第208話 トーマス勧誘

 休暇を終えた翌日。

 ミレーユがカナレ城を訪問してきた。


 会議などがある時以外、基本的にミレーユは訪ねて来ないのだが、今日は何か用があって来たようだ。


 私は応接室でミレーユと二人きりで話をする。


「やあ坊や、夫婦関係はうまくいっているかい?」

「まあ、そこそこには……」


 いきなり世間話を始めてきた。


「あのリシアって子は中々強い子だろう。坊やは多分尻に敷かれそうだねぇ」


 ニヤニヤしながらミレーユがからかってきた。

 それは前々から思っていたことなので、あまり反論はできない。


「ところで、今日は何の用で来たんだ」


 話を本題に戻す。


「前に言ったけど、弟のトーマスと面談したいんだが、クランにその件について話を付けてくれないか?」

「やはりその件か」


 トーマスの件以外で、訪ねて来る理由は思い浮かばなかったので、予想はしていたが、予想通りだったようだ。


「じゃあ、書状を書いて送るから、それの返事が来るまで少し待って……」

「面倒だね。その書状をアタシが直接持っていって、クランに読ませればいい」

「……確かにそれなら早そうだが、もし駄目だった場合、無駄足になってしまうぞ」

「それならそれで、アルカンテスの観光を楽しんでくるさ」

「お前には一応ランベルクを任せているんだが……」

「ちょっとくらい空けてても、特に問題は起こらないよ。ま、何か問題が起きたら、リーツに任せればいいさ」


 かなり投げやりにそう言った。

 これ以上リーツに負担はかけさせられない。

 まあ、ランベルクの統治については、長くやっていたので私でも解決は出来ると思う。

 リシアやロセルの知恵などを借りることにはなるかもしれないが、リーツの手を煩わせる必要はないだろう。


「分かった。今すぐ書状を書こう」


 私は書状を書いた。


 ミレーユに、トーマスを説得する算段があるようなので、面会の許可を貰えるようまず頼んだ。

 そして、もしかすると、姉の下になら付くとトーマスがいう可能性があるので、その場合はトーマスをミレーユの直属の家臣にしてもらえないか、というのも書いておいた。


 もしかすると、クランはトーマスを手元に置きたがっている可能性もあるので、断られる可能性もゼロではない。

 ただ、普通に考えて、説得は難しいとはクランも分かっているはず。

 断っては来ないはずだ。


 私は書状を書き上げた後、それをミレーユに渡した。


「ありがと。じゃ、愚弟はアタシがしっかりと連れてくるから、期待して待ってていいよ」


 ミレーユは部屋から出ていった。


 何か説得成功に凄い自信があるみたいだな……

 でも、本当に成功するのか? 

 ミレーユがトーマスに嫌われていたのは、間違いないと思うんだが……


 期待して待っててと言っていたが、まあ、そこまで大きな期待はせず、来ないものと思って待っていよう。



 ○



 州都アルカンテス。


 ミレーユはアルスから受け取った書状を手に持って、アルカンテスを訪れていた。

 後ろには二名の護衛兵が。

 あまり厳重な守りではないが、ミレーユは自身もそれなりに腕が立つので、数が少なくてもあまり問題ではなかった。


「さて、クランに会えるかねぇ」


 クランは現在はミーシアン州総督である。

 もちろん忙しい身分だが、今は内戦が終了してまだそこまで日も経っていないということで、さらに忙しいだろう。


 事前に連絡したわけではないので、会えるかがまず分からなかった。


 ただ、アルスの書状を持ってきたという話なら、聞く可能性は高いとミレーユは考えていた。

 クランにとってアルスはお気に入りだろう。


 アルカンテス城へ向かう。

 門番に止められたので、ミレーユは書状を見せた。書状にはローベント家の封蝋が押されている。門番も無視はできない。


 門番はミレーユにしばらくこの場で待つように言って、近くにいた別の門番、恐らく部下に何かを指示した。


 しばらくすると、クランの腹心であるロビンソンがやってきた。


「ミレーユさんではないですか。今日はなぜここに?」

「坊や……アタシの主人、アルス・ローベントからの書状を預かってきたから、クラン……様に直接渡したい」

「直接渡したいのですか?」

「ああ、出来ればその場ですぐに読んで欲しいんだが、時間はあるかい? そんなに長い内容じゃないから、ほんの少しだけ時間を貰えればいいんだけど」

「今はクラン様はちょうど空いておりますが……ちょっと尋ねてきます」


 ロビンソンはそう言って城の中に入った。

 時間が空いてるなら、すぐ会わせてくれればいいのに、とミレーユは若干不機嫌になる。


 数分後ロビンソンは戻って来た。


「お会いになるそうです。お入りください」


 ミレーユはロビンソンの指示に従い、アルカンテス城に入城した。





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