第157話 郡長
ベルツドでの戦は勝利で終わった。
この戦で人的な被害は少なかったが、兵糧や魔力水の消耗は大きかった。まだアルカンテスは落とせていないが、今の状態で落とし切ることは困難であるとクランは判断し、一度長い準備期間を置くことになった。最低1年は要するようだ。
準備期間中、落とした土地をどうするか決めることになる。
事前に降伏してきた郡は郡長に入れ替えはないが、抵抗をしたベルツド郡とサムク郡には、新たな郡長を置くことになった。
まずサムク郡長は、調略によって降伏したリューパが務めることになった。
郡長の地位を狙っている者は多く、納得のいかない家臣たちも結構いたようだ。これは、クランの言葉を聞き、降伏した者は優遇するという事を見せることで、降伏してもらいやすくするという効果を狙ったもので、そのためには多少家臣たちに不信感を持たれても良いと思ったのだろう。いや、良いと思ったのではなく、ほかでカバーをするつもりなのだと思う。
そしてベルツド郡長だが、これはルメイルに任されることになった。
この決定には異論はなかったようだ。ルメイルは今回の戦で、かなり功績を上げていた。あくまで私の家臣が立てた策ではあるが、指揮をしていたのはルメイルなので、今回の戦では一番戦功を立てたものとみなされていた。
ルメイルは元々カナレ郡長であり、カナレとベルツドは距離がある。同時に治めるのは難しい。カナレはどうするのかという話になり、クランはこう高らかに宣言した。
「カナレ郡長は、アルス・ローベントに任せることとする」
バサマークとの戦が終わった時に、カナレ郡長になれる約束だったが、あの約束を交わした時は、ベルツドを先に落とすという戦略を立てていなかった。事情が変わったため、今回のような決定になったのだろう。
私は完全に反対されると思っていたが、予想に反して賛否両論であった。私の家臣が挙げた手柄が、全てルメイルのおかげ、という風にはなっておらず、きちんと評価されていたようだ。クランが私を日頃から持ち上げてくれていたおかげでもあるかもしれない。
それでもまだ若すぎるという反対意見も出たが、クランは決断を変えることなく、カナレ郡長にすると言った。
ただ、それでもまだ私がカナレ郡長になると決まったわけではなかった。
ルメイルがベルツド郡長になるという話に首を縦に振らず、少し考えさせてくださいと言ったのだ。
功労者だけに、クランも強引にはなれず、決断を待つということになった。
そして夜、私はルメイルに呼ばれた。
二人きりで話したいとのことだった。
私はルメイルを信頼していたので、護衛は付けず一人で向かった。
ルメイルの居る部屋に入った。真剣な表情でルメイルは座っている。
「よく来たアルス」
「はい。約束通り一人で来ました」
「かけてくれ」
促され椅子に腰を掛けた。上質で座り心地の良い椅子だが、緊張していた私にその感触を味わう余裕はなかった。
しばらくルメイルは沈黙する。私は彼が話し出すのを待つ。
「……カナレ郡という土地は、先祖代々受け継いできた土地なのだ」
悩み深い表情でルメイルは語り始めた。
「私も子供の頃から住んでいた。思い入れも大きい。カナレの町は小さいが、一人でも多くの領民が笑って暮らせるよう、努力してきた。それでも足りないから、まだまだ努力を続けていくつもりだった」
「……」
「……それでも、カナレはこのベルツドに比べて小さい。遥かに小さい。人も少なく、町の規模も小さい。有用な資源の数に至っては、雲泥の差がある。本当ならありがたい話なのに、どうしても心から喜べないでいる」
「……お気持ち痛いほど分かります」
ルメイルは再び長く沈黙をした。
私は緊張しながら彼を見つめ続ける。強い葛藤があるのだろう。
数分経過して、ようやくルメイルは口を開いた。
「アルス」
「はい」
「カナレ郡をより良い土地にすることがお主にできるか?」
真剣な眼差しでルメイルは私を見た。中途半端な覚悟で返答は出来ない。カナレをより良い土地にする。そう簡単なことではない。それでも出来ると思った。家臣たちの知恵を借り、そしてあの土地にまだ眠っている才能を私自身が発掘し、有能な者を取り立てていけば、間違いなく今より良い領地にできると確信した。
私は真剣な目でルメイルを見つめ宣言した。
「出来ます」
私の返答を聞いたルメイルは、数秒間私の目を見つめ、口を綻ばせながら答えを出した。
「私はベルツド郡長になる。カナレはお主に任せたぞ」
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