第236話 誘拐
盗賊たちの情報をリクヤ達に伝えに行こうとしたら、いなくなったと宿屋の店主から報告があった。
きれいさっぱり部屋からいなくなっていたそうで、その宿屋の店主は夜逃げしたと主張していた。
三人が逃げたせいで、労働力が足りなくなって、どうすればいいんだと、ローベント家にクレームを投げかけてきた。
そのクレームにはリーツがきちんと対処し、城の使用人を新しい労働者が見つかるまで派遣するという事で、話をつけることが出来たのだが……
「しかし、三人は本当に夜逃げしたのか?」
リクヤはやる気があるように見えた。ほか二人はリクヤの決断には基本従っているようだったので、リクヤがきちんと働いていれば、ほか二人も追従はするだろう。
数か月働いたなら分かるが、まだ数日である。
それで夜逃げするという心境に至るのは、不自然だ。
「そうですね……開店したばかりだったので、仕事量は多かったらしいのですが、それでも途中で何も言わずに逃げ出すような方たちには見えなかったのですが……」
「私もそう思う」
「しかし、夜逃げじゃないとしたら、なぜいなくなったのでしょうか?」
「それは……攫われたとか?」
「攫われたにしては、部屋が綺麗だったようで、多少の乱れはあったようですが、普通に生活しても付くくらいの乱れだったようです」
「そうか……タカオとリクヤはそれなりに戦闘は出来るし、戦ったのなら、血の跡とかが残っていてもおかしくはないしな……そもそも戦いになったのなら、物音とかを宿屋の店主が聞いていないとおかしい……」
確かに状況的には夜逃げしたと考えるのが自然かもしれない。
リクヤはやる気があったように見えたが、それでも元王族だ。慣れない仕事に嫌気がさして、逃げ出したという事も十分にあり得る。
「一応捜索はしておいてくれ。もしかしたら事件に巻き込まれたかもしれないし。まあ、逃げ出したのならもうこの町にはいない可能性が高いと思うが」
「了解です」
私はリーツにそう頼んだ。
〇
「俺たちどうなるんだろうな……」
一方その頃、盗賊たちのアジトに連行され、牢に閉じ込められていたリクヤ達はそう呟いた。
「助けは……まあ来んだろうな」
マイカが諦めたように呟いた。
アジトは、カナレの中でも治安の悪い地区にあった。
普通の家のように見える場所だが、その家には広い地下室があり、そこに盗賊団の生活するスペース、リクヤたちが閉じ込められている牢や盗品を一時保管する倉庫などがあった。
地下室の入り口は巧妙にカモフラージュされており、そう簡単には発見できない。アジトに入ることは簡単なことではなかった。
「腹減った……」
タカオはぐーとお腹を鳴らしながらそう呟く。
一応、食事は貰えたが、小さいパン一切れで、とてもタカオの腹を満たせる量ではなかった。
「兄者が私を見捨てなかったのが悪い。三人一緒に捕まることはなかった」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! お前を見捨てることなんか出来るか!」
「出来ねばならんのだ。今回は私を見捨てるのが一番合理的で、正しい方法だった。王というのは時として冷徹な決断を下さなければいけないものなのだ」
「いくら合理的だからといって、妹の命を見捨てるのが王だってんなら、王なんかにはならなくていい!」
そう叫ぶリクヤを見て、マイカは呆れたような表情でため息を吐いた。
「はぁ……やはり兄者は甘いな……まあ、でも、そのなんだ? 一応、助けてくれたことには礼を言っておく、ありがとう。私も死にたいわけではなかったしな」
少し照れ臭そうにマイカは言う。
「最初からそう言っておけば良かったんだよ」
とリクヤはマイカの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「や、やめろ! 私はもう子供ではないのだぞ!」
マイカは赤面しながら、リクヤの手を振り払おうとする。
「腹減った……」
二人のやりとりなど一切気にせず、相変わらずタカオは腹が減りすぎてぐったりした様子だった。
「よう」
突然、牢の外から声を掛けられた。
三人は牢屋の外に、反射的に視線を向ける。
細長い顔をした、長身の男が牢の外に立っていた。
整った髪型、髭を生やしているが、きっりと整えられている。服もきれいだ。一見盗賊には見えず、裕福な商人に見える。
(あいつは……)
リクヤは男の姿に見覚えがあった。
アジトに連れ込まれたとき、目撃した男だった。盗賊たちが親分と彼の事を呼んでいたので、この男こそがこの盗賊団のボスだろう。
「お前ら金出してくれそうな身内はいるか? 身代金を貰えれば儲かっていいんだが」
リクヤはそう尋ねられて、考える。
ヨウ国から追い出された身なので、もはや身内はいない。サマフォース帝国にも一緒に来た身内などいない。
宿屋の店主は身代金を払ってもらうほどの親しさはない。
唯一あり得るのは、アルスだった。
才能を高く買っていたようだったので、身代金を払ってくれる可能性はゼロではなかった。
しかし、リクヤはアルスの名は出さなかった。
流石にそこまで迷惑をかけるわけにはいかないと思ったからだ。
「いない」
「本当か? それに、あんな高そうな剣を持ってるし、金持ってる奴らと繋がりがあるんじゃねーのか?」
「それは俺たちの祖国から盗み出してきた物だ。それを持ってこっちに逃げてきたんだ」
自分たちの本当身分を言うわけにもいかないので、リクヤはそう嘘をついた。
「何だ、あれは盗品だったのかよ。まあ、宿屋なんかで働いてる時点で、そんなに金持ちが身内にいるわけねーか。お前ら外国の連中だから、身内がいれば結構出してくれそうだと思ったんだがな。この国で暮らしている外国の連中は仲間意識が強いからな」
少し残念そうに盗賊団のボスは言った。
「あの剣はどうした?」
「もちろん売った。まあまあな値段で売れたよ。あとはお前らをどうするかだけだが……」
盗賊団のボスは少し考える。
「やっぱ、お前らは奴隷として売るしかないな。そっちのガキは……顔は悪くないし、マニアには売れるかもな」
「どういう意味だ?」
マイカは盗賊の言葉が全く分かっていないというような表情を浮かべる。彼女も王族で、その手の下品な知識については、全くと言っていいほど知識を持っていなかった。
「そっちのデカいのは高く売れそうだ。強い格闘士を欲しがってた貴族がいたからな」
アンセル州に強い奴隷に戦わせて、それを大勢の客が観戦するという施設がある。賭けもするので、強い奴隷にはかなりの価値がある。
「おい、お前強いんだってな? どれくらい強いんだ?」
「腹減った……」
「二人ががかりでも勝てそうにないくらいらしいな」
「腹減った……」
「おい、お前会話する気ないのか?」
「そいつ腹減ると、腹減った……としか言えなくなるんだ」
リクヤがタカオの状態について説明した。
「何だそりゃ。まあいい。腹減って貧弱そうに見えたら、値段が下がるかもしれねぇからな。おい、食い物たくさん持ってこい」
「へい!」
部下に命令させ、肉やパンなどの食料をたくさん持ってきた。
それを見てタカオは目を輝かせながら、遠慮なく食べていく。
「兄貴。もしかしてあいつら良い奴?」
「そんなわけあるか! 俺たちをどこに売るか決めてんだぞ!」
のんきなことをいうタカオを、リクヤは叱りつけた。
「最後にお前は……うーん……何だ? 特にこれと言った特徴もないし……労働力としては男だし使えそうだから、どっかに売れるか」
「おい! 何だその適当な決め方は!」
盗賊団にまでもこれと言って特徴はないと言われ、リクヤは憤慨する。
「しばらくはお前らを売る準備のために、ここにいてもらう。間違っても出ようとは思うなよ。脱獄を試みたらその時は即座に殺すからな」
最後に鋭い目つきで忠告して、盗賊団のボスは去っていった。
(少なくとも命は助けられる可能性は高い……だが、三人別々の場所に奴隷として売られて……タカオは武闘士、マイカは……)
どこに売られるか分からないが、自分は単純な労働力として使われる可能性が高く、そこまできつい目には遭わないかもしれないが、タカオとマイカは別だ。
いくらタカオが強いと言っても、強い男相手に何度も戦う武闘士にさせられてしまっては、敗北して死んだり大怪我をする可能性がある。
マイカに関しては、売られた先によっては死んだ方がマシな目に遭う可能性があった。
(やはり何とかして脱出しなければ……しかし……どうやって?)
牢には見張りがずっとついており、隙はない。
先ほど盗賊団のボスが忠告したように、バレれば容赦なく殺される。
仮に、牢からは上手く脱出できたとしても、そこから逃げ切るのは容易ではないだろう。盗賊の数も多いので、誰にも見つからず外に出るのは難しい。タカオがいくら強いと言っても、多勢に無勢なので大勢で来られると勝ち目はないだろう。
(俺たちを売りに出すのなら、一回は外に出るタイミングがあるはず。そこで隙ができるかもしれない。今はチャンスが来るのを待つしかないか……)
リクヤはそう結論を出し、焦らず今は待つと決めた。
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