第61話 作戦
「使える魔法は音魔法だけ。さらに使える触媒機は中型までで、使える魔力水の量は30Mなら、使える魔法の種類も四種類のみ。それならそこまで複雑な作戦は必要ないね」
ミレーユが冷静な表情でそう言った。
魔法を使用するために必須な道具である触媒機には、小型と中型と大型がある。
小型は以前シャーロットの魔法力を試すときに使った、野球ボール程度の大きさの触媒機だ。
中型はバスケットボールほどの大きさの触媒機である。
大型はバランスボールをさらに一回り大きくしたくらいだ。大型になると非常に重く持ち運び不可能なので、台車に乗せて運ぶ。これは今回の模擬戦では使用しない。というよりローベント家には配備されていない。
大きければ大きいほど、魔力水を入れることの出来る容量が多くなる。ハイレベルな魔法を使用するには、大量の魔力水が必要となる。大型の触媒機はそのために用いるのだ。
ちなみに魔力水はMという単位で数えられる。
小型の触媒機に入る魔力水の数は3Mである。模擬戦で使用するのは各隊に30Mまで。それ以上は資金的な問題で使うことは出来ない。
「今回使える四種類の魔法というと……ハイパーボイス、ランブル、トランスミット、トラップサウンドの四種類だな」
それぞれの魔法の効果は、
ハイパーボイス(使用者の声を一定時間大きくする)
ランブル(不安を煽るような轟音を発生させる)
トランスミット(特定の触媒機に音を送る。触媒機に受信番号が刻まれている必要がある。人の話し声など、複雑な音は送れない。送れる距離には魔法を使用した者の力量によって変わる)
トラップサウンド(仕掛けた場所に誰かが通ると、轟音が鳴り響く)
中型の触媒機で使用可能なのはこの四つのみ。
それぞれ消費Mは、ハイパーボイスが2、ランブルが3、トランスミットも3、トラップサウンドが10となっている。
ハイパーボイス、トランスミットは戦での情報伝達に大きな役割を果たす。
トラップサウンドは周囲に仕掛ければ、敵の接近を事前に気づくことが出来る。
ランブルだけはあまり使えない魔法である。
「敵は奇襲してくるだろうねぇ」
奇襲は今回のような模擬戦では常套手段である。
防衛隊は初期位置で防衛をしようとした場合、初手から居場所がバレている状況で戦いになる。必然的に先手を取られてしまうことになる。
戦において後手に回ってしまうと、不利になってしまう。戦力が同数という場合、それが勝敗を分けることに繋がる恐れもある。
奇襲すれば、後手を取られることもなく圧倒的に有利に戦うことが可能だ。仮に奇襲は出来なくても、少なくとも後手に回ることはなくなる。
メリットばかりのように見えるが、デメリットもある。
今回の模擬戦の勝利条件は、敵の隊長を討ち取るか、降参させるかとあるが、さらに防衛隊はランベルクに侵攻隊を三十名以上到着させた場合、負けとなる。
侵攻隊は日が暮れるまでに、勝利条件を満たすことが出来なければ負けだ。
不用意に初期位置から動いて、ランベルクまで通り抜けられた場合、防衛隊の負けということになる。
今、私たちがいる場所からランベルクまで整備された道は一つしかないが、この人数なら道なき道を進軍してランベルクまで行くことも可能である。なので簡単に侵攻隊の進軍ルートを予測することは出来ない。
まず偵察兵を出して、敵の動向を観察させてからどう動いているのかをトランスミットで伝え、それから敵の進軍ルートを予測し兵を配置する、というのが奇襲を成功させる方法である。
「まあ、あのリーツ相手なら、普通に進軍してたんじゃあっさり奇襲を成功させられるだろうね」
「確かにそうなるだろうが、随分とリーツを評価しているのだな」
「アタシにも一応ある程度人を見る目はあるよ。抜け目なく頭も非常にいい。真面目過ぎるのがやや欠点かな。マルカ人は人に劣るとよく言うが、間違いだってわかるね。坊やがリーツの才能を見抜き、家臣にしたのかい?」
「そうだ」
「それなら坊やの能力は中々凄いものがあるかもね。だいたいどこに行っても帝国内じゃマルカ人の暮らしはそりゃ悪いもんだ。家臣にする前のリーツもそうだったのだろう?」
「……ああ」
最初にあった時のリーツは、行き場を失い行き倒れそうになっていた。
ただ彼はその前までは傭兵団に所属し、生きてはいけていたため、案外マルカ人の中ではマシな境遇なのかもしれない。
「ただリーツは才能ある将になるだろうが、もう一人の軍師志望の坊や、ロセルは残念ながら軍師には向いてないね」
「……そうなのか?」
「向いていないというのは語弊があったか。正しくは一流の軍師にはなれないという事だ。確かに頭の良さは図抜けているが、良い軍師にはそれだけでは足りないんだ。絶対的に敵に読まれない発想力が必要となる。あの子にはそれが足りていないように見えるね」
「ふむ」
少なくともかなりの知略を持つミレーユからは、ロセルはそう見えるのだろう。
しかし、私の鑑定で示しているロセルの知略限界値は109である。それを信じればロセルが軍師に向いていなくて、誰が向いているんだという話である。
ミレーユに人を見る目があるのか知らないし、ここは彼女がロセルを見誤っているだけであると思っておこう。
「そういえば、ロセルから変な教え方をされると苦情があったが、あれは才能がないと思っているからか?」
「人に物を教えるのはあまり好きじゃないってのもあるね。それでも本当に才能があると思えば、教えたくなる時もあるけどね」
「そうか。ならばそのうち、ロセルを教えたいと思う日も来るだろう」
「……坊やは随分自分の力を信じているんだね」
ミレーユは笑みを浮かべた。
「話がそれてしまったな。なるべく早く行動した方がいいだろう。ミレーユの作戦はなんだ?」
「そこまで複雑なもんじゃない。ここにいる誰かを敵に裏切らせるふりをさせて、敵の下に送り込み偽の情報を流して敵を誘導して、奇襲を仕掛ける」
「……信じるだろうか? 裏切るということは、今回は私を裏切るという事になるのだぞ?」
「まあ、それには色々と秘策があるのさ」
作戦の内容をミレーユはすべて私たちに語った。
「確かに……それならあの二人も騙されるかもしれないな……」
「そうかい。じゃあ、早速誰に行かせるか決めないとね」
裏切らせる兵は私が選び、作戦が実行された。
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