第195話 決着

 戦場の跡を私たちは確認した。


 夥しいほどの敵兵の死体。


 まさに地獄絵図となっており、流石に見るのは堪えた。


 戦果を確認するため、今回仕留めた敵兵の数と、それから逃げて行った、敵兵の数を偵察兵に探らせたりした。


 今回の戦で、約4万ほどの敵兵を討ち取った。


 そして、残りの敵兵は約3万となった。


 今までの戦で敵は一万ほど兵を失っていたようで、今日の大敗で4万の兵を失い、結果として五万の兵を失ったことになる。


 一方カナレ軍は、無傷ではないが被害は少ない。


失ったのは、全部で五千人くらいである。


 残りは2万3千人だ。


「まだ、向こうの方が、兵数は上なのか……」


 今回の戦で、完全に優位に立てると思っていたが、まだ敵兵の数の方が上。


 まだまだ油断できないのか……?


「確かにまだ上だけど、もう攻めては来ないだろうね」


 ロセルがそう言った。


「基本的に戦は防衛する側の方が有利。7000人兵数で上回ったところで、勝つのは中々難しい。そもそも、五万人失って、5000人しか倒せなかったという事実を受ければ、普通なら攻略は不可能、って結論を出すと思うけどよ」

「うん、その通り。ま、仮にまだ来るんなら、今まで通りボコボコにしてやればいいさ。相手は前までのように、数で攻めるという手はなくなるわけだから、楽に撃退できるだろうね」


 ミレーユも同じ意見のようだ。


「サイツ軍は、兵を増やしてまた攻めてこないだろうか?」

「サイツ州内の情報はそれなり集まっているけど、そこまで余裕はないようだよ。仮に兵が集まって攻めてくるとしても、相当先の話になるんじゃないかな? そこまでにはクラン様が、バサマークを撃退していると思うよ」


 二人の意見を聞く限りでは、もう大丈夫そうだという結論に達した。

 

 八万という兵数は、一つの州が動員する兵力としては、実は多くはない。


 今のサイツは新しい総督になったばかりで、州内も完全にまとまりきっているというわけではない。


 割と無茶してカナレに兵を出してきていたので、それ以上は出せるような状態ではないそうだ。


 その後、私たちはクメール砦へと帰還。


 もう来ないかもしれないと言っても、完全に油断するわけにはいかない。


 きちんと防備を固めた。そして、敵の情報を探らせたりもしながら、慎重を期した。


 そうして、数ヶ月の時が流れたが、サイツ軍は動きを見せなかった。


 そして、帝国暦二百十二年、四月二十日。季節は秋。


「クラン様がバサマークを撃退したようです!」


 その一報が入った。


 この知らせを受け、ようやく私たちは安心することができた。



 ○



「……今回は完全にやられてしまったな」


 サイツ軍の総大将、ボロッツ・ヘイガンドはそう呟いた。


 バサマーク撃退の報は、サイツにも届いていた。


 彼は、軍の立て直しを図っていたのだが、こうなるともはやカナレを落とせる見込みは限りなく低くなった。


「ここまでの大敗……どう罰せられることやら……」


 あそこまでの悲惨な負け方をしては、今後も同じ地位につき続けられるのは無理だろう。


 主人の信頼を裏切ってしまったと、ボロッツは非常に落ち込んでいた。


 今回の戦は、カナレ軍が上手く策略を決めたというのもあるが、現場で指揮を任せた者達に問題があったのも事実である。


 ボロッツは前線で兵を率いて戦うのは、あまり得意だという意識はなかった。


 それでも、率いらせれば、普通よりは強いのだが、どちらかというと戦の戦略を決めたり、誰に何を任せるのがいいかを決めるかは、得意な方だと思っていた。


 そのため、今回は現場での指揮はバサに任せた。彼なら大丈夫だろうと、ボロッツは思っていたのだが、間違った判断だった。


 また、輸送を任せたラクトルに関しても、信頼できる人物と思っていただけに、策にはまってしまったのは、誤算であった。


 今までは間違いなく二人とも、それなりに実績があり、だから任せた。


 だが、結果というものは、時として運に左右されたりもするので、実績だけで人の力は完全には測れない。

 調子が良くて、実力以上に力を発揮するような場合もあるだろう。


 特殊な能力でもない限り、正確に他人の才や能力を見ることなど、不可能なことなのだ。


 今回、サイツ軍は何度か失態を演じたとはいえ、カナレ軍との兵差は大きかった。


 それなのに、ひっくり返された。

 間違いなく人材の差が大きかったと言わざるを得ない。


「やはりアルス・ローベントは危険な男だ……」


 まだアルスはカナレ郡長になって、あまり時間が経過していない。

 人の才を見抜けると言っても、いい人材を見つけるまでは、ある程度時間を要するはずだ。


 それなのに、現時点で人材に大きな差をつけられてしまっている。


 今後、時が経てば、どうなることか。


 ボロッツは末恐ろしさを感じた。


 彼の主人であるサイツ総督が感じている危機感も、今は肌で実感することができた。


(戦には勝てなかった。だが、アルス・ローベントを殺すという主命だけは、何としてでも果たさねば)


 味方にできないようなら、アルスを殺せ。ボロッツはそう命じられていた。


 もはや手段を選ぶつもりはなかった。


 何としてでもアルスを殺すため、彼は腕利きの暗殺者を雇うと決めた。





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