第233話 理由

 予想していたとはいえ、本当に王族だったとはな。


「マイカとタカオも、母親は違うが同じく王家の人間だ。国内で反乱が起きて、国王である父親と、血族がだいぶ死んでしまった。俺たちは何とかこの剣を持って、ヨウ国を脱出して、この国に流れ着いたんだ」


 リクヤはなぜサマフォースにいるのか理由を語った。


「そうだったのか……」

「元王家と言っても、国に戻ったら、即処刑される身だし、この国では特に何の権威も持ってないから、今は平民と変わらん。いや、外国出身なだけ、平民以下だ。何かに利用しようと思っても無駄だぞ」


 釘を刺すためにリクヤは言ってきたので、私は「そんなつもりはない」と否定した。


「フジミヤ家を継ぐものは、この龍絶剣を代々継承する。ようは、ヨウ国の王の象徴のような剣なんだ」


 リクヤは龍絶剣を掲げながらそう言った。確かにそれは値段が付けられないほど、高価なものだろう。


「そんな大事なもの、流石に売らない方が良いんじゃないか?」

「先立つものは金だ。我らはヨウ国に帰還し、フジミヤ家の再興を目指すつもりだからな。まずは金を手に入れ兵を雇えるようにならねばいかん」

「再興を目指しているのか?」

「無論だ。追い出されたままで終われるものか」


 真剣な表情でマイカは言った。

 そんなこと可能だろうか。

 サマフォース人の兵を集めて、ヨウ国に侵攻を仕掛けるってことだろう。

 まあ、傭兵はこの国には大勢いる。

 金さえあれば、別に外国で戦うことになっても良いという者もいるだろうし、金さえあれば、それも不可能ではないのだろうが……

 それでも一国相手に戦を仕掛けて果たして勝てるのか?


「ヨウ国は魔法の技術が極めて未熟だからな。この国で魔法を使える人材を集めれば、勝利は可能だ」


 マイカは自信があるようだった。

 魔法は確かに絶大な効力を発揮するので、相手が未熟なら戦を有利に進めることが可能なはずだ。


「お金が必要なのは分かりますが、やはりそれだけの代物なら、手放してはいけないのではありませんか? 三人がヨウ国に帰還する際、フジミヤ家に味方する者も必要でしょうが、その剣があれば味方が作りやすくなるのでは? それに、王に返り咲くときにその剣がなくては、正統な王とは見なされないという可能性もあるでしょう」


 リーツがそう意見を言った。


「そ、そうだ。俺はそれを言いたかったんだ! リーツさんだっけな! アンタ良いこと言うな!」


 リクヤがリーツの言葉に同調する。


「この剣を持っておった方が、国に帰ったときにうまく行きやすくなるのは認めるが、物事には優先順位というものがあろう。何の力もない者が、これだけ持っていても無用の長物。仮にこれだけ持って、ヨウ国に帰っても、支配している連中に奪われて終わりであろう。まずは力を持たねば何も始まらぬし、この剣を売らねば力を手にすることなど出来ぬのなら、一刻も早く売るべきであろう。それに味方を得るのも、統治する正統性を得るのも、力さえあれば何とでもなる。現に今ヨウ国を治めている連中は、この剣などなくてもヨウ国を力で支配しておるだろう」


 マイカの意見にも理はあるように思えた。地道に働いて、大金を稼ぐというのは、相当難易度が高く、時間もかかるだろう。

 ヨウ国からフジミヤ家が追い出されて、どれくらい経過しているのかは分からないが、時間が経てば経つほど、今ヨウ国を支配している者達の地盤は固まっていき、侵攻するのも難しくなるだろうから、戦力を得るのは早ければ早いほど良いだろう。


「どの道、フジミヤ家を確実に再興できる道など存在しない。より確実性の高い道を選ぶべきである」

「むう……」


 リクヤはマイカの言葉に反論が思いつかなかったようだ。それでも剣を売ること自体には抵抗を感じているようである。

 やはりそれだけ大事に思っている物なのだろう。


「これがなきゃあ俺がフジミヤの当主だと自信を持って名乗れなくなる気がするんだ……」

「……そんな弱気ではいかんぞ。兄者は間違いなく、フジミヤ家の当主で、ヨウ国を王として統治する正統な権利を持っている者である。この剣があろうとなかろうとそれは変わらぬ。今、不当に国を支配している連中を一掃して、国王になってやると言うくらいの覇気がなくてどうする」


 本音を漏らしたリクヤに、マイカが活を入れるようにそう言った。


「一度私の家臣になれば、その剣を売らずに目標を達成できるかもしれないが、考え直す気はないか? 給金はかなり出せると思うし、今後私が領主として領地を強く出来れば、兵力を貸すこともできるかもしれない」


 ここで再び三人を家臣に勧誘してみた。

 まあ、仮に兵力を貸して、彼らがヨウ国に戻ったら、家臣ではなくなるのか。

 ただ、一国の王に大きな恩を売れるのは、かなり大きいことではありそうだ。


 リクヤは私の申し出を受けて、少し悩むが結論を出した。


「……いや、やはり誰かの家臣にはなれない。王族として誰かの家臣にはなれない。というか、もし仮に俺がアンタの家臣になって、ヨウ国を攻め落としたら、それはアンタがヨウ国を攻め落としたことになるだろ。そうなると、ヨウ国は独立した国ですらなくなるぞ」

「それは……考えすぎでは……?」

「いや、なるほどな。そうなると、ヨウ国はローベント家の属国のように扱われても文句は言えん。お主、可愛い顔して中々腹黒い事を考える」

「誤解だ!」


 普通に対等な関係を築ければと思っていただけに、あらぬ誤解だった。


「最初は私も家臣になるのは良いかとも思ったが、他力本願な考えではあるからな。やはり自分達の力で道は切り開いた方がいいだろう」


 マイカも今は家臣になることは前向きではないようだった。


「そう言えば、事業を起こすと言っていたが、成功する自信があるのか?」

「ふふふ、元の資金さえあれば確実に上手く行くはず……おっと具体的な話は教えられぬぞ! 真似されると困るからな!」


 妙に自信があるようだったが、若干怪しい。

 前世では、同じような表情をしながら、「絶対成功する!」と言い、新しい会社を立ち上げた知り合いがいたのだが、彼の会社は結局倒産して、多額の借金を背負うことになった。

 マイカが同じになるとは言わないが……少し心配ではある。


「アンタが俺たちを悪いようにするとは言わないが、やっぱりフジミヤ家の当主として、誰かの家臣にはなれない。何かよっぽどの事がなければない」


 リクヤは最後にそう付け加えた。

 よっぽどの事とは何か分からないが、これはやはりそう簡単に勧誘は出来なそうだ。

 優秀な人材は一人でも多く家臣にしたいが、ここは諦めた方が良さそうだな。


「さて、ということでさっさと龍絶剣を売ってしまおう。話を進めてくれるか」

「ま、待てって! だから本当に売っていいのかこれは」

「売るしかないと本当は兄者もわかっておるのだろう?」

「ぐ……」


 リクヤはそれから数分悩み続ける。


「やっぱりそれはもうちょっと考えさせてくれ」


 と結局結論は出なかった。


「はぁー、優柔不断だな……」


 マイカは呆れたような表情でそう言った。


 その後、当初の予定通り三人には仕事を紹介した。

 現在は本当にちょっとしかお金がなく、食い繋ぐため一刻も早く仕事を見つけなければならないとの事だった。


 三人に紹介した仕事は宿屋の仕事だった。

 カナレでは人口が増加傾向で、外部からの旅行者も増えている。

 宿屋の需要が高まり、新しい店が増えていた。

 既存の店も、規模を増やすためリフォームしたり、働き手を増やしたりしているので、労働者の募集は多かった。

 仕事内容も、力仕事もあれば、お金の勘定など頭を使う事も多い。三人同時に働くには向いている職場だった。


 ローベント家は、カナレの宿屋新設を支援しているので、人材の紹介も非常にし易く、話はスムーズに動き、明日から働くことになった。


「この私が宿屋の下働きか……背に腹は変えられないな……」


 マイカはだいぶ不満そうだった。

 まあ、元王族と考えると、そういう感想になるのも無理はないだろう。


「今日は仕事を紹介してくれて助かった。いずれこの恩は必ず返す」

「そうだな。事業に成功したら、カナレを本拠地にするだろうから、その時必ず借りを返さぬとな」

「だいぶ先になりそうだな」

「先になどなるか! すぐに返す! この剣についても売ると決まったら、また話をしに来るぞ!」

「ああ、分かった」


 三人はそう言ってカナレ城を去っていった。

 家臣にはなってくれないかもしれないが、彼らがカナレの街にいい影響を与えてくれれば、こうして仕事を紹介した甲斐もあるし、期待しておこう。






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