第63話 決着
リーツは進軍を開始しようとしていた。
目的地はシャマールから聞いた敵が作戦を実行しようとしている場所である。作戦を実行するのは、アルスがいる隊のようだ。シャマールは事前に地図を持ってきており、そこに目的地の場所が印してあった。
偵察兵の報告によれば、今のところは地図に記された地点に向かってアルスたちは進軍しているようだ。
進軍を開始する前に、森側の兵たちの様子も気になったので、リーツはシャマールに尋ねた。
作戦の結果リーツを討ち取り切れなかった時の保険のための兵のようで、後で森から出てくるらしい。
警戒のため、足止めの兵を十人ほど森に行かせた。
そして出発前、
「さて、それでは念のため君の触媒機を預からせてもらうよ」
リーツはシャマールにそう言った。
敵の作戦は完全には分からない。移動途中ランブルを使用され、それと同時に奇襲を受ければひとたまりもない。
シャマールは特に抵抗することなく、小型の触媒機を渡してきた。
(これは……)
リーツはその触媒機を見て、とあることに気づいた。
触媒機にはすべて番号が刻まれている。
トランスミットを使用する際、呪文で番号を言うことによって、その番号が書かれた触媒機に音を届けることが出来る。
シャマールの差し出した触媒機の番号に、リーツは違和感を覚えた。
(この触媒機の番号は、23159だけど……シャマールの持っていたのとは、違う番号ではなかったか?)
触媒機は持つ者が決まっている。そうした方が情報伝達で混乱が生じにくくなるからだ。模擬戦で相手の隊にトランスミットを使うのは禁止である。
リーツは魔法を使わないため、完全に全員が持つ触媒機の番号を把握しているわけではないが、違うような気がしたのだ。
(仮に違う場合は、なぜ違う? 故障したのか? それとも二つ持っているからか?)
故障というのは考えられない話ではないが、序盤のこの段階で魔法が使われるという事は少なく、使わなければ故障したのかどうかなど分からない。
二つ持っているからという可能性が、高いとリーツは思った。
仮に二つ持っていた場合、シャマールの裏切りは嘘であったという事になる。
そうでないとわざわざ隠し持つ必要などない。
まずはこの触媒機がシャマールの物かそうでないかを確かめなければならない。魔法兵たちは全員の番号を暗記しているのでリーツは、シャマールに聞こえないようこっそりシャーロットに尋ねてみた。
「えー? シャマール君の触媒機の番号? ……22134だったかな? いや、23112だったかも? うーん、分かんないや」
「ごめん……君に聞いたのが間違いだった……」
シャーロットは暗記が苦手で触媒機の番号をまるで覚えていなかった。
それだけにトランスミットは使えず、実戦では圧倒的な性能を見せるが、模擬戦では逆に足を引っ張ってるといってもいいくらいだった。
リーツはほかの魔法兵に尋ねてみる。
「23159は、テンケスの番号ですよ……シャマールは23111です」
「やっぱり違うよね」
「惜しかったー。23111だったかぁー」
「……これを機に覚えてもらうと助かるよ」
リーツは呆れ気味に呟く。
「でも何で番号違うの?」
シャーロットに尋ねられ、リーツは二つ持っている可能性が高いと説明した。
「へー、二つ持ってるんだ」
「確かに魔法兵が、ほかの者の触媒機を持つのは不自然です。自分のを使った方が慣れてるので、はるかに使いやすいはずですからね」
魔法兵から見ても不自然だったようで、リーツは疑念をさらに深める。
ただまだ確定ではない。
リーツはシャマールのボディチェックを始めた。
シャマールは最初は抵抗するが、最終的に諦めボディチェックを受け入れた。
結果、もう一つの小型触媒機が出てきた。
「どういうつもりで二つもっているのかな?」
「……」
「まあ、分かっているけど。偵察兵の報告だとアルス様たちがいる隊は、君が持ってきていた地図に印されていた場所に到着して、待機しているようだ。ここに到着したら君が隠し持っていた触媒機でランブルを鳴らすつもりだったんだろう。うかつだったね」
「……はい……そうです。ドジりました……」
最後には認めてきた。自分のではない触媒機を渡したのは、純粋にただのミスだったらしい。
「ここは途中まで引っかかったふりをして、アルス様のいる隊がいる場所まで向かおうか。ランブルがならなければ敵の奇襲は成功せず、こちらの有利で戦えるはずだ」
リーツは勝つだろうと思いながらそう言った。
〇
「と、まあ相手はこんな感じで勝ちを確信してるだろうなぁ」
ミレーユはにやりと笑いながら、リーツ達の動向を私に向かって語った。
彼女の考えた作戦は、簡単に言えばわざとバレさせる。
わざとシャマールにミスをさせて、リーツ達にこちらの作戦を破ったと思わせる。
そうすると、相手の作戦を見破ったと思ったら油断するものらしい。無駄に複雑な作戦を語らせたのは、あまりにも単純な作戦だと違和感を持たれるからだ
人の心理を読んだ上手い作戦であると思う。
偵察兵の報告では、リーツたちはこちらへと向かって来ているようだ。
向かってきたリーツ達に勝つ方法は、まずリーツ達が近づいてくるのを待つ。
そして、リーツ達がだいぶ近付いたら、兵を高速で動かす。
トランスミットでの報告は、呪文を唱える時間と、唱え終えて音を送れる状態になるまでに、結構時間がかかる。
情報伝達が終わる前に兵を動かし、死角になるとこまで動いてそこから奇襲を仕掛ければ、油断しているリーツ達には非常に効果的な攻撃となるだろう。
「まだ現段階では成功かどうか分からないけどな。リーツたちが見逃した可能性もある」
「それは多分ないと思うがねぇ」
仮に見逃していた場合、リーツは油断せずに向かってくるだろう。そうなると作戦の変更を余儀なくされる。
ただ、リーツ達はこちらにいつもより少し早めのスピードで向かってきているらしい。策略を見抜いたと思って、若干ではあるが警戒を怠っているのだろう。
そして、しばらく経過し隊に所属している魔法兵の触媒機に連絡が入った。
動いていい場所まで来たという合図だ。
「よーし、行くか」
「ああ」
私は全員に動き出すように指示を送った。
リーツ達はまだ肉眼で見える位置までは来ていない。
敵の進軍ルートを考えて、回り込める形になるように高速で兵を動かす。
少しの遅れが敗因に繋がるので、とにかく素早く兵を動かした。
その後、リーツ達の後ろに回り込むことに成功した。
リーツ達は進軍を止めている。恐らく現在、魔法兵から報告を受けている途中なのだろう。
まずは弓矢だと思い、後ろから大量の矢を浴びせる。
結構多くの敵兵を討ち取れた。
最初相手は混乱していたが、リーツの手腕であっさりと混乱が収まり戦闘が始まる。
リーツの隊は最初の弓でだいぶ削られたため、苦戦を強いられたが奮戦し、こちらの奇襲は成功したものの案外接戦になり、最終的にはこちらの勝利に終わった。
○
「今回の私の勝利は、ミレーユの作戦が見事はまったおかげである。よって、当初の約束通り、彼女は家臣として使い続けることにする」
戦いが終わった後、全員の前でそう宣言した。
不満気な顔をするものも多かったが、約束している事なので、文句を言うものはいなかった。
「ただし今後も何度も問題を起こす場合は、追放することになるかもしれない。それは肝に銘じておいてくれ」
「はいはい」
一応釘は刺して置いた。まあ、聞いてくれるか疑問ではあるが。
とにかくミレーユは引き続き家臣を続ける事になった。
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