第218話 授業

 カナレ城、講義室。

 ヴァージの言葉通り、講義室ではトーマスの勉強会が行われていた。


「参加するのは別に構わないが……ちょっとやり辛ぇな」


 参加したいと申し出たところ、一応OKはもらった。

 まあ、心から歓迎されているというわけではなさそうだが。


 講義室はそれなりに広く、100人近くは座れそうだが、ここにいるのは数十人だった。


 私の右隣の席にはリシアが座っている。

 結構気合の入った表情だ。やる気があるのだろう。

 今回の勉強で役立つ知識が教えてもらえるかは、まだ分からないが、私も彼女を見習わないと。


 私の前の席にはブラッハムがいる。彼は精鋭部隊を率いているが、頭脳の方はまだまだなので、率先して勉学に勤しむべきではある。


 ただ、当の本人は戦闘訓練をしたいようで、「なぁ、こんな事しなくて戦闘訓練しませんかぁ?」とトーマスに抗議をしていた。


「わがまま言ってると怒られますよ……!」


 ブラッハムの横の席に座るザットが、ブラッハムを慌てて嗜める。

 ザットはブラッハムのサポートをする役目をさせているが、それが原因で心労が絶えないようだ。


「カナレには見込みのある奴は多いが、あまりにも教養に欠ける奴が多い。指揮する立場の者として勉強はして当然だ。大人しく受けやがれ」


 ブラッハムの言葉を聞いていたトーマスは、毅然とした態度でそう言い放った。


 教養不足なところは間違いないだろう。

 身分を問わず採用しているので、平民出身の者も多い。いくら才能があるとはいえ、貴族生まれと平民生まれでは教養には差が出てしまう。このように教えれば問題はないのだが。


「確かにブラッハムとかはもっと勉強しないと駄目だよね」


 とそんなことを言っているのは、私の左隣に座っているシャーロットだ。

 どの口で言っているんだと、心の中で突っ込む。


 ちなみにシャーロットは元々サボるつもりだったが、私とリシアが参加するのを見て、自分も授業に出ると言い出した。

 相変わらずマイペースなやつである。


 ちなみにシャーロットの左隣には、ムーシャが座っている。

 彼女は真面目なので、最初から参加する気だったようだ。


「ブラッハムとお前が特に勉強しないといけねぇんだよ」


 トーマスが容赦なくそう指摘する。


「な、何? わたしも勉強しないといけないの? こう見えて色々知っているんだぞ」

「ほう? じゃあ、問題だ。ミーシアンのカナレ郡以外の郡を全て答えろ」

「…………えーと、あの海があるところ……セ、センプランだっけ? あとはアル……アル……アルカンテラ?」

「センプラーとアルカンテスだ……州都すら知らんのかお前は」

「そんなん知らなくても戦には勝てるし!」


 シャーロットは堂々とそう宣言した。


 実際ベルツド防衛戦でシャーロットに痛い目に遭わされているトーマスとしては、反論の余地がないようで、少し言葉を詰まらせた。こんな奴にやられちまったのか、と言いたげな表情でトーマスはシャーロットを見る。


「知識不足じゃ痛い目見る時がいずれ来るかもしれねぇーだろ。お前、魔法の属性とか全部知ってんだろーな」

「当たり前でしょ」


 トーマスに聞かれてドヤ顔でシャーロットは喋り始める。


「炎を起こすやつと水を起こすやつ。それから光とか灯すやつ。えーと、あと爆発させるやつもあったね。それから土とかのやつもあった。あ、音鳴らすやつもあったじゃん! うーんこれだけかな」

「まだまだあるに決まってんだろ!」

「えー!?」

「魔法の属性ってのは全部で20種類あると言われている」


 そう言って、トーマスは魔法の種類を書き始めた。

 音、炎、水、影、爆発、鋼、力、雷、闇、土、光、治癒、氷、風、呪、時、幻、精神、木、毒。


 一応私も勉強したので、全部知ってはいた、はずなのだが、だいぶ前の話なのでいくつか忘れている属性があった。


「そんなにあるのか。でも私は五つくらいしか使ってないんだけど」

「全属性をミーシアンで利用出来るというわけではない。魔法の利用には魔力水が必要だ。魔力水の原料は魔力石と呼ばれる鉱石で、州によって採れる魔力石と取れない魔力石がある。ミーシアンだと爆発の魔力石だな。独占している魔力石は他の州に流さないよう、どの州も厳重に取り締まっている。ちなみに20種類とは言ったが、実際はもっと多いと言われている。存在自体が隠されていて、情報が出回っていない属性もそれなりにあるだろうな」


 最後は初耳だった。

 もしかすると、ミーシアン総督家しか知らない属性などもあるのだろうか。

 しかし、そんなのがあるなら、前回の戦でクランかバサマークのどちらかが使ってそうなものだが。

 そこまで強くないなら、秘密にする必要もなさそうだし……ないのだろうか?


「それぞれの魔法石はどの州が独占しているんですか?」


 そう質問したのは隣にいたリシアだ。


「ミーシアンは爆発で、サイツは鋼だ。前回の戦いでは使ってこなかったみたいだな。防衛向けの魔法が多いから、攻めの時には使わなかったんだろう。パラダイルは回復。アンセルは時と精神、シューツは呪。ローファイルは、幻と力、キャンシープは氷と毒だな」

「残りの十個は独占ってわけじゃないんですか?」

「ああ、ただ、全ての地域でも採掘出来る魔力石ってのはない。地域によって採れたり採れなかったりだな。ミーシアンでは雷と木はさっぱり採れねぇからな」


 リシアは興味深そうにトーマスの話を聞いていた。

 彼女は凄く勉強熱心だ。逆に魔法に詳しくないといけないはずのシャーロットは、いつの間にか机にうつ伏せになって寝息を立てていた。シャーロットにはリシアを見習って欲しいくらいだ。


 トーマスは寝ているシャーロットを見て、怒るより呆れてため息をついた。


「まあ、そいつには無駄に知識とかは入れないほうが逆にいいかもな。代わりに隣のお前! ムーシャだったか?」

「ひゃ、ひゃい!?」


 シャーロットの左隣で真面目に話を聞いていたムーシャをトーマスは指名した。トーマスの鋭い眼光で見つめられ、ムーシャは緊張し体を強張らせている。


「お前が知識を身につけて、シャーロットをサポートしろ。魔法部隊の副隊長としてな」

「は……え? 副隊長!?」

「何を驚いている」

「そ、そりゃ驚きますよ! 私なんか新米ですよ! 副隊長なんか務まるわけないですよ!」

「腕は二番目に良いじゃねーか。今は違うかもしれないがいずれそうなるから、今から勉強はしておけよ」

「え、ええええ!?」


 突然副隊長になると宣告されて、ムーシャは驚いていた。

 まあ、順当に行けばいずれそうなるだろう。

 才能は高く、現時点での実力も急成長している。何よりシャーロットが気に入っている。


 軍の人事はリーツが決めている。

 最終的な決定は私がするのだが、反対することは基本ない。なのでリーツ次第ではあるが、彼はムーシャのことを高く評価しているので、経験をもっと積めばいずれそうなりそうだ。


 魔法についての授業は一旦終了した。

 ムーシャは勉強しておけと言われ、「魔法の練習もしないといけないのに……」と嘆いていた。






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