第252話 キーフ勧誘

 キーフ・ヴェンジ。

 それが彼の名前か。


 久しぶりにここまで才能ある人材を見つけた。

 やはり探せばいるものなんだな。


 出身はアルカンテスのようで、出自に怪しいところは特にない。兄弟がやたら多いところくらいか。全員生きているので、裕福な家に生まれた可能性が高いな。

 現時点で誰かに仕官しているわけでもないようだ。


「アルス……もしかして、良い人材を見つけたのですか?」


 鑑定をした後、リシアにそう尋ねられた。


 特にリアクションはしなかったが、なぜかリシアは察していた。


「確かにそうだが……なぜ分かった?」

「アルスは人材を発見すると、こんな感じで、キッとなるんですわ。割と分かりやすいですわよ」


 私の顔真似をしながらリシアはそう言った。

 全く自覚はなかった。でも、確かにちょっと顔が強張るかもしれない。リシアにはめちゃくちゃ観察されているようだ。ちょっと恥ずかしい。


「それで、優秀な人材はあの男の子ですか?」


 私は頷く。


「ちょっと彼と話をしたいんだが、良いか?」

「大丈夫ですわ! 私も一緒に行きます!」

「それは心強い」


 キーフという少年は、アルカンテスに生まれて今もここにいるということは、ずっとアルカンテスで過ごしてきた可能性が高い。

 それをカナレの領主である私が、家臣に勧誘して成功する確率はそれほど高くはない。

 ただ、リシアが力を貸してくれれば、成功率も上がるかもしれない。他人を説得するのは、正直私よりリシアの方が上手いからな。


「あの子供が優秀なんですか……ま、まあアルス様の目に狂いはないですよね……」


 若干ブラッハムは疑っている様子だ。

 彼は顔立ちは整っているが、どちらかというと中性的な感じで、男らしさは感じない。あまり体も大きくはないので、強そうという感覚は普通に見れば分からないだろう。

 現在のステータスは、あまり高くはないので現時点ではそこまで能力が高いわけではない。

 ただ、知略と政治は年齢を考えるとかなり高いのは間違いない。


「確かに隊長を見出したアルス様ならば、どんな人間でも見抜けますよね」

「……そうだな…………ん? もしかして俺はちょっと馬鹿にされたのか?」

「気のせいです」

「そうか、気のせいか……?」


 ブラッハムは釈然としない表情を浮かべていた。


 私たちはキーフに近付く。


「……あ、いらっしゃいませ」


 向こうからこちらに気づいたようで、そう言ってきた。小さな声だった。


「初めまして、私はアルス・ローベントというものだ。よろしく」


 まずは挨拶をした。私に続いて、リシアも自己紹介する。


「は、はぁ……えーと……僕はキーフ・ヴェンジといいます……」


 少し困惑しながら挨拶を、キーフも自己紹介を返してきた。


「……って……アルス・ローベント?」


 キーフは私の顔をじろじろと見つめてくる。


「もしかして、カナレ郡長のアルス・ローベント様ですか?」


 目を丸くしながら、そう尋ねてきた。


「知っているのか?」

「もちろんです! ミーシアンに攻め込んできたサイツを、家臣たちを率いて華麗に撃退したと話に聞いています!」

「か、華麗に……? いや、まあサイツは撃退したが、家臣たちの力が大きかったし……」

「謙遜されるんですね! 人格も素晴らしいとか完璧超人だ! 僕と同じくらいの年なのに凄い!」


 目をキラキラと輝かせながら、キーフはそう言った。

 知名度は上がってきたとは思っていたが、アルカンテスの一般人にまで、ファンみたいな人がいるとは思っていなかった。

 どう反応すればいいか困る。


 ただ、キーフが私のファンという事は、勧誘は成功しやすくなるはずだ。悪い事ではない。


「実は僕、アルス様の絵を描いたんです! 見てください!」


 キーフは足元から額に入った絵を取り出して、それを見せてきた。


「これが……私?」

「はい!」


 キーフの描いた私の絵は、黒い髪や服装、体格など特徴はある程度一緒だったが、顔立ちが物凄く美化されていた。

 転生する前よりはマシとはいえ、今の私も特別イケメンというわけではない。


「まあ! そっくりですわね!」


 リシアは絵を見てそう言った。


 そっくり……なのか?

 どこから見ても違うと思うが。

 いや、そうか、違うと言うとキーフに悪印象を与えるかもしれないので、あえて言っているのか。


「え、えーと……ま、まあ確かに目の辺りとか似てるかもしんないですね」


 同じく絵を見たブラッハムは困惑したような表情でそう言った。明らかに違和感を感じているが、忖度して言っているようだった。ブラッハムも空気を読むということが出来るようになったようだ。


「その絵、売ってくださるかしら」

「え? あ……こ、これは売るために描いたものじゃないので……」

「あら、そうですか。残念です」


 割と本気でリシアは残念がっているようだった。

 似てない絵なんていらないだろうに。


 演技……なんだよな……?


「というか、わたくしたちは絵を買うために来たのではなかったのですわ」

「え? そうなのですか?」


 リシアが本題を言うように、私に目配せをしてきた。


「キーフ・ヴェンジ。君に私の家臣になってもらいたい」


 単刀直入にそう言った。


「……」


 キーフはポカーンとした表情で、私の顔を見つめてきた。

 数秒間そのまま固まって、


「えええええ!?」


 と大声を上げて驚いた。


「な、ななな何で僕が家臣!? 何かしましたか僕!?」


 かなり驚いている様子だ。


「あ、そ、そういえば、アルス様は人を見る眼がおありという噂を聞いて……も、もしかして僕に才能があると……」


 知名度が上がったことで、私の力に関しても、ある程度噂で聞いているようだ。

 説明する手間が省けて楽である。


「絵師として凄い才能があるという事なんですか!?」

「え? 絵師として……」


 鑑定で絵師としての才能は計れない。

 見る限り、まだ若いのに上手な絵を描いているので、才能がある方だと思う。


「えーと、上手だし才能がある方だと思うけど……私は絵師としての才能までは見れない。君には武人、政治家、軍略家、など様々な才能がある」

「え……ええ? そ、そうなんですか? 僕弱っちいですよ?」

「現時点ではそうかもしれないが、修行すれば必ず強くなれる」

「ええ~? ほ、ほんとですか?」


 半信半疑と言った様子だ。


「あのアルス様がいうならそうかもしれませんが……でも僕は絵師として活動したくて……」


 キーフは悩んでいた。

 確かに絵を描くのが好きな人が、いきなり軍人になるというのは飲み込み辛いことかもしれない。

 どう説得すればいいか悩んでいると、


「あら、絵は家臣になっても描けますよ。ローベント家に入り、アルスやほかの皆様の活躍を見た方が、良い絵も描きやすいのではないですか?」

「な、なるほど……確かに一理あります……アルカンテスにいたままでは、これ以上インスピレーションが得られないかもしれないですし……」


 リシアの説得を聞いて、キーフは悩み始める。


「ちょ、ちょっと考えさせてください」


 結論は出なかったようでキーフはそう言った。

 まあ、確かにいくら前から私の活躍を知っていたとはいえ、いきなり首を縦には振れないだろう。


 急いで結論を求めても良くはない。


 宣言式が終わったら、すぐにカナレに帰るつもりだったが、もしかすると、キーフが結論を出すまで待つことになるかもしれないな。

 アルカンテスの滞在時間はちょっとくらいなら伸びてもいいだろう。


「分かった。数日後、またここに来よう」

「は、はい」


 そう言って私たちはキーフの元を立ち去った。

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