々に徐々に重くなってくる。


 やはり毒を食らってしまったのだと、私は確信した。


 ファムが体の抵抗力を上げる薬を所持していたので、それを飲んだ。

 飲むと少し楽になったが、それも束の間、すぐに症状が重くなっていく。



 数時間経過。



 立ち上がることすら困難なくらい体が重くなってきた。

 まるで自分の体ではないようだ。


「アルス様、もうすぐ到着しますからね! カナレについたら良くなります!」


 馬車で横たわる私に、リシアがそう声をかけてきた。


「あ、ああ……」


 何とか口を開けて返事をした。


「リシア……」

「な、何ですか? お水ですか?」

「もし私が死ぬことがあれば……ローベント家を頼む。跡継ぎはクライツになるだろう。まだ幼いクライツの代わりにローベント家を支えてくれ……頼む……」


 死後のローベント家がどうなるか気掛かりで、私はリシアにそう言った。

 家臣たちを纏めるのは、リシアのほかにはいないだろう。彼女は芯が強く、頭も良く、判断力も高い。リーダーには向いているだろう。


「な、何言ってるんですか! こんなところでアルスが死ぬなんて有り得ませんわ!! そんな約束は絶対にいたしません!」


 怒った表情でそう言った。


「あ! カナレが見えてきました!」


 嬉しそうなリシアの声が聞こえてきた。


 そうか、カナレに到着したのか。


「アルス……アルス!?」


 少し安心したからか、全身の力がさらに抜けて、意識が遠のいていった。


「アルス!!」


 最後にリシアの叫び声を聞き、意識が暗い闇の中へと落ちていった。

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