第247話 別れ

 それから会議は滞りなく終了した。


 私、ブラッハム、リーツ、リシアの四人で、リオを飼っている部屋に向かう。


 部屋に入ると、

 レンとクライツが一緒に部屋で遊んでいた。


「あ! 兄様と姉様とリーツさん! ハムちゃんもいる!」

「ハム兄、ハム兄! 今度俺と稽古してくれ!」

「妹君と弟君……俺はブラッハムです。変な呼び方はやめてください」


 ブラッハムは、レンとクライツに変なあだ名で呼ばれ困り顔をする。


「あはは、妹君だって〜! 変な呼び方してるのはハムちゃんもでしょ!」

「俺も結構強くなったんだぞ! 今なら一本くらい取れるはずだ!」


 レンはおかしそうに笑う。

 クライツはブラッハムに詰め寄っていた。

 ブラッハムはレンとクライツには慕われているようだ。最近成長しているとはいえ、ブラッハムの精神年齢は高くはない。それゆえに子供には人気が出やすいのだろう。


「あ〜、今は仕事中だから遊んでる暇はないんですよ。あと、俺から一本取るのは100年早いですよ」

「な、何ぃ〜!?」


 いなされてクライツは悔しそうにする。


「あいつが城で保護したやつですね……ふむ」


 ブラッハムは、リオと紙に書いてある絵を見比べる。


「ほとんど一緒ですね……色も一致してるし……こいつで間違いないようです! もう見つからないと思ってたので、助かりました!」


 ブラッハムは嬉しそうにしていた。


 私は複雑な気持ちだった。

 リーツとリシアも同じ気持ちなのか、浮かない表情をしている。


「早速、被害者に返しに行きます!」

「早速か? 誰から盗まれたかは分かっているのか?」

「はい! 盗んだ犯人に吐かせて、盗まれた方にも確認を取っているので、間違い無いです!」


 盗まれた人も分かっているのか。

 こうなると止める理由がないな。

 リオを盗まれた人も、心配で気が気でないだろう。

 早く連れて行ってやらないと。


「……もしかしてリオ連れて行っちゃうの?」


 頭の良いレンが、私たちの会話を聞き、リオを持ち主に返すことを察したようだ。


「そうですね。飼い主がいるので、返さないと……って、リオ?」


 ブラッハムが首を傾げて考える。

 その後、私に小声で、


「あのー、もしかして飼うつもりだったんですか? 名前とか付けてますし……」


 と気まずそうな表情で尋ねてきた。


「そうだな……そのつもりだった」

「あー……そうですか……見つからなかったって言ってこのまま飼うのは……」

「駄目に決まっている」

「ですよねー……」


 ブラッハムの提案を、リーツが即却下した。

 当たり前の話ではあるが、持ち主の見つかってる盗品は、必ず返却しないといけない。


「やだ! 折角仲良くなったのにお別れしたくない!」


 普段我儘を言わない大人びたレンが、強い口調でそう言った。

 相当リオのことが好きになったみたいだ。


「俺ももっとリオと遊びたい!」


 クライツもレンと同じ気持ちのようだ。


 二人の目には涙が溜まっていた。


 心情的には私も二人と同じ気持ちだが、こればかりは……

 ただ、このまま怒って言うことを聞かせるのは違う。


 どう説得するか悩んでいると、リシアが二人の前に行く。

 少し屈んで視線を合わせ、話をし始めた。


「二人とも気持ちはとっても分かりますわ。仲良くなったから、お別れするのは辛いものね」


 レンとクライツは頷いた。


「でもリオちゃんには本当のお家があって、きっとそこに帰りたいと思っているはずだわ。二人もお家に帰れないのは嫌でしょ」

「……うん、嫌」

「それにリオちゃんを元々飼ってた人も、同じくらい悲しんでると思いますわ。リオちゃんも飼い主の方に会えなくてきっと寂しいと思うの。レンちゃんとクライツ君なら、リオちゃんためにどうすればいいかは分かりますわね?」


 しばらく二人は無言だったが、最終的にコクリと頷いた。


「それに、リオちゃんは同じカナレの街の人に返すのですよね?」

「はい、そうです」

「それならば、許可も取れれば遊びに行ったりもできると思うのですが、どんな方なのですか?」

「えーと……商人の家庭で、年配の方々でしたね。悪くない人ではあると思いますが、許可を得られるかはなんとも」

「そうなのですね。でも、安心してください。わたくし人を説得するのは得意ですの。必ず許可を取ってきますわ!」

「あ、姉上」

「姉様!」


 レンとクライツは、尊敬するようなような眼差しでリシアを見つめる。


 レンとクライツも勉強や訓練をしているので、暇な身ではない。

 さらに、二人だけで行かせるわけにはいかないので、護衛を付ける必要もある。

 頻繁には会いには行けないだろうが、それでも全く会えなくなるよりはいいはずだ。


 レンとクライツは納得したようだ。

 本当は私が兄として説得しないといけなかったが、またリシアに頼ってしまったな。


 まあ、上手く行ったからよしとしよう。


 それから、リオを盗難元へと返しに行った。


 ブラッハム、リシア、私の三人で行くことにした。

 返す時にリシアが説得にあたる。

 私が行くのは、領主の頼みということで、説得が通りやすくするためだ。

 こういう時は、領主パワーを活かしても大丈夫だろう。

 リーツも行くと言ったが、今回護衛はブラッハムがいるので十分だ。

 リーツも忙しい身であるので、返却業務まで手伝わせるわけにはいかない。

 ここは城にいてもらうことにした。


「リオちゃん、しばらく会えないけど、元気でね」

「次会ったときもいっぱい遊ぼうぜ!」

「コン!」


 レンとクライツはリオに別れを告げる。


 私たちはリオを返しにカナレの町へと向かった。



 ○



 数分歩き到着する。


 リオの飼い主は、城の結構近くに大きめの家を作っていた。

 カナレの街は、カナレ城に近い場所には、裕福な人が住んでいる。

 どうやら成功を収めている商人のようだった。


 リオのように珍しい動物は、平民が購入出来ない値段だろう。

 裕福な家庭なのは当然か。


「すみません〜! アーノルドさん〜!」


 ブラッハムがやたら大きな声で家主を呼んだ。

 ドアの横に呼び鈴が付いている。

 用があるときはこれを鳴らせという意味だろうが、ブラッハムは気づいていない。

 大声で呼び続ける。


「はい」


 家主が出てきてきた。

 初老の女性だ。

 アーノルドというようだ。


「あら、ブラッハムさん。こんにちは!」

「こんにちはアーノルドさん、実は……」


 ブラッハムが言いかけたところで、それを遮るようにアーノルドが発言した。


「実はブラッハムさんに伝えたいことがあったの! 逃げ出したっていう、うちのピニャちゃんが昨日の夜、無事にお家に戻ってきたんです!」

「え?」


 戸惑うブラッハム。


「ワン!!」


 と鳴き声が足元から聞こえた。


 下を見ると、青い毛のチワワみたいな見た目の犬がいた。

 この世界の犬は、例外なく翼が生えているはずだが、この犬には生えてない。


「ちゃんとこの家を覚えてたんですね〜えらいねー、ピニャちゃん」


 そう言いながらアーノルドは、ピニャの頭を撫でる。


「えーと、そ、その犬が盗まれてた? 犬なのに翼がないんですね」

「ええ! 翼がない珍しい犬種なのよ。可愛いでしょ?」

「ま、まあそうですね」

「あら? その子は?」


 アーノルドが、リオの存在に気づいた。


「可愛いわねその子! 見たことのない動物だし、珍しい子よね! もしかして、私に売りに来たのかしら?」

「え? あ、いや! 違います! こいつは売り物じゃないです! 見つかったのなら良かったです! それでは!」


 ブラッハムは慌てて否定する。

 私たちはその場をあとにした。


「……お、おかしいですね~ど、どうやら間違いだったみたいですね」

「少し似ていたがな……あの絵はどうやって描いたんだ?」

「えーと、盗賊の話を聞いて、それから隊の中で絵の上手い奴に描かせました」


 ブラッハムはそう答える。

 つまり実物を見て書いてはいない。

 まあ、実物は逃げているので、見て描けるはずはない。

 別の動物の特徴を聞いて描いた絵が、たまたまリオとそっくりになったのだろう。


「あの絵はアーノルドさんにも見せたんだよな」

「はい、確かに見せましたが、間違いなく自分のペットだって言ってました……」


 まあ、リオとあの犬は似てはいる。青い毛や大きさなど共通点が多い。

 イラストを見て、自分の犬だと思っても不思議じゃない。

 絵だし多少の違いはあるものだと思うのが普通だろう。


「わたくしが来たのに無駄になってしまいましたね」


 リシアは苦笑いを浮かべる。

 レンとクライツが、リオに会いに行けるよう説得するためについてきたのだ。

 結局違ったので、何も話すことなく終わってしまった。


「でも、リオちゃんは結局なんでお城にいたのでしょうか?」

「確かに……ミーシアンにいない動物なのは間違いないんだし……盗賊とは無関係なのか?」

「うーん……分かりませんね」


 ブラッハムは首をかしげる。


「念の為もう一度聞いてみます」

「分かった頼む」


 結局手がかりを見つけるのには、時間がかかりそうだと思っていたが、すぐにリオの正体は分かった。


 ブラッハムが捕まえた盗賊に話を聞きに行ったところ、リオは盗賊が盗んだものではなく、自分の手で捕獲した動物だった。


 親を亡くしてはぐれていたところを、売れそうなので捕まえたらしい。

 捕まる前日にリオが行方不明になった。


 盗んだ動物に関して聞かれたので、そうでないリオについては黙っていたようだ。


 犯罪者の私物については、犯罪者に返却する……なんてことにはならない。

 しばらく強制的重労働をさせることになっている。私財は犯罪者を捕まえた者の物になる。


 今回はローベント家のブラッハムが捕まえたので、リオはローベント家の物となる。


 今まで犯罪者から没収したものは、一度ローベント家の物になり、換金。

 そこから、情報提供者に報酬として渡したり、犯罪者を捕縛するのに功績を残した家臣に、報酬として支払う。

 ローベント家の金庫にもいくらか入るが、あまり多くない。

 無論私財を大して保有していない場合もある。

 その時は、普通に手持ちの金から報酬を支払う。


 今回、もちろんリオを売るということはしない。

 ブラッハムたちの報酬は、手持ちの金から出せば問題ない。


 リオは正式に、ローベント家で飼うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る