第69話 新たな頼み

 その後、皇帝家への仲介の依頼にはいつ行かせるのか、誰を行かせるのか、用意できる金額はいくらか、などの事が話し合われた。


 皇帝家への出発は今すぐが望ましいが、ある程度準備をする必要があるので、それが終わり次第となった。


 誰を行かせるかは、皇帝家に交渉しに行くとあっては中途半端な人材を送るのもまずいが、クラン本人が行くことは流石にこの状況では不可能である。

 そのため交渉人はクランの長男に決定した。補佐役としてロビンソンを付けるようだ。


 ただ長男にするとクランが決めるとき、かなり不安そうな表情になっていた。私は会ったことはないが、あまり出来の良い息子ではないらしい。ロビンソンを補佐に付けるのだから、大丈夫だろうと自分に言い聞かせるようにクランは言っていた。


 皇帝家に払う金額は、金貨数万枚と凄まじい額を前金として用意するようだ。ちなみに運搬手段は船である。帝都はセンプラーと同じく海に面しているので、船で行くのが一番早いらしい。クランの保有している船はこの世界では最先端のもので、さらに凄腕の航海士と操縦士を付けるため、そう簡単に沈むことはないようだ。


 交渉が失敗に終わった場合の方針もいくつか立てる。

 失敗した場合は今度は裏をかくような戦略は取らず、ある程度防御を固めつつ、ベルツドを落としに行き戦術で上回って勝利を収める、という単純すぎる方法を取ることになった。


 今回の軍議はここまで決めて終了である。


 議論の間から貴族たちが出ていく。


「アルス。お主だけは残れ」


 終わった直後、私はクランにそう言われた。

 だけ、と言われたので家臣たちは部屋の外に出させて、私だけ議論の間に残った。


 部屋の中にはクランと、それからロビンソンは残っているようだ。


「今回は約束通り優秀な軍師を連れてきてくれて助かった、礼をいうぞ」

「勿体ないお言葉です」

「まあ、ミレーユの意見というところに少し思うところはあるのだが、この際、それは脇に置いておこう。それで本題だ。お主にもう一つ頼み事が出来た」


 クランは礼を言うためでなく、ほかに頼み事があったから私を部屋に残したようだ。


「今回、皇帝家との交渉に行かせる人材であるが、レングの補佐にはロビンソンだけでは少々不安がある。誰か交渉などに向いている人材がいるのなら、その者も補佐として付けたいのだが、心当たりはないだろうか?」


 レングとは今回交渉に行くことになったクランの長男の事である。

 ロビンソンは十分政治力が高い男であるが、それでも不安があるのか。クランが慎重なのか、それともレングがよっぽどあれな性格をしているのか。


「政治力が高い家臣となるとリーツになります」

「……リーツか……それはまずいな。帝都はサマフォース帝国内で、最もマルカ人に対して差別が厳しい場所だ。やめておいた方が無難だろう」

「そうだったのですか……」


 となると次に政治力が高いものといえば……誰だ? ロセルか? いや、ロセルには荷が重すぎるだろう。ミレーユとシャーロットは論外。


 私の家臣には適任はいないようだな。


 いないと言おうと思ったとき、リシアの存在を思い出した。


 そういえばリシアがいた。かなり高い政治力の持ち主である。もしかしたらリシアなら役に立つかもしれない。

 しかし、彼女は家臣ではなく許嫁である。現時点では他家の人間だし、連れて行くのは難しいだろう。

 だが、まあ、一応クランに伝えておくか。


 私はリシアの事をクランに伝えた。


「ふむ、許嫁の少女か……こちらとしても特に無理やり連れて行くようなことはしたくはない。一応話をして、父親と本人の承諾が取れたのなら、ここまで連れてきてくれ」

「承知いたしました」


 話をするくらいは問題ないだろう。


 クランからの話は以上だった。

 私たちは城に一泊した後、ランベルクへと帰還した。


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