第179話 ムーシャの覚悟

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 大型触媒機に手をかけて、新人魔法兵のムーシャはプレッシャーと緊張で、呼吸を乱していた。


 前回は色んな人が魔法を撃つので、自分が失敗してもまだ大丈夫かと、ムーシャは思っていたが、今回はシャーロットと二人だけである。


 失敗すると大きな迷惑をかけてしまう。


 緊張の理由はそれだけではない。


 自分の魔法で人を殺すという事に、まだまだ慣れていなかった。


 殺らないと、殺られる。


 そのことは、きちんと理解はしているが、それでも魔法の発動前は、心の迷いが生まれる。


「ちゃんと……ちゃんとやらないと……」


 ムーシャの手はブルブルと震えていた。


 心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。


 冷や汗が頬を伝い、顎に到達し、地面にぽたりと落ちた。


「ムーシャ、落ち着いて」


 突如、隣から声をかけられて、ムーシャはドキッとする。


 先ほどまで下を向いていたが、顔を上げて、自分に声をかけた者を見る。


 近くにいるシャーロットが、いつもとは違う優しそうな表情で、ムーシャを見ていた。


「きっとやれるよ」


 優しい口調で一言そう言った。


 その言葉が、ムーシャには心強く感じた。


 ムーシャは拳を握りしめる。


(私は、ずっと自分を変えたかった)


 彼女が、アルスの出した家臣募集に行くことにしたのは、自分とそれから自分を取り巻く環境に関して、不満があったからだ。


 サマフォース帝国では、男の方が権力を持っている。


 これは、すべての州で同じで、ムーシャが生まれたミーシアン州も例外ではない。


 女は、男に嫁いで子供を産み、家庭を支えるものであると、決まり事のように思われていた。


 ムーシャもそれが当然だと教わり、家事などの練習をしてきた。

 特に、高度な勉学はせずに、世間と同じように生きるのだと、漠然とそう思っていた。


 それでも、ふと、心のどこかに、このままでいいの? という思いがあった。


 本当に、私がやりたいことは結婚なのか?

 本当に、子供を産んで育てていくだけの人生でいいのか?


 普通の女では思い浮かばないような疑念が、次々に浮かんできた。


 一度考え始めたら、止めることは出来ない。


 だが、誰にも相談できることではなかった。そんなこと言ったら、頭がおかしくなったと、思われる可能性があった。


 そんな時に、アルスの出した人材募集の看板を見たのだった。


 女でもいいと書かれていた。


 もしかして、これなら私の人生が変わるかもしれない。


 ムーシャは、そう思い、カナレ城へ行くことを決めた。


 魔法の才能があるから魔法兵にすると告げられた時は、正直本当かどうか疑っていた。


 シャーロットの話を聞いたことがなかったムーシャは、女が兵になるなど、あり得ないと思っていたからだ。


 家臣になるとしても、メイドみたいに、最初は雑用をさせられるだろうと、何となく思っていた。


 魔法兵になることに不安はあったが、初めて魔法を発動させた時、ムーシャは感動した。


 世間が信じている常識は、間違いだとその時思った。


 自分が常々抱いていた疑念は、間違いではなかったと確信を得た。


 立派な魔法兵になろう。


 ムーシャはその時、心に誓った。


(覚悟をきめるのよ。失敗してもいいけど、ビビって何も出来ないのが一番だめ)


 心の中で自らを奮い立たせる。


 徐々に、震えが小さくなり、動揺も収まってきた。


(シャーロットさんが、やれるって言ってくれてるんだ。絶対にやれるはず)


 まだまだ魔法を、完璧に発動させた経験はムーシャは少ない。

 なので自分を完全に信じる切ることは出来ないが、シャーロットの言葉ならムーシャも信じることができた。


「さ、来るよ。集中集中」


 戦場を見る。

 敵の大軍が迫ってきていた。


 あの敵軍に魔法を打ち込むのが、二人の役目である。


 シャーロットの言葉通り、目を瞑り、ムーシャは深呼吸をした後、集中力を極限まで高める。


 もう震えは止まっていた。心臓の鼓動も、平常時に近いスピードに収まっている。


 やれる気がする。


 ムーシャがそう思った時、音魔法で放ての合図が飛んだ。


 リーツが魔法の発動の指示を出した。


 ムーシャはそれと同時に、目を見開いて、魔法を発動させた。

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