第75話 出港
出港日当日。
私たちはセンプラーの港へと行った。
港にはマストが三本ある大きな船が一隻停泊していた。
驚いたのは、その船が木でなく鉄で出来ていることだ。
この世界でも船は今まで何度か見てきたが、全て木造船であった。
今回も木造船であると思ったが、まさか鉄の船だったとは。
詳しくは知らないが、地球では浮力を利用して鉄の船を浮かせていたはずだ。
この世界でも同じ原理なのだろうか。
帆を張るマストがあるので、動力は風のようであるが。
「この船、鉄で出来ているのですか?」
リシアは近くにいた乗組員に、そう尋ねた。
「ああそうだ」
「何で浮いているのでしょうか。とても不思議です」
「それはだな。世界には浮金と呼ばれる、浮かぶ金属があるんだ。放っておくと、三メートルくらい宙に浮かぶ。それと鉄を混ぜれば、鉄は頑丈さを保ったまま、水に浮かぶくらい軽くなるんだ」
異世界ならではの原理で作られている鉄の船だったようだ。
「この船はこのセンプラーにしかないんだ。浮金はあまり取れなくて、作るのには予算がかかるし、さらに鉄と浮金を混ぜ合わせるのも簡単ではなく、センプラーしかその技術を確立させられていない」
相当貴重な船のようだな。
「鉄で出来ているというだけでなく、速度もサマフォース一を誇る船なんだ。この船がセンプラーには五つあるから、海戦では負けることはないだろうな」
かなりの自信があるようだった。
「やあ、諸君ごきげんよう!!」
いきなり大声が聞こえてきた。
クランの長男、レングである。
彼の隣にはテクナドもおり、彼らの一歩後ろにロビンソンが付き添っていた。
「今日は非常に良い天気。絶好の出港日和りだな。私も帝都に行くのは初めてなので、非常に楽しみである!」
ウキウキした様子だ。
重要な任務を行うという緊張感よりも、未知の場所へと行けるというワクワク感の方が勝っている様子だ。
逆に弟のテクナドは非常に緊張しているようだ。
「おや? ……君たちは…………」
レングが私たちに気づき近付いてくる。
「確か同行するアース君たちだったな」
「アルスです」
「あ、ああ、そうだったな失礼。この船は凄い船であるが、それでも海上は危険である。あまりはしゃぎすぎないようにな」
そっちこそはしゃいで海に落ちたりするなよと、思わず返してしまいそうになった。言葉で出る寸前で抑えて「分かりました」と返事をする。
シャーロットが、「お前が一番はしゃいで落ちそう」とドキっとする言葉をつぶやいたが、レングの耳には届いていなかったようだ。
船に乗り込む前に船長から話があるようで、全員が集められた。
乗組員と思われる者たちが、全部で二百人以上はいた。
しばらくして、船長と思われる男がやってきて前に出る。
40代中盤くらいの男で、眼帯をかけている。
かなりの強面で、海賊っぽさが凄い。昔は海賊でしたと言われても、全く驚かない。
「船長のシャーク・トエスティンだ。今回はクランのガキが二人乗るようだな。一応最初に言っておくが、この船では俺が王様であり、俺のいう事が絶対だ。素人のガキどもに、船の中で仕事をさせたりはしねぇが、航海の邪魔になるようなことをしでかすようなら、海に叩き落とす…………いや、落とすのは流石にマジィか、ぼこぼこにして、言う事を聞かせるくらいで勘弁してやろう」
睨みを利かせながらそう言った。
クランのことをこんな大勢の前で呼び捨てにするし、子供二人にこの言い草。クランとは一体どういう関係なのだろうか。
主従の関係というより、友達に近いのだろうか。
レングが無礼であると叱ると思ったが、シャークの言い方に少し気圧されているようだった。
「じゃあ、早速乗り込め」
その指示で、私たちは船に乗り込んだ。
「何だか不思議な感覚ですわね」
「足元が気持ち悪い」
船に乗ったことのないリシアとシャーロットは、船上の揺られている感覚を初めて味わうのか戸惑っている。
「動き出したらもっと揺れますよ」
「あら、アルス様は船に乗られた経験があるのですか?」
「え、えーと。はい、一応……」
当然前世はあるが、この世界で船に乗ったのは初めてだ。
帆船に乗ったことはないし、揺れを防止する技術なんかもこの世界ではない可能性もあるので、もしかしたらとんでもなく揺れる可能性もある。
ある程度覚悟しておく必要はありそうだな。
『それでは出港する』
シャークの大声が船上に響き渡った。
普通の人間が出せる声ではないので、恐らく音魔法で声を大きくしているのだろう。
ゆっくりと船が動き出し、出港した。
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