第245話 懐かれる

 翌日。

 城内で発見したキツネについて、リーツに報告した。


「キングブルー……ですか……僕も本で読んだ記憶はありますが……なぜミーシアンに?」

「それに関してはまだ分かっていないんだ。調査してくれない?」

「承知いたしました。一度実物を見てみたいのですが、今はどこに?」

「寝床を作って寝かせてある。私もどうなったのか様子を見に行くつもりだったので、付いてきてくれ」


 リーツは頷いた。

 キツネの寝床を作った部屋に、二人で行くことに。


 扉を開けて中を見る。


「え?」


 中の光景を見て、私は驚いて声を漏らした。部屋の中にはキツネだけでなく、レンとクライツもいた。


 キツネはレンの膝の上に大人しく座っており、クライツがキツネの頭を撫でている。キツネはどこか気持ちよさそうな表情をしていた。


 微笑ましい光景であるが、昨日ロセルから聞いた話とは違う。


 キングブルーは人間に懐かないんじゃなかったのか?


「あ、兄様、リーツさん!」


 レンがこちらに気がついた。


「見て〜、この子自分から膝に座ってきたんだ! めちゃくちゃかわいいでしょ!」


 レンは目をキラキラ輝かせながらそう言った。


「すごい懐いてるみたいだが、起きたらそうなってたのか?」

「うん! 部屋に来てみたらこの子から来たんだよ! 多分私たちが助けたこと覚えてたのかな?」

「ロセル兄は仲良くなれないって言ってたけど、全くそんなことなかったな!」


 クライツも嬉しそうにキツネの頭を撫でる。


「名前もさっき付けたんだよ! リオちゃんにしたんだ!」


 レンが嬉しそうな顔でそう言った。


「そ、そうか。リオか。いい名前だ」

「でしょ〜!」


 私が来るまでに名前まで付けて……すっかりレンとクライツはメロメロになっていた。

 確かに可愛いのは間違いない。


「普通懐かない動物がこんなに懐くものなんだな……」

「赤ちゃんの頃から育てると懐き易いとは言いますし。あと、これは僕が昔聞いた噂なんですが、巨大な青いキツネに乗り戦う戦士が、サマフォース帝国のどこかにいるそうです。見たことはないので噂に過ぎないのですが、もしかすると、キングブルーに乗って戦う戦士がいるのかもしれませんね」


 そんな噂が……

 馬並みに大きくなるのなら、確かに騎乗して戦闘することも可能かもな。


 キツネ……改めリオは立ち上がって、私の足元に擦り寄って来た。


「あー、兄様の方に行った! きっと撫でて欲しいんだよ!」


 レンがそう言ったので、私は撫でてみる。モフモフとした感触が手を包み込んだ。リオは気持ちよさそうに目を細める。


 か、可愛い。


 レンとクライツがメロメロにされるのもよくわかる。


 今度はリーツの方に行った。

 私とレン、クライツは昨日リオと接しているが、リーツは初めて見る人間のはずだ。かなり人懐っこい。人間に慣れないとは何だったのか。


 再びリオがレンの膝に乗った。


「これは何と言うか……どうやらリオを飼うことになるかもしれないな。レンとクライツとこんなに仲良くなったのなら仕方ない。うん、レンとクライツのために飼うことにしよう」

「そ、そうですね……」


 リーツが苦笑いをする。


「別に飼うこと自体に問題はないですが、キングブルーは馬並みに大きくなるので、室内で飼い続けるのは難しいでしょう。リオ用の建物を建てなければいけませんね」


 建物を建てるのか……そう考えると飼うのも大変だな。餌とかも結構食べそうだし。まあ、仕方ないか。


「あら、先にいらしてたんですね」


 リシアが部屋にやってきた。リオの様子が気になって来たようだ。


「あら? ずいぶん仲良くなっているご様子ですね!」

「あ、姉様! この子リオって名前付けたんだよ!」

「リオさんですか! わたくしも触っていいかしら?」

「うん!」


 リシアがリオの頭を撫でた。


「可愛いですわね〜」


 そう言いながら撫で続ける。植物を育てるのが趣味のリシアだが、動物も好きみたいだな。


「話は聞かせて貰った」


 そんな声と共に扉が開いた。


 シャーロットが部屋に入ってきた。

 その後、ムーシャが軽く会釈をしながら部屋に入ってくる。


「どうしたんだシャーロット」

「何やら珍しい動物を拾ったって噂で聞いて、見に来たんだよ。わたしに報告しないとは、水くさい」


 シャーロットは文句を言ってくる。


「どれどれ、あの子か可愛い〜」


 シャーロットはリオに近づく。

 しかし、シャーロットが近づくと、リオは遠ざかるように逃げて行った。


「え?」


 予想外の反応に数秒固まるシャーロット。

 再び近づくが結果は同じ。


「……わたしなんか嫌われることした?」

「えーと……何でだ?」


 理由は特に思いつかない。

 動物に何故か嫌われる人がいるが、シャーロットはそう言うタイプなのか?


 今度はムーシャも近づいた。すると、シャーロットと同じく逃げ出した。


「えー、あ、あたしも逃げられちゃいました……」


 ムーシャは悲しそうにする。

 二人の共通点といえば……魔法兵であるということだ。


「もしかして魔法を日常的に使う方は、動物に嫌な刺激を与えてしまっているのかも知れませんね」


 リーツがそう言った。

 シャーロットとムーシャがショックを受けたような表情を浮かべる。


「えー……そんなぁ〜」

「……わたし、魔法兵やめる」


 シャーロットがとんでもない発言をした。


「な、何言ってるんだ?」

「その子と戯れられないんじゃ、魔法兵やってる意味なんかない! やめてやるー!!」


 自暴自棄になったようにシャーロットは叫んだ。


「お、落ち着け! そんな理由でやめるやつがいるか!」

「そ、そうですよ。シャーロットさんがいなくなるのは流石に困ります!」

「あ、赤ん坊だから刺激に弱いだけで、成長したら近づけるようになる! 馬とかには近づけるだろ?」


 私とムーシャ、リーツで必死に説得をする。


「む〜……分かった。そこまで言うならやめない」


 説得には成功し、やめるというのは取り消した。

 危ないところだった……こんなくだらない理由で、ローベント家一の戦力を失ってしまうところだった。


「えーと、あたしたちがここにいると、その子を怖がらせてしまうみたいなので、もう退散しますね。行きましょうシャーロットさん」

「はーい」


 二人はがっかりした様子で部屋から去っていった。


「なんか、シャーロットとムーシャが落ち込みながら、部屋から出てきたけど、なんかあったの?」


 そう言いながらロセルが部屋に入ってきた。


 すると、突然リオが走り出して、ロセルに飛びかかった。


「え?」


 あまりに突然の出来事で、ロセルは全く反応できなかった。


 リオがロセルの胸あたりに飛びついた。


「う、うわあああ!」


 飛びつかれてバランスを崩し、ロセルは転倒する。


 リオはロセルの顔をぺろぺろと舐めた。

 どうやら戯れているようだ。

 シャーロットやムーシャとは違い、ロセルはなぜかリオに好かれているようである。


「うわっ! た、助け……助けて!!」


 動物が苦手なロセルには、迷惑な話だったようだ。

 必死で助けを求めている。

 リーツがリオをヒョイと持ち上げた。

 立ち上がったロセルは、部屋の外へ退散する。


「おおお、襲ってきた! そいつ襲ってきたよ! 危険動物だ!! 檻に閉じ込めないと!!」

「お、大袈裟な。戯れてただけだろ」


 ロセルは大袈裟に怯えていた。

 相当動物が苦手なんだな。


「じゃ、戯れるって、キングブルーは人間に懐く動物じゃ……ってあれ?」


 リオはリーツから下ろされて、レンの膝に再び乗っていた。

 その様子を見てロセルは驚いている。


「めっちゃ仲良さそうじゃん。懐いてるの?」

「ああ」

「本には懐かないって書いてあったけど、嘘だったのかな? まあ書かれていることが全部正しいとは限らないしね」


 リオの様子を見て、考えを改めたようだ。


「……あの……もしかしてあいつ飼うの?」

「まあ、懐いてるし……本来カナレにいない動物なら、野生に返すことも出来ないし」

「えええ?? だ、駄目だよ! 動物を飼うのは難しいんだよ! キングブルーの飼育法なんて、知ってる人も少ないし、簡単に飼えないよ!」

「それもそうだが……だが、ロセル、レンとクライツを見て、飼うなと言えるか?」


 ロセルは楽しくリオと遊んでいる、レンとクライツの姿を見て、


「う……」


 言葉に詰まる。


「ま、まあ飼うのはいいけど……でも、決める前に何であいつがカナレ城にいるのか、調べた方がいいんじゃないの?」

「あ、そ、そういえばそうだったな」


 この部屋に来る前は、リオがなぜこの城にいたのか調べようとしていたんだった。すっかり忘れてた。


「じゃ、じゃあ俺はここで。ここにはあんまり来ないようにしよう……」


 呟きながらロセルは去っていった。


 確かにロセルの言う通り、何故リオがここにいるのか分からないのに、飼うと決めるのはまずいな。

 例えば他人のペットが逃げ出して、城に迷い込んだ、とかだったら飼えないし。

 リオがだいぶ人に慣れているので、元々野生の動物でない可能性は十分ある。


「それではリーツ、リオについて調査を頼んだ」

「かしこまりました」


 リーツはそう言って、部屋から出て行き調査を開始した。

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