第239話 決行
それから数時間後、リクヤたちは牢の外の見張りが、どうなっているかを観察していた。
基本見張りは二人一組なのだが、稀に一人だけで見張る時がある。
その時になるのをひたすら待った。
「交代だぞ」
「うーい」
「全く、早く売れよこいつら……」
気怠そうに見張りが交代する。
遂に見張りが一人だけになる時が来た。
リクヤは目でマイカに合図を送る。
マイカは本当にやっていいのか、躊躇うような表情を浮かべていた。
しかし、観念して、作戦通りの言葉を叫んだ。
「兄者のクソ野郎!! もう我慢できん!! ぶん殴ってやる!!」
その言葉を叫びながら、マイカはリクヤに本当に殴りかかる。
一応、本気のパンチなのだが、非力なので全然痛くはなかった。むしろマイカの腕が痛んでおり、痛みで涙目になっていた。
「クソ野郎とはなんだ兄に向かって!! ぶっ殺すぞ!!」
と大声を上げる。
その後、鬼気迫る勢いでリクヤはマイカに飛びかかった。
いきなり勃発した喧嘩に、見張りは慌て始める。
盗賊からしたらマイカは大事な商品なので、怪我などはさせていけない。死んでしまうのはもっとダメだ。
見張りとしてそれを黙って見過ごすのは、非常に不味い。
「やめろお前らやめろ!!」
どうするか少し迷ったが、見張りは一旦扉の鍵を開けて、中に入った。
そこを見計らって、タカオが見張りの後頭部に頭突きを喰らわせた。タカオの石頭を思い切り食らって、見張りの男は昏倒して倒れ込んだ。
腕は縛られて使えなかったので、頭突きをすることにした。
「……何かあっさり上手くいったな」
「間抜けなやつだったんだろ。幸先は良いな」
いくらマイカが死んだりするのはやばいと思ったとしても、こんなあっさりと開けるのは馬鹿だなと、リクヤは思っていた。
それから、見張りの持っていた片手剣を取り、タカオの両手を縛っていた紐を斬る。
ちなみに、マイカとリクヤは舐められていたのか、特に拘束はされていなかった。
「さて、ここからが本番だ」
牢から出ることは出来た。
あとは、リクヤが囮になり盗賊たちを引きつけている間に、タカオとマイカが外に逃げる、という作戦だ。
盗賊たちは数が多いようなので、タカオがいるとはいえ、全員を相手して勝つのは難しい。
ただし、リクヤが大勢の敵の注目を集めれば、マイカとタカオの方に向かう盗賊たちはほとんどいなくなり、何とか逃げ切れるだろうと、そう言う作戦だった。
大勢の敵に囲まれることになるリクヤは、ほぼ確実に死ぬことになるだろう。
敵が陽動に上手く引っかかってくれなかったり、リクヤがあっさりと殺されるなどしたら、三人とも殺される可能性はある。
この状況で確実に脱出する方法はない。
リスクは元より承知の上だった。
「出口の場所は覚えているな?」
「ああ、記憶力には自信があるのでな」
「よし、じゃあまずは俺が先に行く。頃合いを見て、お前たちも来い」
リクヤは見張りの持っていた片手剣を構えて、牢屋を出た。最初にリクヤが出て陽動し、敵の目が集まっただろう頃に、マイカとタカオが隙をついて脱出するというのが作戦の流れだ。
綿密に練った作戦ではないので、隙はあるし、マイカが脱出するタイミングを測り損ねれば、失敗するのだが、何とかするしかない。
「兄者……」
か細い声でマイカがそう言った。
今にも泣き出しそうな声だった。
その声を聞いても、リクヤは振り返らず、牢を出た。見張りを倒した以上、後戻りは出来ない。作戦を実行するしかない。
リクヤは牢を出る。盗賊団のアジトは地下に作られており、牢は地下の二階にあった。地下二階には物置などがあり、地下一階には盗賊たちが生活するスペースが存在していた。牢に閉じ込められる際に、一階も通ったので、ある程度の構造は分かっていた。マイカは記憶力が良いので、リクヤより正確に構造を理解しているはずだ。
地下一階にある階段を登れば地上に出られる。地上にある家にも盗賊はいて、そいつらまでは陽動することは不可能だろうが、数はあまり多くない。タカオだけで十分倒せるだろうと予想していた。
リクヤは階段を登り、まずは地下一階へと向かう。
その途中、盗賊の男に出くわした。
盗賊はリクヤの姿を見て、一瞬何が起こったのか分からないというような、呆けた表情を浮かべていたが、その後、瞬時に状況を理解し、
「脱走者だ!!」
と叫び声をあげた。
陽動をしたいと思っていたリクヤからすると好都合だが、このまま階段まで押しかけられたら、計画が上手くいかなくなる。
持っていた剣で盗賊の首を斬る。
「ぐはっ」
大量の血を流し、倒れこんだ。
リクヤは大急ぎで階段を登る。
階段近くにいた盗賊が騒ぎを聞きつけ駆けつけてきたが、そいつらも一撃で斬り殺して、階段を登り切った。
階段を登り終えると、広い空間に出た。
狭い階段で戦うのは分が悪いと、階段外で盗賊たちは待ち構え、リクヤを包囲しようとしていた。
ただ、いきなりの事だったので、盗賊たちもまだ集まり切っておらず、完全には包囲されてはいなかった。右側に誰もいない場所があったので、そこを抜けて走り出した。
リクヤは足が速く、包囲を抜け出すことに成功した。
「逃がすなぁあ!!」
後ろから盗賊たちの怒号が聞こえる。
後ろを振り返ると、先ほど自分を囲んでいた盗賊たち全員が追ってきていた。
タカオとマイカがいないことを気にする余裕はないみたいだ。
上手くいっていると、リクヤはにやりと笑みを浮かべる。
前方からも盗賊たちがやってきた。
挟み撃ちになる。
丁度、右側に部屋があったので、そこに入り込んだ。
ぞろぞろとリクヤを追っていた盗賊たちが部屋に入ってくる。
人数は十人以上は居る。全員で何人盗賊がいるのか把握していないが、恐らく二十人はいないだろうと、リクヤは予想していた。ほとんどの盗賊がリクヤを捕らえに集まってきたようだ。
(思ったより上手くいったな)
今から自分は確実に盗賊たちに殺されるだろうに、リクヤは少しだけ安堵していた。
タカオとマイカが、無事抜け出すことをこの目で見ることは出来ないが、ここまで引き付けることが出来たのなら、二人ならちゃんと脱出出来ているだろうという確信があった。
「袋のネズミだな。全く馬鹿なことをしたもんだ」
そう言ってきたのは、盗賊団のボスだった。
ボスもリクヤを追いつめるのに、参加していたようだ。
「……? 残り二人はどうした?」
「さあな」
「……おい、お前ら残り二人を」
流石に気が付いた盗賊団のボスが、盗賊に命令を出そうとしたので、それを阻止するべくリクヤは、ボスに斬りかかった。
「ちっ!」
流石にほかの団員たちより実力があるようで、少し不意打ち気味のリクヤの攻撃をあっさりと受け止めた。
剣を受け止めながら、盗賊団のボスは、
「残り二人を探せ! こいつは囮だ!」
と手下たちに命令を出した。
「探す必要はないぞ!」
その命令に反応するように、女の声が響き渡った。
「うわああああ!!」
「な、何だこいつ!!」
「ぐあああ!!」
その直後、盗賊たちから悲鳴が上がる。
何が起こったか分からないリクヤは状況を確認した。
するとそこには、リクヤを取り囲んでいた盗賊たちを倒していくタカオと、その後ろで指示を出しているマイカの姿があった。
「な、お前ら何で!」
「敵の不意を突くことは必勝に繋がる。兄者に注目が集まっている今、大チャンスと思って攻撃を仕掛けたまでだ!」
「ば、馬鹿野郎そんな作戦じゃなかっただろ!」
「馬鹿はそっちだ! 兄者が考えた策が、私の考えた策より優れたことなどなかっただろう! さあタカオ! 蹴散らすのだ!」
マイカの指示を受け、タカオは武器を持っていないが、その巨大な肉体で盗賊たちを殴る蹴ると次々に倒していった。
盗賊たちは突然のことで、軽いパニック状態に陥る。
リクヤはそれを見て、もしかしていけるかもと、希望を持った。
「ちっ……面倒なことを……!」
パニックになる団員たちの中、流石にボスだけは肝が据わっているようで、冷静さを失っていなかった。
逆にリクヤは、ここで盗賊団のボスを仕留めれば、盗賊団は立ち直れなくなるだろうと考え、一気に仕留めにかかった。
「はあぁああああああ!!」
「ぐっ……」
リクヤはあらん限りの力を使い、猛攻を仕掛ける。
ここで確実に仕留めたいと思ったが、盗賊団のボスも防戦一方になりながら、何とかリクヤの剣を受け止め切った。
「お前ら落ち着け! 慌てるな! 冷静に複数人で対処すれば、負ける相手ではない!」
自分も激しい戦闘をしていたが、それでも手下たちを落ち着かせるために、盗賊団のボスは檄を飛ばした。
盗賊たちは、その言葉で冷静さを取り戻し、タカオにしっかりと向き合って対処をし始める。
しかし、それでもタカオは尋常じゃない反射速度で、敵の攻撃をかわして、そこから強力なパンチを喰らわせ確実に仕留めていく。
「ふん、冷静にやれば勝てると思ったか? 貴様ら、タカオに飯をやったのは間違いだったな。満腹状態だと、120%の力をタカオは発揮することができる!」
これはいけると思った時、リクヤの視界の隅に、マイカの背後を襲う盗賊の姿が目に入った。男はメイスを持っており、マイカを殴るため全力疾走している。
リクヤは一旦、盗賊団のボスとの戦いを完全に放棄し、マイカを救うべく一心不乱に走り出した。
盗賊がメイスを振りかぶる。
リクヤは間一髪で間に合い、マイカを襲おうとしていたメイスを、自らの頭で受け止めた。
「あ、兄者……?」
強力な衝撃を頭に受けた。
リクヤの頭に激痛が走る。
「兄者ああああ!!」
脳が激しく揺れて平衡感覚が失われた。
マイカの叫び声を聞きながら、リクヤは地面に倒れこんだ。
ドクドクとメイスを受けた箇所が、激しく脈をうつような感覚があった。出血をしていると、頬の辺りに感じた生暖かい感触で気付いた。
(ここまでか……)
どんどん意識が失われる。
走馬灯のように過去の意識が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えをくり返した。
意識が消え去るその瞬間、
「ローベント家、家臣、リーツ・ミューセスだ。全員、その場を動くな!」
リクヤの耳にそんな叫び声が聞こえてきた。
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