第118話 後退戦

 後退戦が始まった。


 元々後退戦というのは難しく、かつ敵が騎兵中心の軍ということは、さらに難易度が高まる。


「退けー!! 退けー!!」


 ルメイルが全軍に指示を送る。


 まず退却するには殿を誰かがやる必要がある。


 殿が足止めをしている間に、後ろへと下がるのだ。


 退却の指示が送られたら、事前に殿を務めることが決まっていた指揮官が兵を動かして、槍兵隊で騎馬隊の侵攻を食い止める。


 しかし、そう簡単には行かない。

 騎馬は速く足止めがかなりしにくい。


 通り抜けられる可能性がある。


 特に練度が高く、馬を上手く操る敵だけにかなり避けられた。


 それを魔法兵で援護を行う。


 魔法で攻撃を加える以外に、音魔法で怯えさせるとか、炎の壁を作れば人間は防御魔法で燃えないと知っているが、馬は怖がって近付けないので、足止めに有効な魔法を使いまくる。


 足が止まっているうちに、槍兵たちが駆けつけて進めないようにする、と言った戦法を使っていった。


 敵の騎馬隊も鍛え上げられており、魔法に簡単に怯えないので、それでも足止めしきれない敵兵も出る。

 そうなると、後退中の兵士たちを殿に出して止めなければいけない。


 あまり殿に兵を使いすぎると、森で敵を囲う際に正面の兵が薄くなりすぎて、突破されかねない。

 そうなると最悪の結末になるので、最小限の兵で敵を足止めする必要があった。


 最初に殿を務めた兵たちが上手くやれたのか、足止めしきれなかった兵はあまり多くなく、後退中の兵から出した殿は少なく済んだ。


 まだ後退している兵も多く、これならば正面突破されずに済む。


「あともうすぐで森か……」


 何とか成功しそうだ。


 仮に殿が失敗して、追いつかれ後ろを突かれたら、軍は総崩れ。私もその時は命があるのか分からない。


 一応今は馬に乗ってはいるものの、あまり上手く操れないため、逃げ切れそうにはない。


 そして、敵に追いつかれず、森まで進軍することが出来た。


「良かった……今日が命日ならずに済んだようだな」

「仮に追いつかれていても、僕がアルス様を死なせはしませんよ」


 リーツが頼もしいことを言ってくれる。


「森まで来たが、敵兵はこちらに来るだろうか?」


 ルメイルが質問する。


「客観的に見て、今のアタシたちは無様に逃げかえっているとしか見えないだろうね。ここで追撃を仕掛けなくてどうすんだって状況だ。ただ、敵将がよっぽど勘の良い奴なら別だろうが……先駆けしてきたあいつは、そんな奴には見えなかったね」


 鑑定することは出来なかったが、私もそう思う。

 こういう時は、多少無理しても敵将の鑑定をしてもいいかもしれないな。

 そうすればどう動くのかが、分かりやすいかもしれない。


「敵兵が森に突入したと情報が入った。策だと思っている様子はないようだな。かなり油断して森に入り込んできているようだ」


 ミレーユの触媒機に報告がある。

 どうやら作戦は成功しそうだな。


 ひとつ気になる点があるのだが、森に入ってからメイトロー傭兵団の気配を感じない。

 本当にいるのだろうか、不安に思う。

 よほど隠れるのが上手いのだろうか。


 私がキョロキョロと首を回して、どこかにメイトロー傭兵団がいないか探していると、それに気づいたミレーユが、


「待機してるって報告はある。それにアタシには分かるが、いるよ。わずかに気配を感じる。割と多くの兵が隠れているのに、こんなに微かな気配しか出さないのは、流石に有名な傭兵団なだけはあるね。どんな戦い方でもいけるみたいだ」


 そう言った。

 私はミレーユのいう事をとりあえず信じることにした。


 森の中央辺りまで進んだら、ルメイルが後退を止めるように兵たちに指示を送った。


 ここは負け戦で、退却して一度体制を立て直すと思っていた兵たちに動揺が走る。


 ここで初めて森に離脱した傭兵がいるという事を兵士たちに説明した。


 敵はもう近くまで来ているから、ここで説明しても問題ないだろう。


 兵たちは作戦であると聞くと、落ち着きを取り戻した。


 そして、陣形を素早く組む。


 魔法兵や弓兵は森の中に移動させ、メイトロー傭兵団と合流させる。


 敵が来たときの側面からの攻撃のタイミングは、ほぼすべての騎兵が森に入ってからとメイトロー傭兵団には伝えてある。


 敵の主力が騎兵なのは間違いない。

 先行して攻めてきた騎兵を全部罠にかけて殲滅すれば、残りの兵たちでは敵に勝ち目はない。撤退して城に戻るしか選択肢はなくなるだろう。そうすれば勝ちである。


 敵の騎兵が私たちのいる場所まで到達した。


「どうした、逃げるのを諦めたかぁ!?」


 先駆けで兵を率いていた大柄の男だ。

 かなり調子に乗った表情で、そう言う。これが罠だと夢にも思っていないようだ。


 鑑定してみると、名前はダン・アレーストと言うらしい。


 統率が82で武勇が99あるが、他はかなり低い。騎馬適正がSと最高だ。


 この武勇は捨てがたいが、奴はここで討ち取った方が勝ち易くはなりそうだ。

 仕留めたら敵兵の士気は相当落ちるだろう。


「それとも立て直して勝てると思ったか? ハハハ、馬鹿ども! ここがお前らの墓場になるんだよ!」


 とテンプレートなセリフを吐いて、突撃してきたちょうどその時、森に隠れていたメイトロー傭兵団たちが敵に弓と魔法で攻撃を始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る