第219話 勉強の後

 それから先は、戦の際の戦術や陣形に関することをトーマスは教えてくれた。


 戦に関してはある程度家臣たちに任せるつもりではあるが、自分でもどんなことをすればいいのか知っておきたいので、きちんと真面目に聞いた。


 私が真面目に聞くのはある意味当然だとは思うんだが……


「なるほど、音魔法で指示を出して……」


 なぜかリシアが真面目にトーマスの話を聞いていた。


「えーと……リシアが戦について知っておく必要あるか?」

「む……何を仰います! いざという時は郡長の妻として、兵たちに指示をしないといけないでしょう!」


 私がリシアに尋ねると、軽く怒ったような口調で返答してきた。

 いざという時というが、そんな状況あるだろうか? 疑問には思ったが、もっと怒られそうなので、口を噤んだ。


「そ、そうか。リシアは勤勉で頼りになるな」

「えへへ、そう言われますと照れますわ」


 私がそうほめると、頬を赤く染めてリシアは照れていた。世界一可愛い表情だった。


「こういうことは教わったことがなかったので、勉強になりますわね。また一緒にお勉強しましょうね」

「そうしよう」


 私は頷いた。


 しばらくして、トーマスの授業は終了する。


「よーし、終わったー」


 背伸びをするシャーロット。

 結局ほとんど聞いてなかったのに、なぜか一丁前にやり切った感を出していた。

 シャーロットの横で、必死に勉強したためかムーシャがぐったりしていた。あの子は苦労するタイプかもしれない……まあ、シャーロットの性格が変わることはなさそうだし、支える人は絶対に必要だから仕方ないか。


「訓練行くかー」

「はい」


 ブラッハムとザットが気だるそうに立ち上がり、部屋を出ていく。

 ザットは真面目に聞いていたが、ブラッハムは結局不真面目なままだったな。

 後ろから見てても明らかによそ見しながら聞いてたし。

 トーマスも、ブラッハムがちゃんと話を聞くとはあまり思っていないのか、諦めていたようだった。


 うーん、知略は前よりかはマシにはなったが、現時点で鑑定する限り、まだ31だ。

 統率も59とちょっと上がったが、まだ大軍を指揮させて良いような数値じゃない。

 武勇は相変わらず高いので、勉強して欠点を改善できればいいんだが……

 ブラッハムと同じく勉強はあまりやらないシャーロットは、知識などなくても圧倒的魔法の力で、戦局を変える力があるし、何だかカリスマ性みたいなものがあるので、魔法兵もしっかりと彼女の命令には従う。

 ブラッハムにはそういうのがあるわけではないし、きちんと戦術を勉強しないと、一番の長所である統率も伸びないだろう。


 こればかりは本人がやる気を出さないとどうしようもない。

 無理やりやらせて、機嫌を損ねたら別の領地に行くとか言い出しても不思議ではないからな。ブラッハムほどの逸材をここで逃すのは惜しい。

 見守るしかないか。


 私もリシアと一緒に講義室を出ようとして、トーマスの近くを通りがかった時

 リシアが、


「今日はとても参考になりました。次回が楽しみですわ」


 と挨拶をした。


「次も来る気かよ……まあいいけどよ」


 少しだけ驚いたような口調で、トーマスは返事をした。


「もしかして迷惑だったか?」

「いや……ちょっとやり辛かったが、迷惑ってほどでもなかったな。むしろシャーロットとかが、ちゃんと来たからそこは助かった」

「それなら良かった」


 シャーロットは出席したと言っても、真面目に聞いてはいなかったようだが。

 それでも来ないよりかはましか。


「ちょっと聞きたかったんだが、ブラッハムはどういう経緯でカナレにいるんだ?」

「ブラッハムか? ベルツド戦で勝利した後に、捕縛した敵将たちを鑑定したんだが、その中で優秀だったから登用したんだ。最初はクラン様の家臣として推挙したんだが、本人の希望でカナレに来ることになった」

「優秀なのかあいつが……戦いの腕は確かだがな……奴がベルツドにいた時は、悪い話しか聞かなかったぜ」

「ここに来る前から、ブラッハムの事は知っていたのか?」

「ああ」


 トーマスは首を縦に振った。

 ブラッハムは、そんなに重要な任務は任されていなかったようなので、少なくともベルツドにいたころは有名な存在ではなかったと思っていたが。


「ベルツドでは悪い意味で名前は知れた奴だった。単純な戦闘力は高いが、頭は弱く、戦での活躍は計算は出来ないようなやつだったってな。たまに大戦果を挙げるのと、奴を慕う兵も結構いたから一応兵を率いらせてはいたようだがな」

「そうか、妙な知名度があったんだな」

「確かに思ってたほどの馬鹿ではないようだが、奴に才能ねぇ……本当にあんのか?」

「それは間違いない。ブラッハムはいずれサマフォース帝国内でもトップクラスの名将になるだろう」


 ブラッハムの統率の限界値は102。

 リーツやミレーユよりも高いのである。今まで何人もの人材を鑑定してきたが、未だにブラッハム以上は見た事がない。

 順調に育てば、最強の武将となり得るかも知れない。


「名将ねぇ……そんな器かよあいつが。まあ、先になれば分かる事だな」


 トーマスは全く信じていないようだった。

 あの馬鹿っぽい姿を見て、名将になるなど信じろと言う方が無茶かもしれない。

 実際、今の様子を見ていると確実に育つとは断言もできないしな。 


「じゃ、またな」


 私とリシアはトーマスと別れ、一緒に部屋へと戻った。





 ブラッハムはトーマスの講義を聞いた後、副官のザットと共に訓練場へと向かっていた。


 体を鍛えるのが好きなブラッハムは、暇があれば訓練をしており、ザットはそれにいつも付き合わされていた。


「うーん」


 ブラッハムは歩きながら、何かを考え込んでいた。

 その様子を見たザットが、怪訝な表情を浮かべる。


 本来ブラッハムは悩んだり、考え事をするような性格ではない。

 本能で生きているようなタイプの男である。


 つい先ほどまで勉強をしていたとはいえ、それでも考え事をブラッハムがしている姿は、意外なものであった。


「なあザット、戦術なんて勉強する意味があんのか? 強くなるには訓練するのが一番なはずだぞ」


 歩きながらブラッハムはザットにそう質問した。


 ザットはその質問を聞いた後、呆れた表情を浮かべて質問に答える。


「そりゃ必要ですよ。戦術を学べば戦に勝ちやすくなります」

「戦術なぁ……あんなん結局、卑怯な手段で敵を嵌めて勝とうって事だろ? そんなんで勝っても嬉しくねぇぜ。やっぱり男なら正々堂々と戦って勝たねーとな!」

「……はぁ、でもちゃんとした戦術があれば勝った場面で負けたら、元も子もないでしょ」

「負けなければいい!」


 堂々とブラッハムは主張する。


「そりゃ負けなけりゃあ良いんですけどね……」

「む、俺が負けたことがあるとでもいうのか?」

「リーツさんには負けたって自分で言ってませんでしたか?」

「う……ま、まあ確かにリーツ先生には負けたが……あれは一対一での戦いだ! 俺が言っているのは戦での話だ!」

「ローベント家の家臣になってからは日が浅いので、負けてはないですけど……でも、確か隊長って、負けて捕らえられた後、ローベント家に仕えるようになったんですよね?」

「ぐ……」


 全くの事実なので否定のしようがなかった。


 ブラッハムはローベント家に仕える前、ベルツドでの戦のことを思い出す。


 最初に頭に浮かんでくるのは、自身の華々しい活躍だ。


 敵の半分以下の兵力ながら、自身が兵を率いて敵軍に一直線に突っ込んで行き、敵将の首をすぐに取った。それから、敵軍は瓦解、大戦果を挙げ、褒美を貰った。


 その時の様子を思い浮かべ、ブラッハムはぐふふと笑みを浮かべる。その様子を見て、ザットは軽く引いた。


 それから、何度か戦で活躍した様子が思い浮かんだ。


「うむ! やはり俺は負けてなどいない! 活躍をしまくっていたはずだ! クラン軍との戦も、俺のせいで負けたわけではないしな!」

「都合のいい現実だけ思い出してないですか……? 失態も同じくらいしてそうですけど」

「失礼な! そ、そんなわけあるか!」


 ブラッハムは声を荒らげて否定する。


 今までのブラッハムなら、ここで思い出すのをやめて、自分は活躍しかしていないと信じたまま終わるのだったが、カナレに来て少しだけ成長した彼は違った。

 もう少しだけ考えてみて、自分の失態を振り返ってみた。


 そうすると、次々に思い出してきた。

 先方で突進したは良いもののあっさりと罠にハマり、自軍の敗北の要因になったり、命令を無視して自分の判断で突撃して、味方の足並みを崩したりと、色々やらかしてきた記憶が思い浮かんでくる。


「う……」


 一つの可能性に思い当たり、ブラッハムは顔を青くした。


「なあ、ザット、多分間違っていると思うんだが……聞いていいか?」

「良いですよ」

「もしかして俺がベルツドで冷遇されていたのは、頭が悪いからだったのか?」

「多分そうでしょうね」


 ザットは何当たり前のこと聞いてるんだと言うような表情で、ブラッハムの質問に即答した。


 それを聞いてブラッハムは、口をポカンと開けて間抜けな表情をする。


「嘘だろ?」

「いや、ベルツドの事情に関して、私は詳しくはないですが、それ以外の理由は考えられないでしょ」

「…………」


 汗をダラダラと流しながらブラッハムは考えこむ。


「……ザット……今からさっき教えて貰ったこと復習するから、手伝ってくれねぇか?」

「分かりました」


 ようやく自覚したのかと呆れたような表情を浮かべながら、ザットは頷いた。



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