第68話 戦略

 ロセルが発言をすると、貴族たちの視線はロセルに集まり、あの子供が意見を言うのか? と少しざわつき始めた。


 ロセルはかなりたじろいでいたが、一度深呼吸して心を落ち着かせる。

 そして喋り始めた。


「あの、アルカンテスを陥落させることで話は進んでいるみたいですが、相手はアルカンテスの防備を徹底的に固めており、さらにアルカンテス城はミーシアンにある城の中で1番堅固な城、正攻法で陥落させるのは、非常に困難です。先に東の大都市ベルツドを陥落させるべきだと思います」

「ベルツドを? アルカンテスを落とさないと、勝てぬぞ」

「確かにベルツドを落としても、勝利したとはならないかもしれませんが、勝利を大きく引き寄せることが出来ます。重要な場所であるのは間違いないでしょうから」


 ロセルの発言に貴族たちが考え始める。


 本拠地を落とすことが困難なら、まずは周りから落とすという作戦か。

 ベルツドを落とした場合、バサマーク側についていた貴族たちがクラン有利と見て、寝返る可能性もある。悪くない戦略だろう。


「ベルツドでは、アルカンテスほどバサマークの好感度も高くないだろう。アルカンテスを落としても、下手をしたら暴動を起こされてしまう可能性もあったが、ベルツドで暴動は起きまい。さらにベルツドの城は、ミーシアンの中でも老朽化が激しい。現代の魔法を使う戦争に適応できるような改修は出来ていないだろうから、籠城して防衛するのも難しい……良い戦略であるな」


 クランもロセルの意見に賛同するような発言をした。


「敵もアルカンテスに攻めてくると思っているでしょうから、まずはアルカンテスに出陣するフリをして、敵の兵を引きつけた後、こちらは大軍でベルツドを攻めれば、簡単に落とすことが可能なはずです」


 ベルツドを陥落させる方法の提案も行った。

 子供の意見を素直に飲むのは癪なのか、ロセルの作戦に貴族たちは反論を考えているようだが、思いつかないようだ。


「あの僕からいいですか」


 リーツがそう言った。

 貴族たちから、敵意や侮蔑が混じった視線が向けられる。


「リーツさん発言してください」


 ロビンソンが発言を許した。クランの右腕である彼が許したのであれば、貴族たちは特に反対も出来ないようだ。


「ロセルの最初にベルツドを陥落させるというのは、間違ってないと思いますが、その方法として誘導を使うのは得策ではありません。敵が誘導に気づいた際、ベルツドに兵を差し向けるという事を前提に考えたのなら、それもありかもしれませんが、敵の将が賢いならば、ここセンプラーに対して兵を差し向けるでしょう。仮にセンプラーが取られた場合、戦況はかなり不利になります。当然敵がセンプラーを狙ってきたという情報を掴めば、兵を戻さざるを得ないでしょうが、そうすると、ベルツドへの奇襲は失敗に終わります」


 リーツはロセルの案には穴があると指摘した。


「それもそうだね。となると、センプラーを防御する兵を残すか、囮に使う兵を多くするかしないといけないんだ」

「ベルツドへの兵を少なくした場合、落とせるかどうか難しくなります」

「でもさ、もしアルカンテスにいた敵の主力が、センプラーに攻め込んできたら、それは敵を自陣に誘い出したと考える事も出来るよね。自陣だと罠も張りやすいし、有利な条件で戦うことができる。上手くいけば包囲して敵軍を殲滅することも可能だよ」

「そういう考え方もあるね」


 確かに敵が自軍に攻め込んできた場合、それを予測してさえいれば有利に戦えるだろう。

 ただそう上手く行くだろうか?

 敵は優秀な軍師が複数いる。

 センプラーに攻め込むリスクくらい考えていそうではあるが。


「ミレーユ、お前はどう思う?」


 私はミレーユの意見も聞きたかったので、尋ねた。


 ミレーユは若干眠そうな目で、


「ロセル坊やの言った、ベルツドを先に攻略する案はアタシも正しいと思うよ。アルカンテス城を直接この目で見たが、そうそう落とせないと感じたね。ただ作戦は違う。そんな作戦にあっさり引っかかるほど、バサマークたちは馬鹿ではないね。恐らくセンプラーを攻める事はないだろうね」


 そう言った。

 そんなミレーユを見て、


「ま、待てあいつどこかで見たことあるぞ」「さっきミレーユって言ってたが……」「もしかしてあのミレーユか!?」


 貴族たちがざわつき始めた。

 どうやら貴族たちはミレーユの事を知っているようだった。

 元貴族のミレーユだし、知られているのは当たり前と言えば当たり前か。


「アタシの事を覚えているなんて光栄だね」

「クラン様! 奴は元々追放されるような問題児ですよ!」

「それに、奴の弟はバサマークの腹心だ! 間者かもしれません!」


 貴族たちから非難の声が上がる。


「待て、奴がいることはすでに知っていた。実力は間違いなくあるし、間者と考えればおかしな点もある。今回は信用することにしたのだ」


 クランがそう言い切ると、貴族たちもそれ以上文句は言わなくなった。


「バサマークはとにかく慎重だ。ありとあらゆる展開を考えて、その対応策を考える。裏をかくことは出来ないだろうねぇ」

「奴の賢さは私が一番理解しているが、ならどうすれば戦に勝てる?」


 クランが尋ねた。


「分かっていても対処が難しい作戦ってのはいくつかある。ミーシアン北西側にあるパラダイル州は、バサマークの統治している領地に面している。このパラダイル州に協力させるとか」

「待て、パラダイル州総督は、ミーシアン総督家を嫌っている。バサマークの味方にもならないだろうが、私の味方にもならないだろう」

「パラダイル州総督は、今時珍しく皇帝家に忠誠を誓っているらしいから、仲介を頼めば味方になる確率が高まる。皇帝家は現在金銭的に困っており、アンタの強みが生かせるはずだね」

「……皇帝家に仲介を依頼か……なるほど。気は進まないが、この際やってもいいか。バサマークはそれほど資金力がないため、使う事の出来ない手ではあるな」


 クランはミレーユの作戦を確かに使えると考えているようだ。


「よし、では今のところ決まった戦略をまとめようか。今回の目標は敵の本拠地であるアルカンテス城の陥落であるが、最初にアルカンテス城は狙わず、ベルツドから陥落させる。ベルツド陥落は、パラダイル州を味方につけ戦力的に優位に立ってから行う」


 とりあえず大まかな戦略が決まった。

 ここから細かい戦略を話し合うことになった。


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