第44話 ファム

 いつの間に後ろに? 

 まるで気配を感じなかった。こんな真後ろにいるのに、ここまで気配を消せるものなのだろうか。


 マザークの表情は接客中は、明るい女の子という感じだったが、今は違う。


 無表情でこちらを見つめている。冷徹な表情で、まるで別人みたいだ。表情ひとつでここまで変わるのかと思うくらいだ。


「初めてなんだがな。正体がバレたのは」


 しかし、マザークはなぜ私が正体に勘づいたと知っているのだろうか? 

 しらばっくれてみるか。


「何の話だ?」

「とぼけても無駄だ。聞こえないように話していたようだが、お前たちの会話は全て聞いていた。お前はローベント家の現当主のアルス・ローベントで、オレに依頼をするためにこの店にやってきた。その後、何らかの方法で、オレが団長であるということ、それからオレが二十二歳の男であるということを見抜いた。違うか?」


 マザークとはだいぶ離れた場所で会話をしていたはずだ。それでも聞いていたということは、並外れた聴力があるのだろう。そうでなくては情報収集は出来ないのかもしれない。

 ただ、誰から聞いたかと質問している以上、会話を全て聞いていたわけではないのかもな。



「異様に警戒している奴がいたから、入るのには苦労したぞ。この店のものしか知らない、別ルートをわざわざ通って来たんだからな。そこまでして来たんだから絶対に正体を見抜いた方法を教えてもらうぞ」


 リーツはやはり見守っていたみたいだ。

 別ルートを通られたのでは、仕方がないか。


「なぜそこまで私がお前の正体を知った理由を聞き出したいのだ」

「オレは自分の正体を隠す事に関しては、絶対の自信を持っている。それが見抜かれたとあっては、方法を聞かないとあまりにも気持ち悪いだろ? 仮に何か欠点があったのなら教えてくれ」

「……いや、お前は完全に店員に紛れていた」

「じゃあ、なぜ分かったんだ?」


 私は理由を答える事にした。

 この状況では、沈黙すると下手をすれば危害を加えられる恐れがあるからな。


 自分に鑑定能力があると説明する。


「……他人の能力が分かる力……?」

「そうだ。お前が達人級の能力を持っていたから、シャドーの団長であると判断したわけだ。ちなみにその能力では、お前の名前、性別、年齢もわかる。名前はマザーク・ファインドだったか」

「……っ!」


 名前を指摘されて、マザークは目を見開いて驚く。


 そのあと目を瞑り、ニヤリと微笑した。


「そいつはハズレだ。その名はとうの昔に捨てた名だからな。今はファムという名を名乗っている」


 名を変えていたのか。

 私の鑑定能力では、最初に付けられた名だけが表示されて、変更した名前は表示されないみたいだ。


「しかし、オレのような仕事をしている奴には、天敵のような能力だな」

「そうか?」

「そうだ。正体を隠すことは、この仕事では非常に重要だ。その点オレの容姿はいい。まさかこんな女の子供にしか見えない奴が、密偵であると誰も思わないからな。だから自分の正体は信頼の置ける人間以外には見せないようにしている。依頼を聞く時も、顔を隠すようにしているしな。知ってるのはアレックスと、団員たちくらいか」


 じゃあ、私みたいに不意に知ってしまったものは、どうしているんだとは聞けなかった。

 今の私はだいぶ危険な状態なのではなかろうか。


「オレの正体を見抜くような力を持つ、危険な奴の味方になるか、それとも始末してしまうか。どちらがいいと思う?」


 そう問われて私の心臓がドキリと跳ね上がった。

 これは返答を間違えると、大変なことになりかねないな。心拍数が徐々に上がっていく。


「それは当然、味方になった方がいいだろう。私がローベント家であるとは知っているのだろう? 私に危害を加えれば、家臣たちが黙っていない。お前の正体は、家臣たちにも伝えたからな。ローベント家を敵に回すことになる。さらに郡長家も敵になる可能性が高いので、お前はこの町で仕事をすることが出来なくなる」

「別の町で仕事をすればいい」

「そう簡単に、別の町で仕事が出来るだろうか?」

「まあ、最初は面倒だろうが、実力さえあれば問題はないだろう」

「仮に別の場所で仕事を始めたとしても、私の家臣はお前を殺すまで、地の果てまで追い続けるぞ」

「返り討ちにすればいい」

「私の家臣は強いぞ?」


 そこまでやり取りをして、ファムはいきなり「クックック」と笑い始めた。


「そう怯えるなよ。さっきから心臓の音がうるさいぞ? まあ、子供だし仕方がないか」


 平静を保ってやり取りをしていたが、心臓の音を聞いて動揺しているということを悟られたみたいだ。


「冗談だよ。お前に危害を加えるつもりはない。オレはユニークな奴が好きなんだ。確かにお前のその能力は危険だが、極めてユニークでもある。そう言う奴の依頼は受けることにしている。

 それに貴族の当主となれば、実力を示しさえすれば継続して依頼をしてくるだろうし、そうなるとわざわざオレの正体を周囲に言いふらしなどはしないだろうからな」


 冗談と言われて、私はホッと胸を撫で下ろした。

 殺されてしまうと思ったからな。


「依頼は夜になったら聞いてやるよ。それまで待っておけ」

「分かった」


 正直、若干危険そうな奴なので、依頼していいものか迷いはあるが、今更依頼をやめたなどと言ったら、完全にファムとは敵対することになるだろう。

 そうすると、命を狙われ続ける羽目になる。それは避けたいので、ここは依頼をするしかないだろう。


 ファムはそう言ってトイレを出ようとすると、


「アルス様!」


 リーツがトイレに飛び込んできた。


 そして、ファムの姿を見るや否や、剣を抜き斬りかかる。

 ファムは懐からナイフを取り出して、リーツの剣を受け止める。


「待てリーツやめろ。その者は敵ではない」

「え? あ、そうなのですか? それは失礼しました」


 リーツは謝りながら引いていった。


「やっぱり味方になった方が得になりそうだな。勝てないとは言わないが、その男、戦っても楽に殺すことは出来なさそうだ」


 そう言い残して、ファムはトイレから去っていった。


「あの、本当に大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

「そうですか。見張っていたのに気付きませんでした。別の入り口があったみたいですね。それにしても、アルス様の言う通り、あの者がシャドーの現団長みたいですね。僕の剣をああもあっさりと受け止めるとは」


 リーツから見ても、ファムはやはり只者ではないようだ。


 私はリーツと共にトイレから出て、席に座った。


 それからファムは、何事もなかったかのように店員モードになって女の子として接客をしていた。


 どうやったらああも人を変えられるのか。もはや先ほどまでとは別人がやっているのではないかと思うくらいであった。



 それから時間は経過して、夜になった。


 アレックスが私たちの席に近づいてきて、


「待たせましたね。今からシャドー団長のファムに会わせてやりますぜ」


 そう言ってきた。

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