第178話 配置変更
「交渉失敗……シャドーに工作……時間稼ぎ……」
アルスから送られてきた書状を見て、リーツはある程度状況を把握した。
「時間を稼げと言われても……簡単なことじゃないからなぁ……」
敵は大軍だ。それも士気が高く我先にと進軍してくる、強力な軍隊である。
陣の構築はうまくいっている。
前回陣を突破された際、大型触媒機を結構失うことになったが、全ての大型触媒機を突破された陣に配置していたわけではないので、今回も大型触媒機を並べることはできている。
しかし、それでもそう長くは時間が稼げるか怪しかった。
(シャドーの工作がどうなるか次第だ。工作が成功し、魔力水と兵糧が失われたら、敵軍も同じ勢いで進軍はできないはずだ。シャドーなら何とかしてくれると、信じるしかないか。時間稼ぎは難しくとも、何とかやり切るしかない)
リーツは必ず成し遂げると心に誓う。
マルカ人の自分を、才能を認め軍を率いる立場まで引き立ててくれたアルスに、失望されるということは絶対にあってはならないことだった。
敵軍はもうすでにだいぶ近い位置まで迫ってきている。
今回は、様子見などはせず、最初から思いっきり来るだろうと、リーツは予想していた。
(細かい戦術を練っている暇はないか……なら……)
戦術が使えないなら、個の力を利用するしかない。
当然シャーロットの魔法の力は、ないと始まらない。
しかし、それだけでは不十分だと、リーツは感じていた。
結局、魔法だけだと、魔力水を入れる時間が必要となってくるので、攻撃できない時間帯が必ず出てくる。
そのうちに大軍に接近を許したら、前回のように撤退するしかない。
時間を稼がねばならない今、そんなに早く撤退するのは許されない。
敵が迫ってきて、魔法兵たちが触媒機の準備をしている間に、敵兵の進軍を止める必要がある。
歩兵や騎兵の出番だ。
ただし、敵兵は数が多い。普通に止めに行っても、あっさりとやられてしまうだろう。
(僕が出るしかないか)
リーツが兵たちの先頭に立ち、戦い続ければ、その強さで敵兵を怯ませて、さらに自らが先陣で戦うことで、味方の兵たちの士気を著しく高めることができる。
リーツは、アルスからあまり無理はするなと、指示を受けている。
アルスに取って、リーツは非常に有能で一番信頼できる存在なので、死んでしまったりするところは、考えたくもないようなことであった。
細かい戦術を練る暇がない今、その指示を無視してでも、自分が行かないと勝ち目は薄かった。
(何も問題ない。生きて仕事を果たせばいいだけだ)
何もリーツは死ぬつもりはなかった。
自分なら生きて完璧に作戦を成功させることができると、確信を得ていた。
リーツは、自分の能力を信じていた。
アルスが見出した自分の能力を。
「アルス様に能力を認められた僕が、こんなところで死ぬわけがない」
あくまで自分ではなく、アルスの鑑定スキルをリーツは信じていた。
「戦闘準備だ! なるべく時間を稼ぐ!」
それからリーツは、全軍に細かく指示を出し始めた。
リーツと一緒に、ブラッハムやザット、メイトロー傭兵団も出撃することになった。
「よっしゃー! 今回の戦は手柄を立てられそうだぜ!」
ブラッハムは喜んでいたが、彼より頭の切れるザットはそういう気分にはなっていなかった。
「あの……足止めって敵は相当数が多いですよね……止め切れますか? 我が軍の数で」
リーツのやろうとしていることは、決して簡単なことではない。
士気の高い数万の敵兵が迫ってくるのを、五千くらいの兵数で足止めしないといけない。
カナレ軍も、クラン本軍からの援軍を含めれば、三万はいるのだが、全軍を全てこの足止めには使えない。
敵軍も全軍では攻めてこないだろうが、それでも倍以上兵がいる。
魔法兵は数ではなく兵の質も重要だが、歩兵は質より数が重要になる。
それで、大幅に負けているとなると、時間稼ぎをするのも難しいと思えた。
「大丈夫だ。我々なら出来る」
リーツは根拠は説明しなかったが、勇気づけるようにそう宣言した。
「一ついいか」
と発言をしたのは、メイトロー傭兵団の団長、クラマントだ。
軍議でも、あまり意見を挟まないタイプなだけに発言するのは意外だった。
「何でしょう?」
「時間稼ぎをするというのなら、配置に意見を言いたい。今の状態では、突破される危険性が高まる」
クラマントは、クールな表情を一切変えずにそう言った。
戦場の経験は豊富なクラマントの意見は、非常に参考にはなるだろうと思ったリーツは、意見を詳しく聞くことにした。
「詳しく聞かせてくれ。なぜ今の状態では駄目なんだ?」
「今は、大型触媒機をずらっと並べて、それで一斉攻撃をするような形をとっているだろ? 確かにこの状態だと、火力が増すし、破壊力が上がる。普通は戦場が火の海となると、兵士は怯んで、士気が落ちて、まともに戦えなくなりそうなもんだが、敵将は優秀なのか普通に攻めてきやがる。そうなると、確かに一度の破壊力で敵兵を殲滅できるのはいいが、数で結局押し切られる。魔法兵は、小型と中型の触媒機を持たせて、前衛で戦う歩兵たちの援護射撃をさせるべきだ」
「待て、それは今回の作戦の趣旨をわかっていないと言わざるを得ない。確かに一度大型の触媒機の魔法攻撃を喰らわせたくらいでは、敵兵は揺るがなかったが、二度食らわせたら、流石に一度仕切り直してくるだろうから、それで時間を稼ごうという作戦だ。大型触媒機での攻撃は必須だ」
「別に大型触媒機での魔法攻撃を無くそうってわけじゃない。減らすんだ。あのシャーロットって女が撃つ魔法だけで、十分敵軍にダメージを与えられている」
クラマントにそう言われ、リーツは黙って思考を凝らし始める。
シャーロットだけに、大型触媒機を使わせる場合、間違い無く火力は落ちるだろう。
しかし、前回の戦いで一番敵軍にダメージを与えていたのは、シャーロットの魔法だったのは間違いない。
案外何とかなるかもしれないと、リーツは思うも、やはりそれでは威力が足りなくなるのではと、不安も同時に湧き上がる。
「不安ならもう一人、ムーシャってやつにも魔法を使わせればいい。あの女が二番目に威力のある魔法を使えるだろう」
「いや……ムーシャは確かに強力な魔法を扱うが、安定感がないし……」
賭けになるのは間違いない。
「わたしはムーシャはいけると思うよ」
基本的に軍議は黙って聞いているだけ(寝てる時もある)のシャーロットが、口を挟んできた。
「なんか目つき変わったし、小型の触媒機で練習はいつもやってるけど、どんどん良くなってる。戦のおかげかもしんない。大型の魔法は使ってみないと分かんないけど、でも大丈夫だと思うよ」
「思うよって……」
根拠のない言葉ではあった。
信じるには、非常に勇気がいるが、リーツは信じることに決めた。
ムーシャもまた、アルスが見出した逸材である。
潜在能力を秘めていることは間違いなく、戦でそれを発揮できるようになっても、不思議ではない。
根拠はないが最大限、リーツは前向きな思考をすることにした。
クラマントの提案を受け入れて、大型触媒機を使う魔法兵は、シャーロットと、ムーシャの二人のみ。
残りの魔法兵は、敵歩兵を足止めする歩兵たちの援護をしてもらうことにした。
魔法兵の援護を全面的に受けられるとなると、歩兵も相当戦いやすくなり、敵から見たらかなり突破しにくい、厄介な存在となるだろう。
リーツの指示通りに、兵士たちは装備を整え、それぞれ指定された位置に行き、戦の準備を整えていく。
戦闘の準備が完全に整って、後は敵が来るのを待つという状況になった。
そして、敵軍がリーツ率いるカナレ軍に、迫ってきた。
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