第177話 軍議
「勝算はどのくらいあるのだ?」
和平交渉は失敗に終わり、戦いに勝つしか道は無くなった。
改めて私は勝機があるのかを、ミレーユとロセルに尋ねた。
「クラン様が後から本隊を率いて、援軍に来てくれる可能性を考慮すれば、今回の戦は時間を稼ぎさえすれば勝利できる戦。となると、確実に負けるとも言い切れないけど……」
ロセルはそう言ったが、不安そうな表情である。何か懸念を感じているようだった。
ロセルが何に懸念を抱いているのか、説明するようにミレーユが発言する。
「待つという作戦は、確実ではないのは確かだね。クランの本隊がいつ援軍に来れるようになるか、未知数だし。長時間足止めを喰らう可能性も低くない。カナレに少ないながら援軍を送っているから、戦力ダウンしていることは間違いないし。ベルツドが落とされることは、流石にないとは思うけどね」
「確かに……いつ援軍が来るかわからない状態では、兵たちの士気にも影響が出そうだ……」
「でも、絶対にクラン様が来ないってわけじゃないし、時間を稼ぐのも有効な戦術なのは間違いないと思うよ。長引けば長引くほど、兵の犠牲は多くなって、カナレ郡内にも相当な被害が出ちゃう恐れがあるけど」
なるべく犠牲は少なくしたいな。
戦が長引けば、クメール砦からも撤退して、敵軍がカナレ郡内に入り込んでしまう恐れがある。
そうなると、一気にカナレはめちゃめちゃにされるだろう。
それは何としても避けたいな。
「やはり、なるべく郡内の被害は避けたい。今いる戦力で、相手を撃退する可能性はあるのか?」
やはり最善は既存の戦力での撃退だろう。
一番分かりやすく話が解決するシナリオだ。
兵の被害を少なく、敵兵を撃退すれば、その後、アルカンテスに強襲を仕掛けて手柄を立てる、などという事も出来るかもしれない。
しかし、数で大幅に劣るというのは、事実は事実だ。
敵兵も本気でカナレを落としにきているわけだし、生半可な戦術ではこの差は覆らない。
「普通に戦ったら無理だねぇ」
「それは分かってる」
当たり前のことをミレーユは呑気に言ってきた。
ミレーユの代わりにロセルが勝利の方法を説明する。
「劣勢を覆すにはいくつか方法はあるけど、実践できるのはそう多くはないよ。例えば、敵将を寝返らせるって方法があるけど、それはもっと前から根回しをしておかないと成功しない。今となっては使えない手だ。戦術を駆使して劣勢を覆すと言っても、流石に差がありすぎるから、最初は上手く行って勝ててもそのうち押し切られる」
「じゃあどうすればいい?」
「こういう劣勢の時はシャドーに働いて貰うのが一番いいと思う」
ロセルはそうアイデアを言った。
「敵は数が多いけど、兵を動かすには兵糧がいるし、魔法兵を使うには魔力水もいる。敵の物資を破壊することが出来れば、大きな戦力ダウンを狙える。シャドーたちは腕がいいし、成果を上げてくれるとは思う」
物資を狙うか。
確かに魔法水を削ると、敵魔法兵の力が減る。そうなると怖さも半減する。
兵糧を削れれば敵に戦自体を躊躇させられる。
ロセルの言葉通り、シャドーは有能だ。何らかの戦果は上げてくれるだろう。
「しかし、いくら何でも敵の物資を全てロストさせることは出来まい。果たしてそれだけで、勝てるのだろうか?」
「敵の物資を全部なくさせるのは、確かに難しいけど、かなりの量なくさせれば、数で大きく劣る今の状況でも、守り切ることは可能になるよ。特に、城を攻めるときは、今の時代魔法は必須だし、魔力水が少なくさえなっていれば、この砦は落ちないかも」
ロセルはそう言ったが、ミレーユが渋い表情で口を出す。
「どうかねぇ。ここがもっと硬い城だったら良かったけど、正直いまいちだしね。州境の砦にしちゃあ、防御力では不安がある」
確かに、このクメール砦はそこまで堅城とはいえない。
歴史的に見ると、昔はクメール砦は鉄壁と呼ばれていたようだが、時代の流れとともに老朽化&魔法の発達による陳腐化で、今はそこまで防御力が高くなくなってしまっている。
前カナレ郡長だったルメイルは砦の改修をあまり進めなかったようだ。
正直、カナレの経済状況はいまいちなので、大規模な事業となる砦の改修には手がつけられなかったのかもしれない。
今更城を改善するのは難しい。
「まあ、敵の魔力水が少なくなるとなると、野戦でも攻城戦でも有利になることは間違いない。ただ、それだけだと弱いし、何か策略が欲しいね」
「師匠には何か考えが?」
ロセルが尋ねる。
「ない」
「ええ!?」
ないのかよ。
何かありそうな雰囲気で言ってたから、とっくに作戦を思いついてたのかと思った。
「そんなポンポン作戦思いつてたら、苦労しないよ」
「いや……前の戦ではポンポン何の苦労もせず、作戦を思いついてたような気がするが」
「あれは簡単な戦だったしね。だってこっちの方が兵力が優勢だった場合がほとんどだったし。城は堅かったけどさ」
兵力で大きく劣る今の戦は、ミレーユからしても、難局という事だろう。
「アタシも坊やと一緒で、時間稼ぎは反対だねぇ。攻め込めない戦が長引くなんて、これほどムカつくことはないよ。やっぱ何とかして大軍に一泡吹かせてやんないとね」
何とも感情的な理由だった。
その発言をした後、ミレーユが、「ふわー」とあくびを始めた。
「考えてたら眠くなってきた。寝よ」
そう言って、部屋を出ようとする。
一個前の発言が、今から本気出して策を考えるような感じだったので、流石に驚いた。
「ええー!? 寝るんですか!? やる気出したと思ったんですが!?」
「眠い時に考えてもいいアイデアなんて出ないよ」
「そりゃそうですけど、この差し迫った時に! ってか今、昼なんですけど!」
「人間は夜と昼に寝るもんだぁ」
ミレーユはそう言い残してあくびをしながら、部屋から去っていった。多分寝室に向かったのだろう。
「な、なんてマイペースなやつだ……」
「だ、駄目だぁ。僕が頑張って考えないとぉ……」
ロセルが不安そうな表情で、考え始めた。
「ふふふ、相変わらずミレーユさんは、面白いお方ですね」
その場にいたリシアが、笑みを浮かべてそう言った。
「でも頼りになる方でもありますわ。この状況でも全く慌ててらっしゃいませんし、きっと何とか出来ると信じていらしゃるのでしょう」
私もロセルと同様不安に思っていたのだが、リシアの言葉を聞いて、少しだけその気持ちが晴れた。
確かにミレーユはまだまだ慌てていない。最終的に何とかなると思ってるのだろう。
ミレーユと同じく不安にならず、自分を保っているリシアも同じくらい頼りに思えた。
「あと、作戦を考える前に、シャドーの方に連絡を取った方がいいですわ」
「そ、それはそうだな。急いで指示を出そう」
シャドーに工作を頼むんだったが、失念しそうになっていた。
リシアには何だかかなり助けられてしまったな。
「あ、シャドーへの指示もだけど、リーツ先生にも指示を出さないと。とにかく今はなるべく時間を稼ぐようにお願いしてみよう」
「分かった」
私はリーツとシャドーへ指示を出す。
シャドーは、情報収集の任務を行なっている。全員が行っているわけではなく、伝達役としてベンは残っていたので、彼に指示の変更を伝えてきてもらうようお願いした。
ベンは情報を伝えるのは非常に早いので、近日中にはファムにも伝わるだろう。
リーツには現状と時間をかせいでほしいという指示を書状に書いて、それを戦場へ送った。
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