第185話 献策

「クソ……わしの気も知らないで、言いたい放題言いおって……」


 プレルード砦の一室。

 ラクトル・ブランドルはイラついた表情でそう呟いた。

 30代後半くらいの男で、太り気味。背は低い。見た目はあまり強そうには見えず、実際強くはない。


 だが、彼はサイツ軍の兵糧や魔力水などの輸送に関して、総大将から一任されていた。


 ラクトルは前線で戦って武将を討ち取ったりするなど、華々しい活躍はしていないが、裏方でサイツ軍に大きな貢献をしてきた男である。


 輸送は戦では非常に重要。それに対しての指示を任されているということは、高い信頼を得ていた。


 実際今までの戦では、きちんと前線に必要な物資を必要な量、素早く輸送して、戦の勝利に大きく貢献した。


 あまり彼の功績は外部には伝わっていないが、サイツ軍の内部では彼の名は非常に高まっていた。


 そんな彼だが、今回の戦に関しては、批判の対象になっていた。


 ラクトルは、輸送を慎重に進めていた。兵糧や魔力水を集めておく拠点を複数に分けることで、仮にどこかが奇襲を受けても、致命的な損害を出さないようにしている。


 だが、それだけに輸送の効率は落ちてしまう。


 戦場では、輸送が十分な速度で行われていないので、一気呵成に攻撃することが出来ず、相手を攻めきれていない。この戦で、カナレ軍に反撃を喰らっているのも、ラクトルのせいであるとの声が、次々に上がっていた。


「……わしだってやるだけのことはやっとるというのに」


 恨み事を口にはしているが、批判自体が決して的外れな物ではないと、ラクトルは分かっていた。


 元々ラクトルは劣勢な状況での輸送を担当してきたので、戦力で圧倒的に優位に立っている状況の戦には慣れていなかった。


(むう……何か良い方法が無いものか。部下どもには、方法を思いついたら、献策せよとは申してはいるが、あまり有能な奴は、わしの下にはおらん。望み薄じゃな)


 輸送という地味な役割に、あまり有能な人物が来ることはない。

 自分で新たに効率的でリスクの少ない輸送作戦を考えるしかないと、ラクトルは思った。


 そんな時、


「ラクトル様。カイサスが会いたいそうですが、お会いになりますか?」


 側近の一人が報告をしてきた。


(カイサス? 確か……ロッパード家の三男の……)


 ラクトルは記憶力に長けており、部下のことはかなり下の者まで把握していた。


 ただ、カイサスについては、ロッパード家の三男という情報以外は知らなかった。


 顔の記憶も朧げである。あまり会ったことはないようだ。


「今は頭を働かせねばならぬ。相手をしている暇はない」

「しかし、カイサスは輸送に関する献策をすると申しておりますが……」

「献策だと……?」


 カイサスがどのくらい出来る男なのか、ラクトルの記憶にはなかった。


 ただ、いい案を思いつくくらい、有能な男の場合、覚えがありそうだった。


(まあ、若い奴の場合は、無能だと思っていたのが、実は才能があった、みたいなこともあるからのう。誰にどのくらいの才能があるかなど、誰にも分からん。とりあえず聞いてみるか)


 ラクトルはそこまで期待はしていなかったが、カイサスの話を聞くと決めた。


 カイサスは部屋の中に入ってくる。


「お忙しい中、お話を聞いてくださるとの事、誠にありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいい。さっさと策を言うのだ」

「かしこまりました」


 ラクトルが急かすと、カイサスはすぐに作戦を語った。


 補給の効率化として、補給拠点を地下に作り、見つかりにくくするという案だった。


「地下……?」

「ええ。通常の拠点ですと、規模を大きくしすぎると見つかりやすくなり、敵の奇襲を喰らいやすくなってしまいます。しかし、地下に拠点を作成すれば、規模を大きくしようとも、見つかる可能性はゼロになるでしょう」

待て、地下に拠点などそう簡単に作れるものか」

「土属性の魔法を使えば可能です」

「土属性の魔法……」


 ラクトルは考え込む。 

 土属性の魔法は建造物などを作ったりするのに利用されている。それを利用すれば、確かに短期間で地下空間を作ることも可能かもしれないと思った。


「カイサスよ。この作戦はどうやって思いついた?」

「私は本を読むのが好きで、以前読んだ戦記で、ローファイル州やキャンシープ 州では、そのような方法が使われていたのを、思い出したのです」

「ふむ……」


 ラクトルは当然ある程度知識を身につけてはいるが、北の遠い州の戦い方までは、頭に入れていなかった。

 関係ない事だったと思っていたからだ。


「お主の作戦は悪くなさそうだ。採用する。報奨金を取らせよう」

「ありがたき幸せにございます」


 カイサスは頭を下げる。

 その口元はニヤリと笑っていた。


「報奨金なんていらないけどな……」


 自分にだけに聞こえるくらいの小声で、そう言った。


「それでは作戦の細部を詳しく決めていこう。お主も協力せよ」





「上手くいったか?」


 作戦を終え、戻ってきた三人に、ファムはそう尋ねた。


「ええ、ラクトルは輸送作戦を変更する気みたいです」

「そうか。意外だな。そこまですんなり通るとは思っていなかった。まあ、良い事だ」


 ファムは無表情でそう言った。表情には全く出していないが、内心は安堵感と喜びが湧いていた。ただ、まだ完全に作戦が成功したわけではない。ファムは沸き上がってくる感情を堰き止める。


 ラクトルが困っているという情報は、元々知っていたが、そこまですんなり献策を受け入れるとは、ファムも予想していなかった。


 仮に取り入れるにしても、もう少し色々考えた末に、取り入れると思っていたからだ。


 ランバースが扮したカイサスは下っ端だ。

 重要な役目についている人物を殺害して、変装するのは非常にリスクがある。

 敵の密偵も、工作の被害を防ぐべく動いているからだ。

 カイサスレベルの男であれば、敵の密偵も注視していないので、変装するリスクは低い。


 当然、下っ端に変装しても、輸送計画を変更する、という目標を達成するのは難しいので、時間はかかるとはファムは思っていたが、予想は良い方に外れた。


 今回提案した拠点を地下に作るという事自体は、実際に用いられる事があるのは事実だ。実際有効な作戦なのは間違いない。


 ラクトルは、柔軟な判断ができる人物なので、こんなに早く通ったのかもしれない。


(だが、今回はその柔軟さが仇となったな)


 地下に作るという作戦は、確かに有効だ。一箇所に集めることで、輸送自体は効率的になる。輸送拠点を作るのに最適な場所以外にも、拠点を作る必要になったり、複数箇所に作ることで、情報の伝達がやり辛くなったりと、非常に面倒なことが多くなる。拠点が一箇所だけなら、その問題からは解決される。


 地下に作ることで、敵に位置を気取られるリスクも下がる。さらに、魔力水は地上に貯めるより地下に貯めた方が、劣化するリスクを下げられる。魔力水は、保存法が悪いと劣化するので、きちんと考えて保存をしないといけない。

 地下なので敵にこっそり忍び込まれるリスクも下がる。


 魔力水は、ちょっとしたことでダメになることがあるので、敵軍の間者を一人忍び込ませるだけで、致命的なことになる場合がある。


 大きな建物にすれば、忍び込まれるリスクが当然上がり、中々大量の魔力水を貯める拠点を作成することはできない。


 地下に作れば、仮に場所がバレていても、入口を厳重に見張るだけで、忍び込まれるリスクは減る。


 メリットは多くある。


 土の魔力水がたくさんある州では、地下に道を張り巡らせて、輸送するという作戦をしているところもある。サイツにある土の魔力水で、そこまでのことは不可能ではあるが。


 だが、今回はランバースが変装した、カイサスの意見をラクトルは採用した。

 この事により、そもそもどこに拠点を作るかが、カナレ軍に筒抜けになるのだ。


 サイツ軍が補給拠点を作る場所を事前に知る事になるので、カナレ軍は拠点の近くに、土魔法で地下空間を作成する。


 そして、サイツ軍が作ったのを確認した後、土魔法で地下を掘り進め、サイツ軍の補給拠点と繋げると、魔力水を盗み出せるだろう。


「サイツ軍が拠点を作る場所も、ランバースはすでに報告してきた。すぐ動くぞ」


 ファムの言葉に従い、シャドーの面々は各自行動を開始した。

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