第225話 潜入

 カナレ北西。


 かつてここには重要な鉱山が存在し、その鉱山の近くには鉱夫たちが住む町があった。重要な場所だったため、そこを守るため城や防壁を作り、守りを固くしていたのだが、鉱山から資源が枯渇してからは重要性が薄れていき、廃墟と化していた。


 誰も居ないはずのその場所だったが、今は賑わっていた。野盗たちが集まりそこを根城としていたからだった。


 ザットは、選抜した四名の隊員を連れ、根城を訪れていた。


 全員いかにも野盗でもやっているというような、汚らしい格好をしている。

 ザットの選んだ隊員は、全員少し強面で、傍から見たらどこからどう見ても、野盗にしか見えない。


 根城には門があり、その前に二人の門番が立っていた。


 ザットは何の躊躇もせず門の前に近付いた。


「誰だ貴様らは!」

「ここは、ブイゴ様の縄張りだぞ!」


 近づくザットたちを威嚇するように、門番の男二人が言った。


「そのブイゴ様に用があって来たんだ」


 ブイゴという名前は初めて聞いたザットだったが、話を合わせてそう言った。


「何の用だ」

「俺たちはパラダイル州付近の山で山賊をやってたんだが、最近パラダイルの兵士にアジトを襲われて、仲間を大勢やられた上に、アジトも失っちまった。これからどうすんのか考えながら放浪してたら、ここの話を聞いたってわけだ」


 普段とは全く違う口調でザットはそう言った。


「何だ、仲間になりに来たってわけか?」

「ああ、そうだ」

「残念ながらここはもう大所帯になりすぎちまった。よっぽど使える奴以外は仲間にはしねぇってのが、ブイゴ様のお考えだ。さっさと帰んな」


 門番の発言は予想外であったが、ザットは表情を変えずに、


「いや、それなら帰る必要はないな。腕には自信がある。よっぽど使える奴、と間違いなく言えると思うぜ」

「おいおい、随分自信があるみたいじゃねーか」

「口だけなら何とでも言えるからなぁ」


 門番二人はザットの発言を聞き大笑いする。


「分かった。証拠を見せてやろう」

「証拠?」

「お前ら二人対俺で勝負しよう。そっちは殺す気で向かってきていいぜ。こっちは恨みは買いたくはないから殺しはしない。それで俺が勝ったら認めてくれるか?」

「はぁ~?」

「不十分だったか? 何なら、十秒以内に決着を付けるって条件も付けていいぜ」


 ザットがそう言うと、門番二人が眉間に皴を寄せる。


「てめぇ……舐めてんのか?」

「十秒以内に死ぬのはてめーの方だ!」


 門番二人は腰にかけていた短剣を引き抜く。

 ザットも剣を持っているが、何もしない。


「おい、てめーも抜きやがれ!」

「剣なんて使ったら殺しちまうかもしれねーだろ? これで十分だ」

「ど、何処までも舐めやがって!!」


 ザットの言葉に怒りが頂点に達した門番二人が、同時に飛びかかってきた。

 動きは遅い。特に連携が取れているわけでもない単純な攻撃だ。

 ザットは無駄のない動きで避ける。

 その後、一人の野盗の顎を肘で強打。

 脳が揺さぶられ、ぐったりと倒れこむ。


 もう一人の野盗が呆気に取られている間に、顔面に鋭いパンチを一発お見舞いする。

 体勢が崩れている間に、剣を持っていた方の腕の肘を思いっきり蹴る。


 手に力が入らなくなり、門番は剣を落とした。

 ザットはそれを素早く拾い、首元に剣を押しあてた。


「勝ちだな?」

「ぐっ……」


 門番はうめき声を漏らした。


「ちっ……分かった。ブイゴ様の下へ案内する……」


 門番二人は潔く負けを認め、ザット達を根城の中へと入れた。


 門をくぐり、城の中へと入る。

 野盗たちの手によって多少は改修されているとはいえ、新しい城に比べたらボロボロだった。

 ただ、それでも普通の野盗が暮らしているような場所に比べれば、かなりましだ。通常野盗は自分たちで作ったボロボロの家に住んでいたり、洞窟の中に住んでいたりと、まともな住居に住んでいるケースはほとんどない。


 ブイゴの下に向かっている途中、ザットは頭の中で今回の任務について考えていた。


 まず城に潜入して野盗の一味になる。

 夜になったら門番の野盗と見張り台にいる野盗を討ち取る。見張り台から味方の兵士達が来るのを待つ。

 来たら門を開く。

 夜間での強襲となる。野盗たちは眠っており不意を突くことになるだろう。

 通常の野盗だとそれであっさりと倒せるだろうが、今回は元サイツ兵だった野盗だ。

 夜間の強襲などもある程度対処できるかもしれない。

 なので、隙があれば敵のリーダー、ブイゴを暗殺しておきたい。

 リーダーがいなければ、夜襲に対処することは出来ず、野盗たちは混乱状態に陥って楽な戦いとなる。

 もちろん危険を伴うので、暗殺するのは隙があったらではある。

 暗殺はしなくても、夜襲の時点で有利なのは間違いないので、仮にブイゴが戦上手で上手く対処してきても、勝つ確率は高い。無理に暗殺を試みて、作戦がバレたりするくらいなら、やらない方が無難だった。


 考えている間に、ブイゴの下へと到着した。


 筋骨隆々の男だ。無雑作に髭を生やしており、髪もボサボサ。装備はサイツ軍の物を身に着けている。元サイツ兵なのだろう。


「何だそいつら?」

「ブイゴ様の手下になりたいって来たやつらでさぁ」

「あ? もう手下は要らねぇっていっただろ? それとも使えるのかそいつらは」

「はい、二人がかりでやられちまいまして……相当できますぜこいつは」

「ほう?」


 ブイゴは興味を持ったような目つきで、ザット達を見る。


「名前は何ていうんだ?」

「ルビウスだ」


 そこまでザットは有名ではないが、元サイツ兵なら知っている可能性もゼロではなかったので、ここは偽名を名乗った。


「強いのになんで俺の元へと来た? 俺を殺して、新たなリーダーになろうって腹じゃねぇだろーな?」

「生憎、そんな危険を犯すタイプじゃねーんだ。アンタの評判を聞いて、手下になりゃしばらくは安泰だと思ったまでだ。こんな城を拠点にしてりゃあ、カナレの軍に目をつけられても簡単にゃやられねぇだろうしな」

「ふぅん? 強いのに面白くない考え方するやつなんだな。まあ、そんなことなら、ここは最適な場所ではあるな。ほかに行くあてがねーなら、しばらく居てもいいぜ」


 呆気なく許可をブイゴは出した。

 勢力をどんどん拡大していると言うことから、元々器の大きいタイプなのだろう。


「助かった。敵が来たら全力で戦うぜ」


 ザットは心にもないセリフを口にした。


「しかし、わざわざここに来なくとも、強いんならどっかの兵士になって手柄を立てて出世してやろうとか思わねぇのか?」

「俺みたいな元山賊が出世できるところがありゃ良いんだがな」

「数ヶ月前まで俺はサイツ軍にいたんだが、サイツ軍に入る前はこんな感じで野盗をやってた。そっからそこそこ出世できたから、探せばあるもんだぜそんなところも」

「でも、今は野盗なんだろ?」

「まあな。俺の仕えてた貴族が敗戦の影響で資金難になっちまって、その影響で外部から雇った兵士がバッサリ切られちまった。行くあてがなくてこうしてるってわけだ。そん時、せめてもの情けで、この城の存在を教えてくれたんだ」

「ほう、そんな経緯で……」


 ザットは口でそう感想を漏らしながら、この城の存在をサイツに教えられた、という部分が引っかかっていた。


 本当に情によるものかもしれないが、もしかしたら作為的なものかもしれない。

 解雇したサイツ兵をカナレの古城に住まわせれば、カナレ郡に被害を与えることは可能だ。

 動機は敗戦した後の仕返しか、もしくはカナレを弱らせ今度は確実に勝つ気か、どちらかだろう。


(いずれにせよ、この話は帰ったらリーツ様あたりに話しておく必要があるだろうな)


 情報を持ち帰ったら、評価も上がるぞと思い、思わずニヤケそうなったザットであったが、ここは堪えた。


「命懸けで戦ってんのにバッサリ切られる事もあるっつうのは、やりきれない話だな。やっぱり俺には野盗の方が向いてる」

「へっそうかい」


 ブイゴは少し笑いながらそう言った。


 それから、特に怪しまれる事なく、城の中を案内してもらう。

 無事、ザットたちは野盗の一味に紛れ込むことに成功した。

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