第71話 二つの条件

 プレイド家が治めるトルベキスタ領は、同じカナレ郡内なのでそこまで離れた位置にはない。

 急いでいけば一日かからないくらいの距離である。


 私はリーツら護衛を伴って、馬を駆り急いでトルベキスタまで向かった。


 早朝に出発して到着したのは、その日の夕方であった。


「お久しぶりです。アルス様、お会いしたかったですわ」


 リシアが出迎えに来てくれた。

 会うのは二か月ぶりくらいである。

 まあ、久しぶりと言えば久しぶりだろう。

 流石に二か月なので、前より大きく外見的な変化はないが、服にはかなり気を遣ったようで、豪華なドレスを身に着けている。


「お久しぶりです」


 リシアはそのあと、リーツら私の家臣たちにも丁寧に挨拶をする。


「では屋敷へと案内しますわ」


 リシアの案内に従って屋敷へと向かう。

 プレイド家の屋敷は、ローベント家の屋敷よりも少し古いように見えた。


 周囲にはリシアが育てていると思われる花がきれいに咲き誇っている。

 現在は二月十日で、季節で言うと秋である。寒くなると多くの花が枯れてしまうが、まだまだこの時期は多種多様な花が咲き誇っていた。


 屋敷の中に入る。


 中の様子などは、ランベルク家の屋敷と大きな違いはなかった。


 応接間に私たちは通された。


「やあ、よく来てくれたねアルス君。歓迎するよ」


 ハマンドが笑顔で我々を出迎えてくれた。


「お久しぶりですハマンド様、今日は訪問の許可を頂きありがとうございます」

「いやいや、私も君には会いたかったし。さ、かけてくれ」


 ハマンドに椅子に座るよう促されたので、私は座る。

 リシアはハマンドの横の椅子に腰をかけた。


「特にもてなしは用意していなくて申し訳ないね。手紙にもてなさなくていいと書いてあったし、戦の話をするのに浮かれたムードを出すのも失礼かと思ったのでね」

「いえ、こちらとしては話を聞いてくださるというだけで、ありがたく思っています」

「それで、早速本題に入ろうか。リシアも同席する必要があると書いてあったが、どういう事なのだろうか」


 私は今後皇帝家やパラダイル総督家と交渉が行われるため、そのための交渉の補佐役をクランが探しており、リシアをクランに推薦した、という事を説明した。


 私の話を聞いて、リシアとハマンドは非常に驚いたようで、目を丸くしている。


「……そんな大役にリシアを? それはクラン様からの命令なのか?」

「命令というより、私が推薦をしたという形です。クラン様も無理に従わせるつもりはないようで、お二人の許可を得られたらと仰っていました」

「うーんそうか……しかし、交渉の補佐などリシアに出来るだろうか……まだ十三歳だし公務の経験も浅い……それに長い旅という事で危険もあるかもしれない」


 ハマンドは難色を示すだろうと私は予想していたが、その通りになった。


「リシア様には非常に高い政の才能があると私は感じております。大役を務めるのにも十分でしょう。それと危険ですが、クラン様はご子息も交渉役に向かわせるとのことですので、警備はしっかりしたものになると思われます」


 ちなみにリシアの現在の政治力は89である。まだ90には届いていないが、十分高い。


「ふむ……私もリシアの親だし、特別な才がリシアにあることは気づいていた。護衛も盤石というのなら……そうだな、リシアにとって良い経験にもなるかもしれないし……行かせてもいいかもしれない」


 と考えを改めたようだ。


「リシア、お前はどう思う?」


 ハマンドはリシアの意思を尋ねた。

 これはリシアが首を縦に振れば、話が実現しそうである。

 リシアはしばらくじっと黙って考える。

 そして、


「行ってもいいですが、条件が二つありますわ」


 指を二本立てながらリシアはそう言った。


「まずアルス様にも同行していただきたいですわ。護衛の兵士がいるといっても、知らない方々に守られてもあまり安心はできません。アルス様がいれば安心ですわ」

「え? いや、私は戦う才がない上に、まだ筋力も発達していないので、はっきり言って弱いのですが……プレイド家の家臣の中から護衛を連れて行けばいいのでは?」

「アルス様がいると安心できます」


 反論を許さない強めの語尾で言われて、私は「そ、そうですか」と納得するしかなかった。


「それからもう一つ。戦が終わったらわたくしと結婚していただきます」


 その発言を聞いて、この場にいる全員が戸惑いの表情を浮かべた。


「ま、待てリシア、結婚は少し早いのでは? た、確かにアルス君とは婚約関係にあるが……」

「戦が終わるのは二年後くらいでしょう。私は十五歳ですし、アルス様は十四歳。全然早くないですわ」


 日本の常識を当てはめると早いが、この世界の常識で言うとそんなに早くはない。親のハマンドからすると、早く感じてしまうようであるが。


 戦が終わったら結婚するとか、何とも死亡フラグを立ててるようでどうも不吉なのだが、結婚自体は別に問題はない。

 許嫁であるし、いずれ結婚することにはなるだろうと思っていた。いつになるか今回はっきりと決めるだけといえばだけである。リシアに対するイメージも、出会った当初よりは少し変わってきている。

 そもそもこちらにも結婚はメリットになるので、条件扱いはおかしい気もする。リシアとしても結婚を急ぎたい理由が何かあるのだろうか。


 問題は私も一緒に行くという事である。

 必然的に長期間家を空けることになる。

 その間、大丈夫なのだろうか……?


「リーツ、一緒に行くという件は、大丈夫だと思うか?」


 小声でリーツと相談をする。


「そうですね。アルス様がいらっしゃらないと不都合も多いですが、成功すればさらにクラン様の信頼を得られます。それに、帝都やパラダイルなど色んな土地をめぐるのはアルス様にとっていい経験にもなると思います。もしかしたらまだ見ぬ有能な人材に出会えるかもしれませんし。僕としては行かれるべきだと思いますね」

「ふむ……」


 まあ、リーツが残ってくれれば、屋敷の事も特に心配する必要はないかもしれない。

 行くメリットは、リーツの言った通り多い。


「分かりました。条件どちらとも飲みます」

「まあ、ありがとうございます。では私としては交渉補佐役を受けさせて頂きたく思います」


 と笑顔を浮かべながら許諾をした。

 ハマンドは結婚の件で若干父として複雑な感情を抱いているようだが、「私も異存はない」と許可を出してくれた。


 話し合い引き受けてくれるということで決着した。

 そして私は、リシアに同行することとなった。




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