第62話 裏切り

 リーツ率いる防衛隊。

 今は初期位置のランベルク村周辺から動いておらず、偵察兵を出して敵の動きを伺っていた。


 偵察兵とのやり取りは、音魔法トランスミットを使用して行われる。

 トランスミットは魔法を使用後、触媒機を軽くたたくことで、コン、という音を指定した触媒機に届けることが出来る。人の言葉を伝える事は出来ないが、コンという音を組み合わせることで、単純な会話をすることは可能だった。


 リーツは歩兵一人と魔法兵一人を偵察に出しており、その報告を受けていた。


「ついに動き出したみたいだ」


 アルス率いる侵攻隊が動き出したという報告だった。

 動き出したら動きを監視しろという命令は、事前に行っていたため返答はしなかった。トランスミットは音を受けることは出来るが、返信は返信側からトランスミットを使用しない限り出来ない。魔力水を消費してしまうので、省くところは省かないといけないのだ。


「どう動いたの?」


 ロセルが質問した。


「どうも二手に分けれたみたいだね。森側と道側に分かれたみたいだ。アルス様は道側の方にいらっしゃるみたいだから、そっちの偵察を行うらしい」


 偵察は基本的に一人しか出せない。二人だしても、魔力水の量から考えると、情報を伝えきれなくなるからだ。

 なので二手に分かれるという選択は、戦力の分散にはなるが、片一方の隊の居場所を敵に知られないようにできるので、おかしな方法ではない。


 ちなみに地形だが、今リーツ達がいる道はランベルクの南側にある。

 この道は南に続いており、その先にアルスたちが先ほどまでいた場所に到着する。


 道の東側と西側にはそれぞれ森がある。

 西の森は危険なため、訓練で侵入することは禁じられているが、東の森には安全なルートがあるためそこは通っていい。ただめちゃくちゃに歩くと迷ってしてしまうため、使えるのはそのルートのみである。


 リーツの言った森側とは、東の森を進軍することであり、道側とは道を進軍することである。


「さて、こちらはどう対処するか」


 敵の動きへの対処法は複数ある。

 単純に二つに分ければ、各個撃破か、こちらも兵を分けて両方ともに対応するか。

 リーツとロセルが話し合っていると、


「すいません!! リーツさん!! 侵攻隊のシャマールです!! 話をさせてくれませんか!!」


 と大声が響いてきた。

 ハイパーボイスで声を大きくした、魔法兵の一人シャマールの声である。


「何だろう?」

「無視すべきだと思うよ」


 ロセルは無視を主張した。


「僕はアルス様のためにも、アルス様を裏切ることにしました!!」


 もう一度シャマールの声が響く。


「裏切る……情報をくれるのか?」

「罠じゃん、どう考えても」

「うーん……まあでも状況的に……」


 リーツはアルス様のためにも、アルス様を裏切るという言葉の意味を瞬時に理解していた。

 ここでミレーユがアルスを勝ちに導くことが出来なければ、活躍しなかったと見なされてもおかしくはない。

 そうなるとミレーユは追放。家臣たちの評判が悪いことを考えても、裏切り者が出るという事は、あながちあり得ないことではなかった。


「一応話くらいは聞いたほうがいいと思う」


 そう考えたリーツは話を聞くと決めて、シャマールの下に部下を走らせ連れてこさせた。



 シャマールはミレーユの作戦を説明した。

 それによると、ミレーユはまず訓練ではなく本当の敵襲があったと森側に行った兵たちに叫ばせて、リーツ達を誘い込み、残りの道側の兵たちで奇襲をしかけるという作戦を行おうとしているらしい。


「その作戦は……何というかルール違反では?」

「……まあ、でも明確にそういうルールがあるわけではないような」

「普通はそんなことやらないからね。訓練にならないし」


 敵襲があったと言われれば、罠の可能性があろうとなかろうと、行かざるを得ない。その作戦がありなら訓練にはならない。今までそれをやるものはいなかったため、特に禁止になったりはしていないのだが。


「常識を外れた考えを持っているあの女はそんなことも分からないのです」

「でも、あくまでそっちのリーダーはアルスなんだし。止めるでしょ」

「アルス様は言葉巧みに騙されて……結局その作戦をすると決めました……」


 リーツは違和感を持った。ミレーユの話術は確かに普通より高いが、アルスも馬鹿ではない。そんな作戦を受け入れるとは思えない。


「やっぱりそれ嘘だね。君の話で誘導させるつもりだろうけど、そんな手に引っかかるほど甘くはないよ」

「……そうです。この話は嘘です」

「え?」


 シャマールは予想外の言葉を発した。


「リーツさんの言う通り、裏切ったふりをして誘導しろと、ミレーユに言われました。しかし、僕は本当にミレーユが嫌いなんです……」


 そこからシャマールは、ミレーユを如何に嫌いかを語り始めた。

 しばらく語った後、


「こんなにミレーユが嫌いな僕は、本当に彼女を裏切ろうと思います。先ほどの嘘の作戦ではなく本当のミレーユの作戦を教えます」


 二度目にシャマールが語ったミレーユの作戦は、嘘の情報で騙してリーツ達を誘導。そして、一旦アルスたちの背後を取らせる。攻撃直後に音魔法ランブルをシャマールが使う。ランブルは動揺を誘う音で、自軍の中からそれが鳴り響いたら、相当兵たちは動揺する。それが鳴り響いたのを合図に、侵攻隊は一気に方向を転換し、動揺している防衛隊をたたく、という作戦である。


「この作戦にリーツさんは乗ったふりをしてください。最後に僕がランブルを使わなければ、完全に奇襲に成功することになります。ミレーユは作戦を成功することが出来ず、使えない者として追放されることでしょう。どうか賢明な判断をお願いします」

「……」


 リーツは信じるべきか判断に迷う。

 当然これもシャマールの嘘であるという可能性はある。しかし、本当である可能性もあるという事も事実だ。少なくともリーツには嘘で言っているようには見えなかった。

 ただ、シャマールが嘘をつくのが上手であるという、可能性もある。曖昧な主観で信用するほど、リーツも馬鹿ではない。


「分かった、君のいう事を信じよう」


 ここは一度完全に信じたフリをすることにした。

 シャマールがボロを出したときは、シャマールのいう事は嘘だと確定し、相手の動きを読めるようになる。本当であるならばシャマールのいう通りに動けば、奇襲に成功し勝利することが出来る。

 これが最善であるとリーツは疑わなかったが、その選択が間違いであると、この時点では気づいていなかった。










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