第189話 決戦前

 翌日、かなり早くシャドーの報告が来た。


 どうも信じたようだ。


 具体的にどうやったかは分からなかったが、とにかく成功したのでいいだろう。


 信じた理由としては、敵軍は、私がクメール砦から兵を率いて出たことを掴んでおり、理由もなくそんなことしないだろうと、慎重に探っていたらしい。


 そんな時、クランが勝ったという情報が耳に入り、合点がいったようだ。まあ、完全に勘違いなのだが。


 シャドーは敵軍がどういう状態かも教えてくれた。


 援軍が来る前にこのままクメール砦に一直線で向かって落としてしまえばいい、という意見もあれば、今すぐ撤退すべきという意見、まだ完全には信用せず、もっと情報を調べて、そこから動くべきだという意見、さまざまな意見が飛び交っているようだ。


 今のサイツ軍を前線で指揮を取っている将は、そこまで絶対的な存在ではなく、部下たちから色んな話を聞いて、悩んでいるようだ。


 上の困惑は、兵たちにも伝わってしまっており、浮き足立っている。今はチャンスであると、シャドーは報告した。


 今がまさに、サイツ軍を叩く、絶好のチャンスというわけである。


「それでは、出陣する。今回の戦には私も出向く」


 皆の前で、私はそう宣言した。

 最前線で戦うことはないだろうが、戦場には出向くことにした。


 総大将である私が戦場に出向くことで、兵士たちの士気を上げる効果があるだろう。


「しかし……」


 リーツは心配して私を見る。


「大丈夫だ。私もいくつか戦を経験して、成長した。あの時とは違う。罪人の処刑を見て、震えて動けなかったあの頃とは」


 病の父を戦場に行かせて、あの時は寿命を縮める結果になってしまった。


 いくら鑑定スキルで人の力を見極めることができようが、領主として勇気を示さなければ、家臣達は付いてこないだろう。


 負けたら命を失いかねないが、戦場に出るのは必須だ。


 まあ、と言っても最前線で剣を振るったりするわけではないが。

 父は、戦によっては、最前線で戦いまくってたらしいからな。

 今日みたいな重要な戦では、特に張り切って戦っていたらしい。


 現状剣の腕がない私に、そこまでのことはできないけどな。


「……あの俺はどこで指揮をすれば?」


 ロセルが不安そうに尋ねる。

 私は恐らく最前線より少し後方にいるだろうから、そこで私の近くにいて、どう指示を軍に送ればいいか、ロセルにはアドバイスをして欲しかった。


「私の近くにいて、アドバイスをしてくれ」

「う、うん分かった」


 ロセルは緊張した様子で頷いた。


 ミレーユとリーツは、最前線で指揮を取ることに。


 私のいる本隊は、少し後方で戦況を把握しつつ、味方に指示をしていく。当然、必要なら本隊を動かして、敵を叩きに行くこともある。

 ロセルの指示は非常に重要になるので、彼にとってはプレッシャーにはなっているようだが、やってくれると私は信じている。


 クラマント率いる、メイトロー傭兵団は、遊撃隊のような役目を担うことになった。


「俺も基本は指示には従うが、時には勝手に行動する時もあるから先に言っておくが、決して裏切ったり、短慮からの行動ではない。勝つための最善の行動をとっているだけだから、そこは分かっていてくれ」


 とクラマントは事前にそう告げた。

 戦の経験が豊富な彼だから、言えることだろう。

 戦場ではなるべく指示は守って欲しいが、そこまで言うのなら認めるしかないようだ。クラマントなしで戦に勝つのは、難しいと思うしな。


「ブラッハムはアルス様を守ってくれ」

「え? 俺は前線で戦いたい」

「重要な仕事だ。アルス様が討ち取られては、我が軍はまとまらない。お前のような強者にしか、任せられない仕事だ」

「強者にしか、任せられない仕事……な、なら俺がやるしかねーか! ワハハ!!」


 ブラッハムの扱いをだいぶリーツは覚えてきたようである。


 ブラッハムと、それから彼が指揮するザットなどの精鋭兵達が、本隊に加わった。


 これで、私が討ち取られる確率は、減っただろう。


「俺たちは何をすればいい?」


 ファムが尋ねてきた。シャドーはもう十分働いているので、休んでもいい、と言っても良かったが、彼らは有能な人材が多いので、まだまだやれることはある。


「敵将をどさくさに紛れて、暗殺してこようか? まあ、失敗する確率もあるけど」

「ふむ……それも悪くないが、今回は魔法を使ってくれないか? ファムは魔法得意だし、攻撃魔法も使えるだろ?」

「む……確かに攻撃魔法は使えるけどな。戦場でドンパチするために使ったことは、一度もねぇーぞ」

「シャーロットがいない火力不足を、ちょっとでも補う必要があるんだ。お願いできないか?」

「まあ、やれっつーんならやるけどよ。あんま期待し過ぎんなよ」


 若干抵抗を感じるようだが、受けてくれた。


 ムーシャは前線で戦うことになる。

 魔法が使えるもの達は、まず最前線に集めて、一気に敵軍にぶちかますという計画になっているので、ムーシャが後ろにいるわけには行かない。


 ミレーユによると、魔法を使った戦は、とにかく最初が重要だと言う話だ。


 魔法が上手く決まって、相手の士気を挫くことができれば、敵軍は立て直しが効かなくなり、撤退以外選択肢がなくなるようだ。それくらい、ときに魔法というのは、大きな効果を生む。魔力水を欠いているサイツ軍には、なおさら言えることであろう。


 細かな作戦は決める時間がなかったので、あとは戦場での成り行きで、臨機応変に決めていく、という感じになった。


 前線で指揮をする、リーツとミレーユの手腕も大事だが、後方での指示だしも重要だと思った。責任重大である。多分ロセルが正しい作戦を考えてくれるとは思うけど。


 その後、兵達に出撃準備をさせた。


「それでは出陣する!」


 兵達の前にたち、私は高らかに宣言した。



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