第76話 航海
航海が始まる。
この船の乗り心地であるが、想像していたよりは揺れなかった。
当然前世で乗った船と比べると、揺れは大きい。
しかし、あくまで許容範囲内という揺れに収まっていた。
船長の腕がいいのか、この世界の船にも何らかの揺れ防止技術が使われているのか、海のコンディションがいいのか、もしくはそれら全部の要因があるのか。
私は思ったより揺れなかったおかげで、船酔いをするということはなかった。
しかし、リシアやシャーロット、それからクランの息子二人は最初はだいぶ船酔いをして苦しんでいた。
「ようやく慣れてきましたわ……アルス様、見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした……」
船の中の一室。
船酔いがようやくおさまったリシアが、謝ってきた。
酔ったのだから、当然胃の内容物をリバースすることもある。
年頃の少女としては人に見せたくはないだろう。私は見ないようにはしていたが。
「いえ、謝るのは私の方です。船に乗ると酔うという事をもっと詳しく話しておくべきでしたね」
リシアと謝り合う。
私たちは今、舟の中の談話室にいる。
この部屋はクルーは入ってこない部屋で、貴族たちとその従者だけが入っていた。
部屋の扉が開き、シャーロットが入ってきて、
「ダメだった」
いきなりそう言ってきた。
「何が駄目だったのだ?」
「甲板に行きたいって言ったら、危険だから駄目だって言われた」
「それはそうだろう」
「でも、もっと海見てみたいじゃん」
「部屋に窓が付いているから、そこから見ればいいのではないか?」
「うーん、でも甲板から見たほうが良さそう」
その気持ちは分からないでもないが、危険は危険だ。
しかし、少し前まで青い顔で死ぬ死ぬ言ってたのだが、かなり元気になったなシャーロットは。
「あ、皆さんこんにちは」
今度はテクナドが入って来た。
私たちを見て、丁寧にお辞儀をして挨拶をする。
家柄で言うと我々より圧倒的に格上なのだが、彼はかなり礼儀正しい。
「こんにちはテクナド様。船酔いは治られましたか?」
「はい、僕は良くなりました。でも兄はまだまだ気分が悪そうです。もう二度と乗らないって呻いてました」
レングはよほど船に弱い体質のようだ。
「皆様失礼します」
最後にロビンソンが入ってきた。
彼は船酔いもする事なく、常に平然としていた。
船に乗った経験が結構あるのだろうか?
「ご体調が回復されたようなので、帝都へと到着する前に、色々話をしたいと思うのですが、よろしいですか?」
「レング様はまだ回復されていないようですが、大丈夫でしょうか?」
「レング様にはすでに話してありますので」
ロビンソンはその後、呆れた口調で「理解出来ているのかは、分かりませんが」と付け加えた。
ロビンソンのレング評は、あまり高くないようである。ただ接しているところを何度か見たが、決して嫌いというわけではなさそうだ。出来の悪い弟の世話をしているような感じである。
「話をするのは問題ありませんよ」
私がそういうと、リシアも同意した。
「では、交渉を行う前にいくつか情報をお二人のお耳に入れていきたいと思います。まず皇帝家との交渉ですが、こちらはそこまで私としても問題視しておりません。関係も良好ですし、金を渡せば断っては来ないと予想しております。問題はパラダイル州との交渉ですね。パラダイル州と我々の関係は最悪ですので」
「なぜそんなに関係が悪くなってしまっているのでしょうか?」
「関係が悪くなる原因を作ったのは、ミーシアン側で、元々は同盟を結んでおり関係も良好だったのですが、魔法技術の発達でパラダイル州でしか採れない魔力石をミーシアンも欲したわけです。貿易できないかとミーシアン側は持ちかけたのですが、少量なので州外に出す気はないと返答が来ました。これでミーシアンはその魔力石を得るために一方的に同盟を破り、戦を仕掛けたのです」
話を聞く限りミーシアンは相当悪いな。
そこまでして欲しい魔力石とは、どんなものだったのだろうか。
「最終的にまだ力のあった皇帝家がパラダイル家を助け、ミーシアンは引きます。相当前の話なのですが、その事件を機にパラダイル総督家では、ミーシアンは信用するなと、家訓が出来たらしいですね」
「話を聞く限り、交渉可能なのか心配なのですが……」
「そうですね。確かにパラダイルには皇帝家に貸しがあり、仲立ちをしてもらうのは効果的であるとは思いますが、家訓にまでなっているのですから、断られる可能性も低くはありません。しかし、パラダイル州にも色々な問題があります。どうなるかは交渉次第となるでしょう」
若干プレッシャーになるようなことを言ってきたな。
まあ、今回我々は補佐の補佐みたいな感じだろうし、基本的にロビンソンが頑張るのだろうけど。
彼が困ったような時に、きちんと手助けをする事が、仕事となるだろう。
困らなかったら何もしなくて良いという事だが、人の金で旅行できたと考えるとそれも悪くはないな。
それから数日間、船は滞りなく航海を続け、無事帝都に到着した。
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