第213話 工房へ

「ここですか……」


 エナンはシンの工房を困惑した表情で眺めていた。


「ここは何をするところなんでしょうか……」


 飛行船を研究している工房など、他には無いしそう思っても当然だった。


「シンという男の工房だ。今は飛行船の研究を行っている」

「何ですか飛行船って」

「魔法の力で空を飛ぶ乗り物だ。まだ完成はしていないが、飛ぶ実験には成功している」

「そ、そんなものが……」


 エナンは目を見開いていた。

 どうやら興味はあるようだった。


「……って、え? ちょっと待ってください。その工房に私が連れてこられたという事は、もしかして、飛行船作りの手伝いをやれってことなんですか?」


 エナンは自分の置かれた状況を察したようだ。


「そういう事だ」

「む、むむむむ無理ですよ! そんな凄そうな物を作る手伝いなんて! 魔法の事とか全然詳しくないですし!」


 さっきまで声を出すことすらままなら無かったとは思えないくらい、大きな声でエナンは否定した。


「確かに、いきなりやれと言われても無理だろう。しかし、君には才能があるはずだ。この工房にいるシンの下で学べば、その才能を開花させることが出来るかもしれない」

「開花……ですか」


 エナンは考え込むように俯いた。

 しばらくして、呟き始めた。


「正直、アルス様の言葉を完全に信じることは難しいです……今まで私は人並に何かを出来たことが一つもなかったので……でも、このまま何もしないままなのも嫌なので……頑張ってみたいと思います」


 前向きな発言という感じはなかったが、少しやる気を出してくれたようだ。

 全くやる気がなかったら、才能があっても上達しない可能性が高いからな。良い傾向だろう。


 私はエナンと共に工房に入る。

 工房内では何やら作業が行われていた。恐らく飛行船の組み立て作業だろうか。

 前見た飛行船より少し大きめだ。順調に開発は進んでいるように見える。


「ん? アルス様やないか。今日はどうしてここに?」


 作業の指示を出していたシンが私の姿に気付いた。


「その女は?」

「新しく家臣にした者だ。この工房で働かせてやって欲しい」


 私が単刀直入に頼むと、シンは怪訝そうな表情を浮かべた。


「工房で働かせてくれやと? 力仕事が結構多いし、女にはキツイでここは。それともそう見えて、めっちゃ力持ちなんか?」

「いや、そうではない。私の力で鑑定したところ、彼女は何かを作ったりする才能が高いようで、今はまだ初心者で知識も浅い状態だが、成長すれば必ず飛行船開発の役に立つはずだ」

「はぁ……つまりわしに人材の育成をせいという話か? しかも、初心者で知識が浅いという事は、一から全部教える必要があると」

「そうなるな」

「飛行船開発で忙しいちゅうに、そんな暇はない……といいたいところやが……使える人材が欲しいとちょうど思っとったのも事実や。確かにわしは天才やが、一人では作業が難航する時もある。郡長さんの言う通り、その女に本当に才能があるなら、育ててもいい。本当に才能があるなら」


 試すような目つきでシンは私を見てきた。


「間違いなく才能がある。私が保証しよう」


 私は即答した。

 今更自身の鑑定スキルに疑いを抱くことはない。


「なら雇ったる。わしの力を見抜いた郡長さんの眼力を信じるで」


 とりあえず話はまとまった。これからどうなるかは、エナンとシン次第だろう。保証した手前、才能を発揮してくれないと困るが。


「新入り、お前名前はなんというんや」

「え……あ、エ、エナンと申します……え、とこの小さいお方が、シンさんでしょうか?」

「誰が小さいお方や!!」


 小さいと言われた直後、シンは顔を真っ赤にして怒った。

 背の低さを気にしているようだ。


「あ、も、申し訳ありません! 工房の主ということで、もっとムキムキの人を想像していたので、思ったより可愛らしい方だったので」

「か、可愛らしいやと!?」


 またも顔を赤くしてシンは怒った。

 何というか、うかつな発言が多い人だなエナンは……

 もしかして、余計なトラブルを避けるため、口数が減っていったのかもしれない。


「おい、この女本当に大丈夫なんやろな」

「……多分」

「多分って何や多分って……まあ、ええわ、しばらくは面倒見たる。駄目やったら、アルス様のところに送り返したるからな」 

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