第187話 口付け

 私たちは、作戦を考えた後、すぐに行動に移した。


 まず、敵の攻撃を防いでくれたリーツに、大急ぎで書状を送る。シャドーの工作が成功したこと、これからの戦の戦術を報告した。また同じ書状で、敵軍の現状を詳しく報告するよう頼んだ。


 リーツは戦術に対し、特に反論はしなかった。彼から見ても、そう間違ったものではなかったのだろう。

ただ、もう一度リーツを交えて、話し合いをする必要はありそうだと感じた。


 敵軍は、予想通り混乱しているようだ。


 最初、リーツたちは敵軍から猛攻を受けており、何とかうまく凌いではいたが、兵たちの体力も切れてきて、さらに魔力水の数も尽きかけており、退却を考えていたという。


 しかし、ある日から敵軍が攻めて来なくなったようだ。恐らくその日、シャドーが工作を成功させたのだろう。


 輸送が不安定な状態で、戦を継続するのは難しいと判断し、恐らく敵軍は攻めるのをやめた。


 もしかすると、リーツたちとの戦いで魔力水が一旦切れかけて、輸送を待っている時に、シャドーの工作が成功したのかもしれない。

 仮にそうであるならば、今が一番敵軍を攻めるチャンスである。


 また、シャドーにも指示を送った。


 今のところは、敵軍に潜り込む必要はないので、しばらくは私たちの近くにいてもらうことにした。


 戦が始まるちょっと前くらいに、彼らを敵軍に潜り込ませて、サイツ軍にとって不利となる情報を流し、撤退を促す。


「さて、私もすぐに出陣しなくてはいけません」


 クメール砦には、それなりに大勢の兵が残っていた。この兵をほぼ全員率いて、サイツ軍を攻めるつもりだ。


 リスクのある行動ではあるが、リーツが率いている軍だけでは、数がそれほど多くなく、敵兵を倒すのは難しいだろう。


 クメール砦にいる兵を動員しなくては、勝利は難しいだろう。


 とにかく敵の混乱が収まる前に、作戦を成功させなければいけない。


「アルス様……」


 流石にリシアを一緒に連れてはいけない。彼女は残ることになった。

 出陣前に会いたいと思い、誰もいない部屋にリシアを呼び出した。


「クメール砦は、兵が少なくなり非常に危険です。ここよりまだ安全なトルベキスタやカナレ城辺りに、移動してもらいたいのですが」

「この作戦が失敗したら、安全な場所などありませんわ。わたくしはここに残って、アルス様の帰りをお待ちいたします」


 リシアの意思は固そうであった。


 思えば彼女と最初に会った時、鑑定結果に出た野心の高さを見て、非常に危ない子かもしれないと思ったものだ。


 でも、今は誰よりも頼もしく、そして愛おしく感じる。


 私は思わずリシアを抱き寄せて、そっと口づけを交わした。


 衝動的な行動だった。

 唇を離した瞬間、色んな理由で心臓の鼓動が速くなる。


「ん……」


 とリシアは顔を真っ赤に染めた。


 やってしまったか? と思っていたら、今度はリシアからキスをしてきた。


「アルス様ぁ……」


 二度目のキスは一度目より長かった。


 ずっとこのままでいたいという気持ちを抑えて、私はリシアから唇を離した。リシアの表情はとても名残惜しそうに見えて、私と同じ気持ちなのだと感じた。


「続きは、帰ってきて、結婚式をあげてからにいたしましょう」


 顔を赤く染めながらリシアはそう言った。


 頷いた私の顔も、恐らく彼女と同じくらい紅潮していただろう。


「それでは行ってまいります。必ず戻って参ります」

「はい」


 私は部屋を出た。


 すると、廊下を挙動不審な様子であるく者が二人。


 後ろ姿だがよく分かる。ミレーユとロセルだ。


 嫌な予感を感じた私は、二人を追いかける。


「おい」

「な、何ぃ?」


 返事をしたのはロセルだった。


「まさか見てたのか?」

「みみみみ、見てないよ! アルスとリシア様がチューするところなんて、全くこれっぽっちも見てない!」


 問い詰める前に白状した。どうやら覗いていたようだ。


「戦が終わって帰ってきたら、遂に坊やも大人になるのか。残念だねぇ。坊やの童貞は私が奪う予定だったのに」

「そんな予定があってたまるか!!」


 相変わらずめちゃくちゃな事を言う奴である。


「ロセルの童貞だけで我慢しとくか」

「な、何を言ってるんですか師匠!?」


 そんなやりとりをした後、私たちはクメール砦を出陣した。





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