第256話 帰宅中
帰り道。
季節は冬。
だいぶ冷え込んではいたが、雪は降っていないので、移動には大きな支障はなかった。
「う〜……寒い〜」
ブラッハムがガチガチと震えていた。
彼の服装はかなり寒そうだった。秋用の服を着ている。これでは相当寒いだろう。
「だからもっと暖かい服を着てくるべきだと言ったんですよ……」
ザットが呆れたように言う。
「こんなに寒くなるとは……」
ミーシアンは五月は、そこまで寒くない年もある。ただ、普通に寒くなる時は寒くなるので、間違いなくブラッハムは準備不足である。
「風邪引いちゃいますよ〜」
メイドのファムが心配そうに言う。
「風邪って俺今まで引いたことないんだよな。寒い目にあったのも何回かあったけど」
馬鹿は風邪を引かないと言うが、本当に引いたことない奴がいるとは。
ブラッハムも成長したので、もしかしたら今回は引いてしまうかもしれない。
寒さはあったが、馬車は順調にカナレを目指して進んでいた。
ある日の夜。
私たちは野営をしていた。
村や街になるべく寄れるようなルートで、カナレには向かっているのだが、どうしても途中で寄れず野宿せざるを得ない日もある。
テントを張って焚き火をして、野営をする。
冬なので夜になると一層冷え込み、結構辛い野営になるのだが、こればかりは仕方ない。
この世界には車も電車も飛行機もないからな。
ブラッハムとザット、リシアは先に寝て、私はキーフと一緒に焚き火の近くにいた。
ファムは敵が近くにいないか、見回りをしているので、キーフと二人きりになっていた。
「あったかいですねー」
焚き火に当たりながら、のほほんとした表情でキーフは言った。
彼は、見た目はただの少年だ。
本当に戦の才能があるのか、疑問に思うくらいだ。
まあ、そういう一見才能がなさそうな者の才を見抜くのが、私の力の真骨頂なのだが。
「カナレってどんな場所なんですか? 話では知ってるんですが、行ったことはなくて」
「どんな場所……そうだな……ちょっと前までは辺境のあまり特徴のない街だったが……ミーシアンの内乱が終わってからは、発展してきて結構活気のある街になっている」
「そうなんですね! 街を発展させたのも、アルス様の手腕があってこそですよね!」
「いや、家臣たちの努力のおかげだ。私は力不足であまり活躍はできていない」
「またまた謙遜して〜」
本当のことを言っているのだが、謙遜と取られてしまった。
「僕もアルス様に貢献できるようにもっと頑張らないと! 何もできなかったら、アルス様の目が間違ってるってことになりますからね!」
「君の活躍に関しては期待している。ただ、焦る必要は全くないからな」
キーフは現在の能力値はあまり高くはない。
すぐには結果は残せないだろうが、気長に育成をするつもりだ。
ふと、再確認するために、私はキーフのステータスを見た。
ナターシャ・ヴァルハン 29歳♀
・ステータス
統率 5/12
武勇 99/99
知略 100/100
政治 21/25
野心 50
・適性
歩兵 S
騎兵 C
弓兵 S
魔法兵 A
築城 D
兵器 A
水軍 A
空軍 A
計略 S
帝国暦百八十三年十一月十一日、パルトーン国ソレシア市ラパンで誕生する。両親は健在。冷酷な性格。辛い物が好き。本を読むことが趣味。異性への興味は薄い。
「……え?」
私は困惑して声を漏らした。
全く違うステータスが表示された。
名前すら違う。ナターシャと書かれていた。性別も女だし、出身国も違う。
バグだと思ったので、再鑑定してみたが全く同じ表示だった。
どういうことだ?
本当にバグったのか?
今までバグったことなんて一度たりともなかったが。
キーフ以外にも試してみたいが、近くに人がいない。
何度かキーフを鑑定し直すが、結果は同じ。
仮に、今が正常だとしたら?
今が正常だとすると、キーフを最初に鑑定した時が異常だったということになる。
しかし、キーフは自分で、『キーフ・ヴェンジ』と名乗っていたので、あの鑑定は正しい可能性が高い。
もしくは……
鑑定結果を誤認させる何らかの方法があり、それをキーフが使っていた、という可能性もある。
そしてその効果が今になって切れたため、本来の鑑定結果が表示された。
考えすぎか……?
しかし、仮にそうなら、キーフが私に近づいたのは良からぬ目的がありそうだ。
ほかにもキーフが出発前の時点で誰かに殺されて、今目の前にいるのはキーフに変装した全くの別人であるという可能性もある。
ただ、変装となると、可能性は低そうだ。流石に数日間一緒にいたのに、全く気づかないのはおかしい。
特にその道に詳しいファムなら、確実に気づきそうだ。
とにかく、再鑑定したとはバレないよう振る舞って、ほかの人も鑑定してみよう。
それでほかの人も鑑定結果が間違っていたら、鑑定能力に問題が生じているということになる。
治し方が分からないので、それはそれでかなり不味い。
ほかの人は鑑定結果が一緒なら……とりあえずキーフに関しては、間者である疑いをかける必要がありそうだ。キーフだけなぜかバグが発生しているという可能性もあるので、絶対に間者であるとは言い切れないが。
そこまで考えていると、キーフが、
「あれ? もしかして効果切れちゃいましたか?」
と今までと同じような調子で言った。
言葉の意味を一瞬飲み込めなかった。
「仕方ない、予定とは違いますが……」
彼は懐から何かを取り出す。ナイフだ。
と思った瞬間、物凄い速度で動き出し、私の頭めがけてナイフを突き刺してきた。
「っ!?」
辛うじて避ける。
完全には避けきれず、頬を軽く切られた。痛みを感じる。
「あれ、避けますか。意外と反応いいんですね」
相変わらず、同じ調子で喋っていた。
「キーフ、いや……君はナターシャと言うのか? 本物のキーフはどうした」
「それを答える義理はありませんね。少なくともこの世には存在しないです」
それは殺したという意味か、元からキーフという人間は存在していないという意味なのか。
どちらとも取れる。
「一つ言えるのは、自分の目を信用しすぎると、痛い目に遭いますよって事ですね」
「……」
「ま、もうこんな忠告無駄なんですがね」
ここで殺すつもりなのだろう。
キーフ……ではなくナターシャはナイフを構えて、襲い掛かってきた。
突如横からものすごいスピードで私の前に割って入ってきた。
ファムである。いいタイミングで私の窮地に気付き救ってくれたようだ。
「おっと、君と戦うのはいささか面倒ですね」
「ちっ……」
イラついたような表情をファムは浮かべる。キーフ……ではなくナターシャはファムから距離を取った。
「おりゃああ!!」
ナターシャの背後から、ブラッハムが斬りかかった。寝ていたが騒動を聞きつけ、駆けつけてきたのだろう。
不意をつかれたはずのナターシャだったが、あっさりとブラッハムの剣を避ける。
さっき見たステータス的に、武勇の数値がものすごく高かった。
相当な手練れなのだろう。
「なるほど、これは流石に不利ですね。でもまあ……とどめは刺さなくても、多分大丈夫でしょう。帰らせていただきますね」
「帰れると思っているのか?」
ファムが睨みつけながら言う。
「はい」
ナターシャは頷きながら返答した。
懐から球を取り出し、それを地面に叩きつける。
真っ白い煙幕が周囲に立ち込めた。
何も見えない状態だ。
煙が晴れたら、ナターシャはいなくなっていた。
「に、逃した! 追いかけるぞ! アイツ、敵だったとは!!」
ブラッハムが大声で言う。
「よせ、恐らく追いつけない。かなりの手練れだ。それに、逃げたと見せかけて、再び強襲してくる可能性もある。ここの戦力を減らしたくはない。さっきはああ言ったが、奴が逃げると言ったら、大人しく逃す以外に手はない」
かなり苛立っていそうな声色でファムは言った。
先ほど煙幕を巻かれた時、全く追いかけるそぶりを見せなかったが、敵が逆に私を殺しにくるのに備えて、私の近くにいてくれたようだ。
「それより、とどめを刺さなくても大丈夫、と奴は言っていたな」
「え? いや、確かにそんなこと言っていたが……別に大した怪我は負っていないぞ?」
頬にかすり傷を貰ったくらいだ。
しかし、ファムはその傷を見た瞬間、険しい表情を浮かべた。
「まずいな……毒かもしれん」
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