第100話 サムク城

 サムク城。


 ミーシアン東部に位置するサムク郡。

 その一番の要所を守るこの城に、かつてないほどの緊迫感が漂っていた。


「しかし、これほど早くワクマクロ砦が落ちるとは……」


 そう呟いたのは、サムク郡長フレードル・バンドルである。

 長い髭が特徴的な男だ。

 戦が始まってからあまり眠れておらず、顔から疲れの色が見て取れる。


 ワクマクロ砦があまり堅牢ではない城であるとは、フレードルも知ってはいたが、それでもここまで早く落ちたという報告を聞くとは思っていなかった。


「敵に凄腕の魔法兵がいたと聞き及んでおりますが……」

「やれやれ……今回は我々がその魔法兵と対峙せねばならんのか……」


 うんざりした口調でフレードルは言う。


 現在クラン軍は、サムク城付近に陣取っている。


 まだ包囲もして来なければ、強引に落としても来ない。


 フレードルは、時間稼ぎをされるのは良くないとクランも知っているだろうから、恐らく包囲ではなく力攻めで落としてくるだろうと予想していた。


 敵は今準備をしているところではあるだろうが、いつ攻めてきてもおかしくはないので、ずっと気を抜かずに警戒態勢をとり続けていた。


「しかし良かったのですか。カンセス様に援軍を求める書状を送らなくて……」

「従弟殿は少々人が良すぎるところがある。援軍を頼めばきっと駆けつけてくれるだろうが、それは愚策だ。戦に勝つには、この私がなるべく少ない兵で、敵の攻撃を防ぎつつ足止めをするのが一番である」


 自身の従弟であり、ベルツド郡長である、カンセス・バンドルに援軍の書状を送るという選択肢もあったが、それは今この状況では愚策になると、フレードルは思っていた。


「この城には敵に落とされた際の罠も仕掛けてあるしのう。ここでクランの戦略を大きく崩してやる」


 フレードルはにやりと笑いながらそう言った。

 彼はこの戦いが死に場所であると腹を括っていた。

 そして、サムク城に残っている兵たちは、全てフレードルと同じく、この戦で死ぬ覚悟を固めた者たちだらけであった。



 その日の夜。


 フレードルも流石に一日中起きているわけにはいかない。

 深夜休養を取っている最中。


「大変です!!」


 フレードルの寝室に兵士が大慌てで報告をしてきた。


「来たか!?」


 敵が攻めて来たのかと思い、飛び起きるフレードル。


「て、敵襲ではなくて……それが魔力水庫が突如爆発! 中にあった大量の魔力水が流れ出ております!」

「な、何!?」

「敵を撃退するのに有効な炎の魔力水や、爆発の魔力水も流れ出してしまいました!」


 その報告はフレードルに、眠気を完全に覚ましてしまうほどの衝撃をもたらした。


 魔力水庫に入っている魔力水は、城に常備してある大型触媒機用の魔力水である。


 城に迫り来る敵を、外から強力な魔法攻撃で乱れ撃ちにするためのものだ。

 まずはそれで大勢の敵兵を削り、敵兵の士気をだいぶ落とすことが出来ると、フレードルは踏んでいただけに、それがなくなるという事は、どれほど城の防衛に悪影響を及ぼすのか、容易に理解することが出来た。


「密偵か!?」

「お、恐らくは……」

「見つけたのか!? 早く見つけねば、まずいことになる! 魔力水庫を駄目にされるだけでは済まんぞ! 城門を開けられれば突入を許してしまうことになる! 魔力水庫を駄目にされた上に、門が開いたとなれば一日も持たんぞ! 今すぐに見つけ出すのだ!」


 蒼白な表情でフレードルは家臣に指示を出す。「かしこまりました!」と家臣は返事をして、密偵を探しに行こうとする。


 その時、巨大な音が鳴り響いた。


 音魔法、ランブルの音だった。

 不安を煽るような、嫌な音である。


 フレードルはその音を聞いた時嫌な予感を感じた。


 そして、それから数分後、


『敵襲! 敵襲! 北門が破られた!!』


 と音魔法で拡張された声が大音量で響いた。

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