第190話 進軍中
私たちは敵軍が陣を敷いている場所に向かって、進軍を開始した。
カナレ軍は、クランからの援軍を含めると、万を超える軍なので、敵軍に気づかれずに移動するというのは不可能だ。
斥候を事前に派遣し、サイツ軍が我々の動きを察知したら、どう動くのかを報告させていた。
大方の予想通り迎え撃つという判断を取るようだ。
いくら魔力水が少なくなっているとはいえ、数で勝る相手に最初から逃げるという手段は、やはり取らなかった。
この辺りには丘がほとんどなく、サイツ軍は平地に布陣していた。
高所に立つと、攻められても守りやすくなるので、平地しかないのか我々にはメリットが大きい。
まあ、魔法攻撃は丘の上にいても、守り切るのは難しいがな。
こちらの策としては、まず、敵軍との接近戦は挑まずに、距離を取って魔法攻撃を仕掛ける。
敵軍は当然近づいてくるので、じわじわと後退しながら、敵軍に魔法を喰らわせ続ける。
こちらが攻めているのに、相手の方が攻めているような、そんな形になるだろう。
敵軍の動きで警戒すべき点は、こちらが包囲される事である。包囲とまではならなくても、多方面から攻撃を受けることになれば厄介だ。
敵軍の方は数が多いので、兵を分けて多方面から攻撃するという作戦も取れる。
多方面からの攻めへの対処は、メイトロー傭兵団が行うのが適切とのことだ。
メイトロー傭兵団は優秀だ。不利な戦況を変える実力を持っている。
当然、戦をしながら情報交換も頻繁に行う必要がある。情報を耳にして、全軍がどう動くべきかは、私とロセルが判断し指示を出す。考えるのはほとんどロセルになると思うけど。
進軍を続けると、不味い報告が入ってきた。
「敵軍に動きありです! 大きな動きではないですが、数百名の兵を動かして、シャーロット様たちを討ちに向かわせたようです」
「何?」
緊急事態発生である。
リーツとミレーユは、前方で兵を率いているので、私の近くにはいない。近くにいるのはロセルだけである。相談相手にしても彼しかいない。
「まさか、こちらの作戦が敵にバレたのか?」
「そうとは限らないと思うよ。そんなに大軍を出したわけじゃないし。相手は兵数は多いから、シャーロット姉さんのやろうとしていることが分かれば、もうちょっと多く兵を出すはず。数百名となると、シャーロット姉さんたちが動いた事は分かったけど、狙いは分からない。一応兵を出しておくか、程度のものだと思うよ」
「なるほど……しかし、数百名でも危険なのは事実だ」
「そうだね。シャーロット姉さんの魔法なら、蹴散らせてもおかしくないけど、万が一はあり得る。援軍を出すべきだ」
「援軍か……今すぐ指示を出せる奴は……ブラッハムか……」
正直、ブラッハムへの信用度は、あまり高くない。
リーツの指導で、多少は賢くなったとは知っているが、かと言ってこんな重要な役割を任せていいのだろうか?
とはいえ、この人に任せればいい、という者も他にいないのは事実。
やはりブラッハムに任せるしかないようだ。
鑑定してみると、最初はめちゃくちゃ低かった知略もそれなりに上がっている。
私は、ブラッハムを信じてみることに決めて、シャーロットへ援軍に行くことを命じることにした。
「ブラッハム。シャーロットのところへ援軍に行ってくれ」
「え? 俺の役割はアルス様の近くで戦うことでは?」
「命令は変更だ。シャーロットが敵兵に狙われて少しまずい事になった。数百の兵を率いて、援軍に言ってくれ」
「シャーロットってあの凄い魔法使う人だろ? 放っててもいいんじゃね?」
「確かに自力で撃退できるかもしれないが、念のためだ。シャーロットがやられることは、この戦の勝敗を考えても、カナレ郡の今後を考えても、絶対に避けなければならない」
当然、個人的な感情としても、シャーロットを失いたくはないと思っていた。だが領主として、あくまで戦の勝敗や今後のカナレのことを考えて、という方が適切だと思った。
「分かった。行ってくる」
ブラッハムが返答した。
それを聞いた後、シャーロットが移動に使っている道を教えて、急いで追いかけるよう、ブラッハムに指示を出す。
数百の騎兵と一緒に、ブラッハムはシャーロットの援軍に向かった。
「これで安心だな……たぶん」
「ブ、ブラッハムさんは、最初よりちゃんとしているし、た、多分大丈夫だと思うよ」
ロセルは珍しくポジティブな意見を言った後思ったが、表情は不安げだった。
ブラッハムを援軍に選んだからには、不安に思ってはいけない。何とかすると信じて、先に進もう。
それから進軍し続け、そしてサイツ軍が肉眼で確認できる位置に到着した。
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