第186話 新たな作戦

 サイツ軍の新しい輸送拠点は、急ピッチで建造された。


 それなりに腕のある魔法兵を動員して、地下に拠点を作成したようだ。人数は多いので、そこには困らなかったようである。


 あまり拠点の作成に時間がかかりすぎると問題である。今、リーツが時間を稼いでいるが、無限に稼げるわけではない。

 なるべく、早めに工作を終えなくてはいけない。


 ラクトルが仕事の早い男で、今回は助かった形になった。



 新しい輸送拠点は、森の中など目立たない場所に作られており、普通なら発見するのは難しいだろう。

 しかし、作戦の発案者ということで、作る場所などを決める際の軍議に、ランバースが参加していたため、場所は筒抜けになっている。


 輸送拠点自体は、思い切って一箇所にはしておらず、六箇所建造された。


 兵糧を貯める拠点が三箇所。

 魔力水を貯める拠点が三箇所である。


 ただ、三箇所でも全ての拠点から物資を盗むのは、不可能ではなかった。


 同時に作戦を決行すればいい。

 その分、少しだけ必要な人員が増えてしまうが。


 拠点が完成した後、従来の輸送拠点から物資が次々に運び込まれた。


 運び込まれた後は手筈通り、行動を開始した。


 輸送拠点となった拠点の近くに、土魔法で穴を掘り、こっそりと敵の資源を持ち運んだ。


 この輸送拠点を普段から使っている軍ならば、簡単に外部から土魔法で穴を開けられないよう、魔法で細工をしているが、急いで作った拠点だったので、そんなシステムはなかった。


 結果あっさりと盗むことに成功。


 敵資源を持ち運び、クメール砦に運び込むことに無事成功した。





 クメール砦にいた私は、シャドーの工作で得た戦利品を見て、口元を緩めていた。


 相当な量の魔力水だった


 魔力水を大幅にロストさせるだけでなく、盗むという作戦を聞いた時は、それができれば確かに良いが、そんなに都合良く行くだろうか? と疑問に思っていた。


 しかし、シャドーは私の思う以上に、物凄く有能な集団だった。


 ここまでの戦果を上げてくれるとは。


 今度、大幅に報酬を上げないといけないな。報酬も満足に払えないとなると、私の家臣をやめて、他所に行ってしまうかもしれない。

 それだけは、絶対に回避しなくてはならない。


 この戦果には、ロセルもミレーユも驚いていた。


 二人とも、もしかしたら上手く行くかも、とは思っていたようだが、ここまで完璧に成功するとは思っていなかったらしい。


 私は、戦果を見て、ロセル、ミレーユと再び戦について話し合うことにした。


「今回、敵の魔力水を大量に奪取することに成功した。これで、戦の勝率が大幅に上がったと思うのだが……」

「これは大きな戦果だけど、でも安心はまだまだ出来ないよ。元々劣勢だったって事は、忘れちゃいけない」


 ロセルが私に対して注意を促した。

 大きな戦果で少し舞い上がっていたようだ。まだ確実に勝てるとは決まったわけではない。反省しなくては。


「勝利のための策は思いついたか?」


 私はロセルとミレーユに尋ねた。


 一応、私も自分の持つ戦の知識をフル活用して、色々策は考えたが、これならいける、という策は思いつけなかった。


 やはり、ミレーユとロセルの力を借りなければならないだろう。


「策を思いついたというより、シャドーの工作が成功したことで、今やるべき事は明白に見えたね」


 ミレーユがそう答えた。


「何をやればいいんだ」

「兵をかき集めて、敵軍に野戦を仕掛ける。」

「な、何?」


 予想外の答えに、私は少し動揺した。まだまだ兵力に劣る現状だが、野戦など仕掛けて良いのだろうか。


「相手は、今回魔力水を大幅に盗まれて、大きく混乱している。輸送隊はしばらく機能不全に陥って、しばらく前線に魔力水が満足に届かなくなる。その状態を狙う。時間が経てば、新たな輸送システムを組み上げて、建て直してくるのは目に見えているから、一刻も早く実行しないといけない」

「僕も師匠と同じ考えだよ。サイツ軍を叩くなら今しかない」


 普段ネガティブで、大胆な作戦を提案する事は少ないロセルもそう言った。今が最大のチャンスなのは間違い無いのだろう。


「今回の戦では魔力水がこちらの方が多いと考えると、敵を移動しづらい場所に誘い込むと、大損害を与えることができると思う。すぐ逃げられても問題があるし、どうにかして誘い込まないと」


 歩兵の機動力が削がれると、弓や魔法などの、遠距離攻撃がより効果的になる。


 今回の戦では、敵兵を多く削ることが重要だ。戦に勝利しても、与えた損害が少なければ、逃げられた後、態勢を整えてから、再び攻められてしまうだろう。時間はだいぶ稼げるので、もしかしたらその間に、クランがバサマークを下して、援軍に来てくれるかもしれないが、やはり不確定なことに期待をして、作戦を立てるのはやめるべきだろう。確実に追い払うには、ここで大損害を与えるしかない。


 しかし、敵軍を誘い込むということは、可能なのだろうか? 普通に考えると、敵軍は、混乱が収まるまで、動かないと思うのだが。


「機動力が削がれる場所ってどこだ?」

「森とか……湿地とか? この辺だと……」


 ロセルが周辺の地図を確認する。

 しかし、数秒見ても、答えは出ない。


「ここは……遠すぎるし……ここは機動力を削ぐには不十分……あんまり良い場所がない?」


 どうも、理想的な場所が周辺にはないようだった。誘い込む方法どうこう以前に、場所がないと無理である。


「……川があるね……今回サイツ軍から強奪した、魔力水の種類をまとめた資料とかないかな?」


 ミレーユがそう尋ねた。


 魔力水の内訳は、一応まとめて資料にはしてある。私のところに持ち込まれていたはずだ。


 棚の中に保管していた。私はとってきてミレーユに渡す。


 資料を見て、ミレーユはニヤリと笑う。


「水の魔力水、結構あるじゃないか」

「どうするつもりだ?」

「これで川の水嵩を増やせば、敵軍は簡単に後退できなくなる。誘い込むんじゃなくて、川まで追い込めばいい」


 川の水の量は、普通に歩いて渡れるくらいだったが、水嵩が増し、歩いて渡るのが不可能になれば、敵軍も渡河し辛くなるだろう。


「川に追い込むか……でも何かそれって、背水の陣になりそうな感じが……」

「背水の陣?」


 この世界にはこの言葉はなかったんだな。


「背に川があるような追い込まれた状況で戦うと、兵が死に物狂いで戦うから、かなり強くなるっていう兵法だ」

「ああ、なるほどね。ハーマントの逆襲みたいな奴か。基本的にそういう逆襲劇っていうのは、士気が上がるというのも要因の一つだけど、追い込んでいる側が、油断しているということが原因にもなっている。さらに、魔法がある今の時代だと、士気がいくら高かろうが、魔力水がなければ太刀打ちは出来なくなる。死ぬ気で戦えば確かに接近戦では強くなるが、魔法からの攻撃には無力だからね」


 ミレーユが大丈夫だと理由を語った。ハーマントの逆襲とは、私もこの世界の兵法などは一応勉強したので、何となく聞いたことはある。

 背水の陣と似たような状況から、逆襲して、その戦が起こった場所がハーマントという場所だったはずだ。


 具体的にハーマントがどこかまでは忘れてしまった。確か、パラダイル州のどこかだった気がする。


「でもサイツ軍は川の向こうまで撤退しようとするかな? 輸送が混乱して物資が足りないとなっても、数はまだサイツ軍の方が有利だ。輸送がきちんとされるようになれば、状況は元に戻るだろうし、何とか後退せずに耐えようとするんじゃないだろうか? サイツ軍も侵略するのが遅れてしまっては、バサマークが敗れ、クランが援軍に来ることは、分かっているだろうし」

「まあ、そうだね。一度戦って有利な戦況を作って、その後、シャドーにひと働きしてもらって、敵軍に不利な情報をもたらすとか、工夫は必要かもね」


 不利な情報というと何だろうか。再びカナレ軍がサイツ軍の物資を奪取することに成功して、しばらく前衛に魔力水は届かなくなるとか。

 もしくは、クランがバサマークに勝利して、大量の援軍がカナレに向かっているとかだろうか。


 どういう情報にせよ信じ込ませることが重要だが、シャドーならやってくれそうではある。


 またシャドーの活躍が必要な状態になったな。こんなに働かせてしまって、若干申し訳なく思う。


「基本的な作戦はミレーユの考えたものでいこう。敵兵を大勢討ち取って、必ずカナレを守り切る」


 私は力強くそう宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る