第194話 大戦果

 サイツ軍を指揮する将、バサ・ルペリコルは怒りを感じながら、撤退の指示を取っていた。


(こうなったのも、全て輸送隊のせいである!!)


 彼の怒りは正当なものであった。

 確かに、輸送隊がポカをせず、きちんと魔力水を最前線に届けることが出来ていれば、こんな結果にはならなかった。


 ただし、バサに責任がないというわけではない。

 魔力水がないと分かった時点で、兵を引いていれば、無用に兵士を失うことはなかった。


 本当に優れた将であるなら、瞬時に撤退を判断しただろう。


(今回は一旦引いて、体制を整えてから再び侵攻すれば落とせるだろうが、その時、私が全軍を率いる立場でいられるかは、疑問である。むう、出世の大チャンスだったのに)


 兵を撤退させた後の心配をバサはしていた。


 殿をおき、敵兵をとどめている。

 少し多めに殿は置いてきたので、突破されて自分が率いている軍にまで来られることは、そうそうないだろう。


 相手だけが魔法を使えるということを考慮しても、まず間違いなく撤退は成功するとバサは思っていた。


 しかし、彼の予想は見事に外れた。


「何だこの音は?」


 川の付近まできて、妙な音が聞こえたので、バサは疑問に思う。


 しかし、変に気にしている暇はないので、とにかく進んだ。


 そして、川の様子を見て、バサは仰天する。


 川は氾濫し、凄まじい勢いで水が流れていた。


 これでは渡ることなどまず不可能だ。


「ば、馬鹿などういうことだ……雨は降ってないし……」


 考えてバサは答えを導き出した。


 敵軍はなぜか少数の部隊を川上に向かわせていた。


 一応警戒するため、サイツ軍も少数の兵を向かわせた。


(恐らくあの隊に強力な魔法兵が……あの炎魔法をを撃ちまくっていた、やばい女の仕業なのである。向かわせた兵は撃退されてしまったか……)


 魔法なら永遠には続かない。

 何とか殿が時間を稼ぎ、川の流れが元通りになるまで、待ってくれと願ったが、その願いは届かなかった。


「カナレ軍が殿を突破して、迫ってきております!!」



 ○


 私はシャーロットに、水魔法の使用を指示し、その後、前衛で戦っている、ミレーユとリーツが敵が出してきた殿しんがりを撃破した。


 思ったより敵の殿は奮戦したようで、若干時間はかかったが、それでも作戦に支障が出るレベルの遅れではなかった。


 それから、敵兵を追い詰めるため、進軍する。


 きちんとシャーロットの水魔法は発動していた。


 物凄い勢いで、川に水が流れている。


 飛び込んだら間違いなく命はないだろう。


 やはりシャーロットの魔法の威力はとてつもない。


 サイツ軍は、全く想定してない事態に、相当混乱しているのか、川の前でピッタリと動きを止めていた。


 サイツ軍を指揮している将は、どうもこういう想定外の事に対する対応力が、あまり高くないみたいだな。


 単純な兵の強さ自体は、リーツ達の話を聞く限りでは、結構高いようだ。味方の士気を上げることも上手である。


 兵の練度をあげたり、士気を上げるようなことは得意だが、想定不可な事態への対応は苦手。まあ、将として不適格ではないかもしれないが、副将や軍師などにちゃんとした者がいなければ、上手くはいかないだろうな。


 狼狽える敵兵を囲むように、兵を配置する。


 そして、魔法を一斉に撃った。


 逃げ場を失った敵兵に、魔法攻撃がどんどんと放たれていく。


 次々に討ち取られていく、敵兵の姿が見えた。


 こちらの魔力水はまだまだ残っている。


 シャーロットはいないので、若干火力は心許ないが、それでも防御する術を持たない、今のサイツ軍には非常に有効だった。


 何人かの敵兵は、一か八か川へと飛び込んでいたのだが、すぐに流されていった。


 あれは助からないだろう。


 そして、開き直って、敵兵はこちらに向かってきた。


 ここまでは想定内の展開だ。


 ここからである。


 敵の士気は現時点で、最高潮に達している。


 死に物狂いで戦う兵士は、非常に怖い。


 魔法は、敵兵を怯えさせる効力もあるのだが、それが効きにくくなるからな。


 接近されてしまっては駄目だというのは、魔法の一番の弱点である。


 魔法兵の前には、歩兵がいて、敵兵の接近を阻止する。


 死に物狂いでくる敵兵は、非常に勢いがあり、自軍の兵士たちは押され気味になっている。


 押され気味の兵達を立ち直らせるのは、個人の能力だった。


 まずは、リーツが前線に出て、敵兵達を華麗な剣技で次々に斬り伏せながら、檄を送り、兵士たちを鼓舞する。


 正直、前衛で戦っているところを見るのは、気が気でなかった。


 今すぐ引いて、後衛で指揮しろと、命令を飛ばしたかったが、リーツが前衛で戦うことで、味方の戦いぶりが、大幅に改善しているのも事実である。


 ここはリーツの武勇の高さを信じて、見守るしかないだろう。


 リーツの横では、ブラッハムについて行かず、リーツの側で戦うことになった、ザットも戦っていた。


 彼も武勇は非常に優秀だ。リーツをきちんと手助けしており、地味に良い働きをしているようだった。


 ミレーユはというと、彼女はリーツのように前衛で戦ってはいない。


 体格が良いミレーユは、女性の中では近接戦闘に非常に優れている。

 しかし、男性であるリーツに比べると、やはり一枚劣るので、前衛であそこまで奮闘することはできない。


 ミレーユの場合、


「ここでヘタれたらどうなるか、わかっているな!?」


 という檄を飛ばしていた。

 私には何のことか、分からなかったが、兵士たちの動きは一気に良くなった。


 戦いも互角に近くなったのだが、兵士たちは怯えたような表情をしている。


 一体普段からどういう訓練をミレーユは行っているんだ……


 二人のおかげで、敵の背水の陣の威力にも、押されずに済んだ。やはり人材の力は大きい。


 包囲しているような形になっているので、敵軍の中心部にいる兵達は、何も出来ずに魔法を喰らうしかなくなっている。


 この状態が長く続けば、敵兵を相当な数減らせるはずだ。


 敵の猛攻を防いでいる間、ムーシャの魔法が炸裂した。


 たまにシャーロットと同じくらいの威力の魔法が出るという話は、聞いた事があったが、まさにそんな感じの威力の魔法だった。


 それが敵軍のど真ん中に飛んでいった。


 それこそ敵の本隊がありそうな場所である。

 今の一撃で、敵将を倒したかと思ったが、敵軍はそれなりに統率を保ち続けていたので、あそこではなかったか。


 でも、一撃で相当大勢の敵兵を削る事ができた。


 ちょうどその後くらい、シャーロットの魔法の効果がなくなったのか、川の流れが正常に戻り始めた。


 敵兵は急いで川を越すため、撤退をする。


 以前と同じく殿の兵を残していった。指揮官のいる本隊は逃げ切るつもりのようだ。


 私たちは、とりあえず殿に出た兵を片付けた後、追撃を試みたが、上手く撤退はしたようで、追いきれなかった。


 しかし、それでも大勢の敵兵を討ち取るという、当初の目的は成功した。





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