第182話 作戦成功

(今だ!)


 リーツは敵兵の音魔法を聞き、兵を引かせるタイミングだと思った。


 一旦兵を引かせて、敵が追撃をしてきたところで、魔法攻撃を浴びせる。


 乱戦状態では、自軍の兵も敵兵も区別が付かなくなる。魔法を撃つと、味方も撃つことになるので、それは出来ない。


 乱戦状態で、兵を引かせるのは簡単な事ではない。

 普通にやれば追撃を受けて、大損害が出る。

 だが、敵が軽い混乱状態になっているので、これは成功しそうだとリーツは判断した。


 混乱状態なので、そのまま乱戦を継続することも考慮したが、そこまで大混乱にはなっていなさそうなので、比較的早く立て直してくるだろう。


 リーツは自分の判断を信じ、一時後退の指示を出した。


「陣形D!」


 正直に後退というと、すぐに敵に動きを悟られるので、敵にわからないよう合図を出す。本来は音魔法を使っての指示になるが、リーツが直接指揮をする場合は、音魔法ではなく、自らの口で指示を出す。


 一回一回、後退を意味する指示を変えているので、ややこしいのだが、練度の高いカナレ兵たちは、よく指示を覚えていた。


 リーツの言葉が指示を出すのと同時に、行動を開始する。


 混乱している敵兵たちを討ち取りたいという欲求を封じて、後退を開始する。


 敵兵たちは、カナレ歩兵たちの動きを見て、すぐに追撃は出来なかった。


 そもそも、後退しているのに気付くのに、時間がかかったようだ。


 サイツ軍の指揮官が、後退を知ったのは、数分経過してからだった。


 慌てて追撃の指示を出す。


 そして、歩兵たちが引き、敵が迫ってくるところを見て、魔法兵隊が集中攻撃を浴びせた。


 騎兵たちは奇襲を成功させたとはいえ、敵の魔法兵を全て倒し切ったわけではなかった。


 ただ、それでもかなり数の魔法兵を討ち取れたので、敵の魔法防御網に隙を作ることができた。


 カナレの魔法兵たちの、魔法攻撃が次々にサイツの兵を討ち取っていく。


 敵兵はそれでも向かってくるが、魔法の援護があると分かったカナレ歩兵たちは、陣形を瞬時に変化させる。


 先ほどまでは、乱戦をするため、攻撃力を重視していたが、今度は防ぐため、盾と槍を構えた兵士を前に持ってきて、とにかく防御重視の陣形にした。


 陣形の変化というのは、普通はそんなに早くできるものではない。


 しかし、カナレ軍は普段から、相当訓練を積んでおり、さらに兵たちを統率するのが、リーツという名将だったので、瞬間的な陣形変化を成功させていた。


 これにより、敵歩兵は中々突破できなくなる。


 前が詰まってしまい、後ろにいる兵たちが、どんどん魔法兵の魔法攻撃でやられていく。


 魔法に対する防御は、ほぼ魔法兵の防御魔法に頼り切りの状態だったので、小型、中型の触媒機の攻撃でも、守りきれない。


 味方がやられていくと、敵兵たちの士気は、どんどん落ちていく。


 優勢になっていっているのは、明らかだった。


 それでも敵兵の数が多いので、最前線で盾を構えている兵士たちが、やられていき、突破されそうになってくる。


 ちょうどその時。


 シャーロットとムーシャの魔法の準備が完了したようで、強力な魔法攻撃が敵兵に炸裂した。


 ムーシャの二回目の魔法は、一回目より威力は僅かに落ちたが、それでも強力だった。


 それがとどめになったのか、敵兵は逃げ出すものが出てきた。


 完全に戦意を砕いたようだ。


 一度仕切り直しをしないと、まずいと思ったサイツ軍は、撤退を選択。


 今日はリーツの思惑通り、敵兵を撤退させることに成功した。



 勝利にホッとはしたが、まだまだリーツの表情は明るくはならない。


 今回の戦で、乱戦が起こり、歩兵がだいぶ討ち取られた。


 騎兵は若干の被害、魔法兵の被害はゼロだった。


 敵兵は相当討ち取ることが出来た。


 戦果としては上々だ。

 とはいえ、まだまだ敵兵の数は多い。何度も兵士たちを立て直して、攻めてきている敵兵だ。次は具体的に対策を練って、攻めてくるだろうから、二度同じ方法は使えない。


 それ以外にも、大きな問題がある。


 残りの魔力水の問題だ。


(今回のペースで戦えば、魔力水は持って二回くらい。敵兵はまだまだあるだろう)


 クメール砦などに、まだ魔力水はあるにはあるが、流石に砦を魔力水ゼロで守るわけにはいかない。


 カナレ軍は、あくまで魔法兵の力で敵兵を追い払っている。魔力水がなければ、敗戦は濃厚なのは間違い無いだろう。


(なんとしても早く、シャドーには、敵の魔力水を減らしてもらわないと……)


 時間稼ぎは永遠には続けられない。

 いずれ撤退は避けられない。

 その時までに、シャドーの工作が成功しなければ、負ける可能性が高い。


 リーツはシャドーの活躍を祈りながら、次の戦への準備を進めていた。

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