第212話 エナン
数日後。
採用した人材たちと再び面談をした。
魔法騎兵として採用した二人は、人格に特に問題はなかった。
彼らは、今まで魔法を使ったことも馬に乗ったこともなかったそうなので、これからは魔法騎兵として育成をしていくつもりだ。
問題は最後に採用したエナンだ。
相変わらず声が小さすぎて、意思疎通が困難だ。
もしかしたら、声帯に何らかの病気を抱えているのかもしれない。
そうなると、話をすることは出来ないだろう。
会話を交わすことは諦めて、一旦筆談を試す事にした。
エナンは少し申し訳なさそうな表情をしながら、スラスラと文字を書いていく。教養の無いものは、字を書けない者もいるので、彼女がそうだったらお手上げだったが、幸い字を書くことができるようだ。
丁寧な字で、
『申し訳ありません。人と話す機会が長い間なく、声が上手く出なくなってしまいました』
と少し震えた文字でそう書かれていた。
声が小さいのは病気ではないのだろうか?
長い間、人と話す機会がなかったとは、一体どういう環境で生きてきたのか気になるが……それなら、慣れればもしかしたらこれから声が出るようになるかもしれない。
『エナン・リュージェスと言います。自己紹介すら出来なくて申し訳ありません』
申し訳なさそうな様子で、エナンはそう書いた。
自己紹介がまともに出来なかったことが、少し気にかかっていたようだ。
「謝る必要はない。声が出ないのなら仕方がないしな」
私はエナンを元気付けるためにそう言ったが、あまり表情は晴れない。
その後、また紙に何かを書き始めた。
『私は本当に合格なのでしょうか? 普通に考えて受かるはずなんてないはずなので、何だか信じられなくて」
確かにまともに自己紹介すら出来ずに受かるのは普通は考えられない。エナンは不信感を抱いているように見えた。
「私には鑑定スキルがある。君の隠された才能を見抜いたので、採用しようと思った」
『私に才能ですか?』
疑うような表情でエナンは私を見てきた。
すぐには信じることが出来ないようだ。
エナンはしばらく何かを考えるように俯き、その後、ハッとしたような表情を浮かべた。
なぜか少し顔を赤くしている。
その後震えながら文字を書き始めた。
『すみません気づくのが遅くて。そう言うことでしたか。この際、仕方ありません。私の体、好きにしてください』
「物凄い勘違いをしているようだな……」
体目当てで採用したと思われたようだ。どう勘違いしたらそうなるんだ。
勘違いであると指摘した後、エナンは顔を赤くして慌てていた。
「ご、ごめんなさい!」
頭を下げながら謝ってきた。
……声が聞こえた。
まだ小さいが、確かにエナンの口から発せられた声が、私の耳に届いた。
慌てたのが逆に功を奏したのか、声の出し方を思い出したのかもしれない。
「こ、声出ました……」
本人は少し嬉しそうな、照れているような表情でそう言った。
このまま声がまともに出せないままだと、流石にまずいと思っていたので、早速出せるようになって良かった。
「声が出せるようになって良かった。君を体目当てで採用したと言うのは、完全な勘違いなのでそこは理解してくれ。私は結婚している」
「そ、そうだったんですか。申し訳なかったです。常に私の長所はそこそこ顔が良いだけだと、言われ続けてきたので……」
どうやらあまり良くない家庭環境で育ったみたいだ。
ちなみに顔の良さに関しては、前髪で目が隠れているので良くわからない。前髪を上げれば、可愛い顔かもしれない。
「私の才能って……何なのでしょうか……」
「物を作ったりする才能が君にはあるはずだ」
「は……はぁ……物を作ったりする才能ですか……」
あまり本人はピンときていないようだ。
まあ、現時点の能力は別に高くはないし、練習したら何か見えてくるかもしれない。
とりあえず、シンにエナンを会わせてみよう。
私はエナンと共に、シンの下へと向かった。
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