第238話 作戦
数日、牢に閉じ込められていたリクヤは、どうするか決めかねていた。
盗賊たちは常に牢を見張っており、思ったより隙が少ない。
小声でマイカとも相談した。今は大人しくしておくしかないと、マイカも良い方法は思いついていないようだ。
しかし、このまま何もしなかったら、三人とも別々の場所に売り飛ばされてしまう。それはどうしてもリクヤは避けたかった。
(もう家族を失うのはごめんだ……)
ヨウ国で起ったことを思い出した。
フジミヤ家はリクヤの祖父が国王をしていた時から、徐々に権力を失い始めていた。
祖父は悪い人物ではなかったが、国王としてははっきり言って無能だった。
優柔不断な性格で、決断力がなかった。残酷になり切れない面もあり、問題を起こした家臣たちに厳しい処罰も下せない。
そんな祖父が統治しているヨウ国では、地方を治めていた貴族たちが、徐々に勢力をつけていった。
祖父が死に、リクヤの父が国王になったころには、フジミヤ家は貴族たちにだいぶ侮られていた。
リクヤの父は祖父とは真逆の性格だった。
血気盛んで、決断力、行動力ともに優れていた。
調子付いていた貴族たちの勢いをそぐため、様々な政策をしたが、それが反乱を招くきっかけとなった。
そうして、ヨウ国は戦乱の時代に突入する。
そんな時代にリクヤは生まれた。
王族なので兄弟が多く、子供の頃は自分が王になるんだという教育は全く受けていなかった。
兄たちのサポートをするのが役目であると、教育を受け、いずれそうなるだろうと信じて疑わなかった。
しかし、戦が激化していくと、人材が不足してくるようになり、優秀だった兄たちも兵を率いて戦に出るようになった。
そして、次々と戦死していった。
親しんでいた兄たちが死ぬ悲しみは、どれだけ経過しても、リクヤの心に残り続けていた。
それから徐々に戦は劣勢になっていった。
最終的に本拠地である城を敵に包囲された。
王族のための抜け道があったのだが、王であるリクヤの父はそれを使って逃げるのを良しとせず、城で死ぬことを決めた。
リクヤ、タカオ、マイカは剣を持ち、その抜け道を使って逃げて、「それから船でヨウ国を脱出せよ」、リクヤの父はリクヤ達に命令をした。
その時点では、姉も何人か残っていたが、あまり数が多いと、途中で見つかる可能性が上がるので、年齢が下の方であった、三人が抜け出すことになった。
自分たちだけ生き残ることに罪悪感を覚えたリクヤは、その時猛反発をしたが、説得され結局抜け道を使い逃げることになった。
抜け道を抜けた後も、必死でリクヤたちを捕らえようとしてくる敵兵たちを何とか躱して、海にたどり着き、船に乗ってサマフォース帝国に来ることに成功した。
自分は生き残ったが、結局兄と姉たち、両親を亡くしてしまった。
マイカとタカオだけは、絶対に自分が守らなければいけない。
リクヤは強くそう思った。
それこそ、自分の身を犠牲にしてでもだ。
そう思うと、一つだけ作戦を思いついた。
自分は助からないかもしれないが、二人は助けられる作戦だ。
「兄者妙なことを考えるなよ」
マイカはリクヤの表情を見て、何を考えているのかを見透かしたようだ。
「別に……お前が言ったろ、三人一緒に捕まって死ぬより、誰かが犠牲になる方が合理的だって」
「あの時はそれが一番いい選択だったと言ったまでだ。大体、犠牲になるなら兄者だけは駄目だ。兄者は王になる人物だからな」
「王ならお前がなればいいだろ」
「私は女だから王にはなれん」
「お前が駄目でも、タカオがいる」
「タカオが王になれると思うか?」
マイカに言われて、リクヤはタカオを見る。盗賊たちから食い物を貰い、のんきに幸せそうな表情を浮かべていた。
「兄者じゃなくては駄目なのだ。フジミヤ家の跡を継ぎ王になるには、私とタカオでは無理なのだ」
「……俺だって、王になんかなれないさ」
リクヤはしみじみと呟いた。
「兄者……そんなことは……」
「分かってるだろ? 俺はそんな器じゃない。まあ、仮に王になれるほどの才能があったとしても、今からヨウ国を攻め落として王になるなんて、現実的じゃない。そんなことはお前も分かってるだろ」
「……」
マイカは反論はしなかった。
フジミヤ家の人間として、このままサマフォース帝国で生涯を終えるのは嫌だと、王として返り咲く戦略は練ってはいたが、それを成し遂げるのは、相当ハードルが高い事なのは間違いなかった。
「兄として、最後に妹と弟の命くらい助けさせてはくれないか?」
「最後だと……? 頷けるわけないだろう、そんな事を言われて」
マイカはリクヤを睨みながらそう言った。
「大体、兄者一人が犠牲になろうが、この状況を変えることは出来ん。無駄死にするだけだ」
「それはやり方にもよる」
リクヤは自分が思いついた作戦を説明した。
「ふん、そんな作戦聞きたくもなかったわ」
説明を受けたマイカは、怒ったような表情でそう言った。
「でも、成功するかもしれないだろ? 俺は死ぬかもしれないが、二人は生き残れる」
「そうなれば、大成功だ。三人全員死ぬ可能性が一番高い」
「まあ、それはそうかもしれんが、このまま何もしなかったら、三人とも奴隷になるだけだぞ」
「奴隷になるが死にはしないだろ。死ぬよりはましだ」
「奴隷になるってのは、人の尊厳を奪われるってことだ。そんなの生きてるって言えるのか?」
「……命より尊厳の方が大事という事はあるまい」
そう言うマイカだったが、自分の意見に自信はないように思えた。奴隷という身分が時にどのくらい苛烈な目に遭わされるか、マイカも知識としては知っていたからだ。
「俺はともかく、マイカとタカオは奴隷になったら、めちゃくちゃひどい目に遭わされるかもしれないぞ。そんなの見過ごせないだろ。兄として」
「タカオは格闘士にするって言ってたな。確かに、ずっと戦いっぱなしだと、下手すれば一年と経たずに死んでしまうかもしれないが……私はマニアがどうのこうの言っていたが、何をさせられるんだ?」
「それは……知らない方がいい……いや、お前がそんな目に遭う事はないから、知る必要はそもそもない」
「な、何だその言い方は……! 気になるぞ!」
深刻そうな表情でそう言うリクヤを見て、マイカは不安になってきた。
「と、とにかく、どうなろうと兄者だけを犠牲にする作戦など認められるわけ」
「姉貴」
先ほどまでのんきに食事をしていたタカオが口を開いた。
「何だタカオ。私は飯は持っておらんぞ」
「そうじゃない。ヨウ国出る前に決めたろ? 兄者の言葉にはなるべく従うって」
飯の催促だと思ったら、真面目な話だったので、マイカとリクヤは面喰らった。
「そうだ。そう言う話だったろ。約束は守れ」
「ち、違う。あの約束は、兄者の言葉が明らかに間違っている場合は、この限りではないとも言っただろ!」
「俺の言葉はまるっきり間違っているか?」
「ぐっ……」
マイカは言葉に詰まる。
リクヤのやろうとしていることが、確実に間違いだとは言い切れなかったからだ。
「いいのかタカオは。兄者が死んで悲しくはないのか?」
「それは悲しいけど、でも兄貴が決めたことだ。俺は従うよ。俺は馬鹿だから分からないけど、多分そうするのが正しいんだろ?」
タカオは悲しげな表情をしたが、そう言った。彼はリクヤのことを全面的に信頼しているようだった。
「……兄者はずるいぞ。私は犠牲にしたくないと言って助けて、自分は犠牲になるという。矛盾しておるとは思わんか?」
「それを言うなら、お前も矛盾してるぜ? 合理的な決断をすべきと言ったのは、お前じゃないのか?」
「ぐ……ああいえばこう言う……」
「マイカにそんなこと言われるとは思わなかったぜ」
基本弁が立つマイカには、大体言い負かされてきたリクヤだったが、今回は優勢だった。
「自分が犠牲になるってのも、正しいとは思っていないさ。でも、今は俺がそうしたいからそうするだけだ」
「何だそれ、理由になってない」
「仕方ないだろ。人間の感情なんてそういうもんだ」
「……」
マイカはリクヤの気持ちが固いと知ると、それ以上反論はしなかった。
「マイカとタカオ、お前らはお互いの欠点を埋めているいいコンビだ。俺がいなくとも、何とかなるだろ。それこそ、王にだって返り咲けるさ。まあ、タカオが王ってのは正直想像つかないし、マイカが史上初の女王になればいいんじゃないのか? お前はほかの誰にもやれないことをやる奴だし、そのくらいできるだろ」
「遺言みたいなことを言うな」
それからリクヤはタカオにも作戦を詳しく説明し、実行する時を待った。
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