第230話 勧誘
声をかけてきたのは、マイカだった。眉間に皺をよせ、こちらを睨んでいる。怒っているようだ。
「先ほどからこちらを観察するようにジロジロと見よって! 何が目的だ!? この私の才能に恐れ慄き暗殺でもする気か!? もしくは、我が美貌を我が物とするため、これから攫う気か!? さあ、白状するが良い!」
どうやら私の視線は気づかれていたようだ。そして、あらぬ誤解をしている。
私は慌てて否定する。
「誤解だ。そのようなことをしようとしていたわけではない!」
「それではなぜこちらを見ていた!!??」
マイカの物凄い剣幕に、護衛のリーツが私の前に立ち身構える。
「む、むむむ……な、何だ? やる気か?」
マイカはたじろぐ。
戦闘力は高く無いので、当然の反応だろう。
すると、貼り紙を見ていたリクヤもこちらに気づき、駆け足でやってきた。
リクヤは腰に剣を下げている。
武装しているので危険だ。リーツは腰の剣に手をかけ臨戦態勢をとる。
「お、兄者! 良いところに! こやつらが……!」
もしかして戦闘になってしまうか?
と心配した直後、リクヤがマイカの頭に拳骨を落とした。
ゴツッ!! という音が響き渡る。
「いっったああああああ!! な、何をする兄者!」
「マイカ!! 町の人に迷惑をかけるなとあれだけ言っただろ!」
涙目で喚くマイカをリクヤは叱りつける。
「も、申し訳ない! こいつちょっと変わったやつで!」
リクヤは頭を下げながら謝る。
「ほらお前も頭を下げろ!」
さらに自らの手をマイカの後頭部に持っていき、強制的に頭を下げさせた。
その様子を見て、リーツは危険はなさそうだと判断し、剣から手を離した。
「別に危害を加えられたわけではないし、謝る必要はない。頭を上げてくれ」
私がそう促すと、二人は頭を上げた。
「あ、ありがとう」
「むう……」
マイカは納得いかない表情を浮かべていた。
「じゃあ、俺たちはこれで」
リクヤが早速私たちから去ろうとする。
元々こちらから勧誘のために声をかけるつもりだったので、ここで去ってほしくはない。
「待ってくれ」
「え?」
「君たちは仕事を探しているのか?」
「そうだけど……」
リクヤは怪訝な表情を浮かべる。なぜそんな質問をするのか、意図が理解できないという感じだ。
「私なら君たちに仕事を紹介できるが、興味はあるか?」
「え? 君が?」
信じていないようなリアクションだった。
「ああ、まずは自己紹介をしよう。私の名はアルス・ローベントという。そして、こちらの男はリーツ・ミューセスだ」
「はぁ……? えーと、俺はリクヤ・フジミヤだけど……」
こちらが自己紹介をすると、リクヤは戸惑いながら自己紹介を返してきた。
「アルス・ローベントというとカナレ郡長の名前であるな。さっきの貼り紙で家臣を募集しておったな。なるほど、我らの力を見込んで、勧誘しに来たというわけか」
事態を飲み込めていないリクヤとは対照的に、名乗っただけでマイカは完璧に私が何を言っているか理解したようだ。
「おいおい、馬鹿をいうな。こんな子供が郡長なわけ……」
「カナレ郡長の年齢は14歳という話らしいぞ。兄者は聞いておらんかったのか?」
「いや、この街には来たばっかだし……お前どこで聞いたんだ」
「酒場で客が話をしておったろ」
「いや、ほかの客の話なんていちいち聞かねーし、覚えもしねーよ」
リクヤは呆れたように言う。マイカは高い観察力と記憶力があるようだった。
「確かに良い服着てるし、どっかのお金持ちのお坊ちゃまだと思ってたが……本当に郡長なのか?」
私は頷いた。
「まあ、郡長なのは分かったけど、家臣に勧誘ってのはないよな? どうせ、普通の市民には任せられない、やばい仕事があるから、それを俺たちにやらせようって魂胆じゃ……」
「いや、家臣に勧誘したいと思っている」
「マジかよ……」
ぽかーんとした表情を浮かべるリクヤ。相当驚いているようだ。
「ふふふ、驚くことはあるまい。どうやらこの私の才能が隠しきれていなかった、ということであろう」
腕を組み、ニマニマと笑みを浮かべながらマイカが言った。
「自己紹介が遅れたな。我が名はマイカ・フジミヤ! ヨウ国一の天才軍師とは私のことである!」
派手に名乗りを上げた。
「お前の頭が良いのは否定はしないが、軍師としての実績はゼロだろ……」
「ふん、それは亡き兄者たちが、私の完璧な作戦を採用しなかったからに過ぎぬ」
二人だけに分かるような会話をする。何やら事情がありそうだ。
「てか、お前は初対面の人には、ただのチンチクリンにしか見えないから、お前目当てってことはないだろ」
「チ、チンチク……!?」
「俺も見た目は平凡だし……あ、そうかタカオか、あいつ確かに見た目はめちゃくちゃ強そうだしな。タカオ目当てか!」
「兄者とはいえ言って良い事と悪いことがあるぞ!」
憤慨するマイカだが、小さいのであまり怖くはない。
「てか、タカオは?」
リクヤはタカオのいる場所を探す。
すぐに見つかった。
彼は最初に三人がいた掲示板の近くで、横になっていた。
どうやら寝ているようである。
「あいつは……また道端で寝やがって……」
リクヤは頭を抱えていた。
また、と言うからよくあることのようだ。
「あそこで寝てるのはタカオで、見た目通り結構強いんだが、恐ろしく馬鹿だ。家臣にするには向いてないと思うぞ」
「いや……私が家臣にしたいのは、彼だけじゃなく三人ともなんだが」
「えー……? あれか? タカオのついでってことか?」
「いや、だから、三人には才能があると思ったので」
「何でそんなことが分かる?」
リクヤは真っ当な指摘をした。
鑑定スキルのことを軽く説明しようとすると、
「ふふふ、だから、私の溢れ出る才能は隠しきれてない、というわけであろう?」
マイカが腕を組み、ドヤ顔でそう言った。
「見ろ。こいつ、見た目チンチクリンな上に、言動も馬鹿っぽいんだぞ。よく知ってなければ普通家臣にしようとはしない」
「なっ! に、二度までも、許せん!!」
二度もチンチクリンと言われ、怒ったマイカが、リクヤをポカポカと叩く。しかし、力がない上、殴り方も下手なので、リクヤは全く意に介していない。
「あの……面白い方々ですが、本当に家臣にして大丈夫なんですか?」
リーツが小声で聞いてきた。
一連の流れを見て、家臣が務まるのか不安を覚えたようだ。
私もちょっと不安ではある。
特にタカオとマイカは、個性的な能力をしていたが、性格も個性的なようだった。
まあ、でも才能があるのは間違いないしな。
「多分大丈夫だ。とにかく疑われているみたいなので、説得する」
「分かりました」
小声でそう会話する。
「ぜー……ぜー……きょ、今日はこのくらいで許してやろう……」
殴り疲れたのかマイカは息を切らしている。
リクヤは一切ダメージを受けていないようなので、明らかに疲れ損である。
それからマイカは息を落ち着けた後、真剣な表情を浮かべる。
「ふう、まあ、私が一見ただのか弱き美少女であることは、よく把握している」
「自覚あったのなら怒るな……っていや、自分で美少女って言ったかお前?」
「そこは引っかかるところではない」
「いや……まあ、お前がそう思っているんなら別にいいか」
睨まれて面倒な目に遭いそうだと思ったか、お茶を濁すような感じでリクヤは言った。
ちなみにマイカは顔立ちは整っているので、美少女というのも間違いではないと思う。
「それに基本女は甘く見られるものだ。その上、明らかに我々は他所者で、初対面で家臣にしようなど言われるのは、確かに怪しい……のだが、私は信じていいと思うぞ」
「何でだ?」
「さっき見た看板、才ある者ならばどんな者でも家臣にすると書いてあったであろう? 人種性別問わないと書いてあった。彼の側近として付いておる、あの男、明らかにサマフォース帝国に住んでいる者たちとは違う。あれはマルカ人だな。サマフォース帝国では差別されている存在なはずだ」
「マルカ人……それは聞いたことあるな。あいつがそうなのか」
「私も初めて目撃するが、聞いていた特徴と合致する。その者を側近として置いていると言うことから、あの看板に書かれていたことは、真実だろうな」
「それは分かったが、それだけで俺たちを家臣にしたいと思う理由にはならんだろ」
「才あるものはどんなものでも家臣にする、これは即ち、人の才能を正確に測ることが可能、と言うことでもあるはずだ。本当にそんなことが出来るのか、今までたまたま当たってきただけか分からぬが、今のところそれで有能な人材を登用してきたのは間違いないのだろう」
「……本当に見抜けるのなら凄いが、それでも流石に見ただけでは見抜けないだろ? 試験受けさせるとか、面接するとかしないと」
「方法は本人しか分からぬだろう。見るだけでも十分かもしれん。実際、面接したり試験など受けさせたところで、使える人材であるかどうかなど、本当のところは分からんからな」
「うーむ……」
リクヤは一理あるかもと、悩んでいるようだった。
「ただ、私たちを勧誘するという選択をしている以上、あの子供の人を見抜く力は、本物かもしれぬがな」
しかし、鑑定スキルを持っているかもしれないと、人材募集の貼り紙だけで予測された。やはりマイカは頭の回転は速そうだ。
「マイカの言う通り本当に人の才能を見抜けるのか?」
「ああ」
私は正直にそう答えた。
ここは隠すより話した方が話が進みやすそうだしな。
「見るだけでいいのか?」
私は頷く。
「マジかよ……俺にもそんな力があれば、あんなことには……いや、無い物ねだりはダサいな」
リクヤは首を横に振る。
「君の力って、今の実力を見抜くのか? それとも潜在能力を見抜くのか?」
「どちらもだ」
「どっちもか……俺は今まで器用にどんなことでもこなしてきたが、その反面飛び抜けた長所も持っていなかった。優等生扱いは常に受けてきたが、裏では器用貧乏と言われてきたのも知っていた」
リクヤは突然自分語りをし始めた。
「何か眠っている才能があればいいのにと思って生きてきたが、一向に見つからず、諦めかけていた。君が俺を家臣に誘っているということは、つまり、俺には何か隠された才能があるということだな」
「いや……えーと……正直、飛び抜けて高い能力はなかったというか。何でも出来て総合力は高く、いい人材かなと」
ちょっと言いにくかったが、正直にそう話した。
「そ、総合力は高い……えーと、良い風に言ってくれたけど……つまり今まで俺が受けてきた器用貧乏っていう評価は、間違っていなかったってことだよな?」
「ば、万能とも言えると思うぞ」
「万能と器用貧乏は同じ意味なんだよ!」
だいぶ自分の能力に関してコンプレックスを持っていたのか、落ち込むリクヤ。
「貴様! 兄者は凡人で、普通で、特にこれと言って特徴のないと言うことを、気にしていたんだぞ! 万能なんて兄者からすれば、悪口にしかならん!」
「凡人!? 普通!? 特にこれ言って特徴がない!?」
マイカの言葉がグサグサと胸に刺さったのか、リクヤはさらに落ち込む。
「ほら! 貴様のせいで兄者があんなに落ち込んで……」
「ほとんどお前のせいだ馬鹿野郎!」
少し涙目になってリクヤは怒鳴る。
「兄貴、姉貴……腹減った」
突如、背後からタカオがやって来た。
さっきまで寝ていたがどうやら起きたようだ。
お腹をぐー、と派手に鳴らしている。
「さっき飯食ったばっかだろ。我慢しろ」
「あれは飯じゃない……おやつ……」
「一般人にはあれが飯なんだ。金がねーから、我慢しろって」
リクヤがそう言うと、タカオはガックリと肩を落とした。物凄く落ち込んでいる。
「とにかく俺たちを家臣にしたいと言うのは、分かった……が……」
リクヤは腕を組み悩む。
「やっぱり駄目だな。家臣にはなれない」
しばらく考えてそう結論を出した。
「給金に関しては、多く出せるぞ」
家臣たちには、ほかの仕事ではそう簡単には稼げないくらいの給金は出している。
「金の問題じゃない。まあ、金に困ってんのは事実だけどな」
「それはなぜ?」
「色々事情があってな……」
あまり詳しくは話したくなさそうだった。出会ったばかりなので、無理に聞き出さない方がいいだろう。
「兄者、一応言っておくが、ここで家臣になる話を飲めば、我らの悲願を果たすのが、だいぶ早くなる可能性はあるぞ」
「む……」
マイカからそう言われて、再び考えるリクヤ。どうやらマイカは家臣になることに関して、肯定的に考えているらしい。
「いやいや、駄目だ。やはり家臣にはならない」
考えた末に、リクヤは同じ結論を出した。
「そうか」
マイカもそれ以上反論はするつもりはないようだ。我の強そうな性格のマイカだが、最終的な決定はリクヤに任せているようである。
「俺たちを家臣にしたいと言う話は光栄だったが、それはやっぱり受けることが出来ない」
改めてきっぱりと断ってきた。
簡単には諦めたくなかったので、どう返答すべきか悩んでいると、
「それは残念ですね、アルス様。ところで三人は、カナレにはいつまでいるつもりなんですか?」
リーツがそう質問をした。
「仕事が見つかれば、しばらくはいるつもりだが、見つからなければ別の町に行くつもりだ」
「そうですか。良ければ仕事について、紹介して差し上げることは出来ますよ。ローベント家が口利きをすれば、仕事も見つかりやすくなるはずです」
リーツはそう提案した。
なるほど、そうすれば少なくとも三人はしばらくカナレに残るし、恩を売ることも出来る。何か事情があって、家臣になれないと言っているようだが、もしかしたら時間が経てば気が変わるかもしれない。悪くない考えだった。
「え? マジで! こっちは断ったってのに……アンタ良い奴だな!」
「兄者……ちょっと素直すぎるぞ。我らをこの町に留めて、じっくりと勧誘するつもりであろう。恩を売れば、要求も通りやすくなるだろうし。情けは人のためならず。ということだな」
リクヤは素直なので信じたようだが、マイカは流石に狙いを見破ったようだ。
まあ、分かりやすくはあるからな。
「な、なるほど……」
「ただ、我らとしては良い話なので、受けるべきだと思うぞ。明らかに余所者の我らでも、郡長の口利きがあれば、仕事に就くことはできるだろうし。今のまま彷徨ってたら、いつ仕事を見つけられるかわかったものではない。別に仕事を斡旋してもらうのは、家臣になるわけではないし。それは兄者としても別に良いのではないか?」
「確かにそれはそうだが……」
マイカの言葉を聞き、リクヤが悩んでいると、
「仕事見つかるなら、そうした方がいい。仕事あったら、今より飯たくさん食える」
今度はタカオがそう意見を言った。
「お前は食うことしか頭にないのか……いや、まあでも食えるのは大事だよな」
リクヤは方針が固まったようで、リーツの方を真剣な表情で見て、
「その話、こちらからもぜひお願いしたい」
そう言ってきた。
「かしこまりました。詳しい話は明日行うので、明日カナレ城までお越しください」
「分かった」
リクヤは頷いた。
とにかくこれで三人をカナレに留めることは出来たな。
まあ、家臣になってもらえるかは分からないが、他所に行かれるよりはカナレに居てもらった方がいいだろう。
それから私たちは三人と別れ、カナレ城へと戻った。
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