第42話 シャドー

 リーツの案内で、私たちは酒場トレンプスに訪れていた。

 トレンプスは結構大きな建物であり、中も広そうである。


「そういえば、リーツはどういうきっかけで、シャドーを知ったのだ?」

「えーと、傭兵時代にですね。僕の所属していた傭兵団はミーシアン各地を転々としていたのですが、ちょうどここに来る機会がありました。そこで、僕の傭兵団の団長が、シャドーの団長に仕事を頼んだのをきっかけで、知り合うことになりました」

「傭兵団が傭兵団に仕事を頼むのか?」

「ええ。シャドーとは仕事が違いますからね。シャドーは情報収集、工作、暗殺など。僕の所属していた傭兵団は戦争で戦うことが仕事です。傭兵団は、戦で負ける方に付くと団員の死傷者が増えたり、報酬がほとんど貰えなくなったりと大損になってしまいます。場合によっては壊滅することも。そのため、情報収集で勝てそうか調べてもらったり、工作を頼んで戦に勝ちやすくしてもらったり、色々お世話になっていましたよ」

「なるほど、傭兵団にも色々あるのだな」

「まあ、結局僕の所属していた傭兵団は壊滅してしまったんですけどね。団長が少し欲をかいてしまったのが、壊滅した原因でしたね……」


 リーツは少し昔を思い出したようだ。仲間が死んだ過去なので、当然良い思い出ではないだろう。深く掘り下げるような事はしなかった。


 会話を終え、私たちはトレンプスへと入っていった。


 トレンプスは人気のある酒場のようで、店内はだいぶ賑わっていた。

 広い店内なのだが、空席はほとんど無い。

 まだ日が高いうちにこれだから、夜になるともっと人が多くなるのかもしれない。


「相変わらず人気ですねこの店は」


 昔から人気だったみたいだな。


「シャドーはこの店の店主に紹介してもらったので、一度話をしてみましょう」


 リーツはそう言って、店内を歩き店主の下に向かい始める。


 店内を歩くと、結構注目を集めた。


 まずマルカ人なのに豪華な服を着ているリーツ。

 女なのに魔法兵のような格好をしたシャーロット。

 そして、貴族の格好をした私とリシアなど、目立つ要素満載なので、仕方ないことだろう。


「何か視線が鬱陶しい。焼き払っていい?」


 シャーロットが不機嫌そうな表情でとんでもないことを言い出した。

 顔がよくプロポーションも抜群なシャーロットは、男どもの視線を集めているようだった。


「駄目に決まってるだろ。見られるくらいは放っておけ。危害を加えてきそうな雰囲気を感じたら、戦うことを許す」

「はーい……ああー鬱陶しい……」


 シャーロットはイライラした様子で返事をした。

 屋敷にいる時は基本的に温厚な性格をしていると思ったが、案外危険な面もあるんだな。今日はたまたま虫の居所が悪いだけかもしれないが。


 注目を集めたものの、特に危害を加えてこようとするものはいなかった。


 そして、店主の下に辿り着く。


「久しぶりです。アレックスさん」


 リーツは、立派な髭を生やした筋肉質の中年男性に話しかけた。


 あの男が店主か。

 アレックスと呼ばれた店主は、リーツを不審そうな目で見つめる。


「マルカ人……もしかしてリーツか? クライメント傭兵団にいた」

「はい、そうです」

「生きていたのか。クライメントの連中はほぼほぼ死んで、解散したって聞いたがね」

「クライメント傭兵団は確かに解散しましたが、僕は生きていますよ。今はローベント家の家臣になっています」

「家臣? ローベント家っていやぁ、ランベルク領主をやっている家じゃねーか。何でまた……いや待てよ? ランベルクには恐ろしく強いマルカ人の家臣がいるって聞いたが、あれはお前さんのことかい」

「たぶんそうでしょう」

「なるほどなぁ。てめーだったのなら、そういう噂も立つだろう。クライメントの中でも、お前より強いのはそういないって、言ってただろ? 

 えーと、もしかして後ろにローベントの現当主がいるのかい? 確か前の当主が死んで、その子供が継いだって話だったけど」

「私がアルス・ローベント。ローベント家当主で、リーツの主人である」

「あ、どうもよろしくお願いします。俺ぁアレックス・トレンプス。酒場の店主をやっております」


 アレックスは頭を下げて挨拶をしてきた。


「それで、今日は何のようですかい?」

「シャドーに仕事を頼みに来ました」


 リーツがそういうと、


「あー、そうかー……」


 困ったような表情をアレックスは浮かべた。


「どうしました?」

「いやよ。クライメントが仕事を頼んでいた頃のシャドーの団長がよぉ、二年くらい前に引退しちまったんだ」

「ええ!?」


 リーツは驚く。


「あの人、仕事命って感じの人じゃなかったんですか? 怪我でもなさったのでしょうか?」

「いや、嫁さんが出来たから引退した。こんな危険な仕事をもう出来ないってな」

「そうですか、困りましたね……」

「いや、団長は引退したがシャドーはまだ存続しているぞ。まあ、団長の引退が引き金になって、複数の団員が抜けちまって、別物になっちまっているがな」

「新しいシャドーは、腕は良いのでしょうか?」

「旧シャドーよりも、数段上だね」

「数段上……ですか……? あの、シャドーは凄く腕の良い傭兵団でしたが、それよりもですか?」


 半信半疑といった様子で、リーツは尋ねる。


「ああ、今のシャドーの団長になっている奴がいるが、あれは本物の天才だ。その天才は他人に教えるのも上手いやつで、団員のレベルも高くなってる。奴が団長になってから、依頼に失敗したという話は聞いたことがない」

「それほどですか」

「ただ、前団長よりも変わったやつで、依頼を受ける受けないの基準が全く分からねー。会ってみないと、受けてくれるかどうかの保証はできねーな」

「その団長に会わせてはいただけますか?」

「ああ、仲介料はいただくがな。それと今すぐは会えない。夜になったら会える」

「夜にこの店に来るのでしょうか?」

「いや、実は今もこの店にいるんだがな。夜にならないとシャドーとしての仕事は受けないって、変なこだわりがあるんだ。夜になるまでは誰が団長かは言えないが、探してみてもいいかもしれねーな。まず分からないと思うがな」


 まあ、これだけ人がいるのでは普通は分からないだろう。


 ただし、私の場合、鑑定スキルがある。

 本物の天才と言われているということは、当然ステータスも高いだろう。

 少なくとも武勇は凡人を超越している可能性が高い。


 夜にならないと依頼を受けないということは、探しても意味はないが、夜になるまで暇になるので、ついでに探してみるのもいいかもしれない。


「では夜になるまでこの店で待たせて貰うことにしよう」

「へい、分かりやした。待ってる間、何か食べたり飲んだりしてくれたらありがてーです。酒はちいっと早いようですが、ジュースもあるんでお出ししますよ」

「分かった、そうさせてもらおう」


 私は仲介料を払う。

 そのあとジュースや果物などのデザートを頼んで、テーブルに着き、皆で食べながら夜になるのを待った。


 私は店内にいる人たちを鑑定で見ながら、誰がシャドーの団長かを探してみた。


 店内には大勢の人がいる。片っ端から調べていったが、それらしいステータスの者はいない。


 店内にいたほぼ全員を調べ終わったが、いなかった。もしかしたら武勇が高いはずという私の考えは、間違っていたかもしれないな。

 情報を集める能力なんかは、私の鑑定では分からないしな。


 少し疲れてきたし、私は諦めようとする。

 喉が乾いてきたので、近くにいた店員に水を貰おうと思い声をかけた。


「お水ですね。かしこまりました」


 この辺りは水が豊富なので、安めの値段で飲む事ができる。


 そういえばこの店員は鑑定していなかったな。

 まだ幼く、私より一、二歳ほど歳上の少女の店員だ。

 黒髪のポニーテイル。容姿は飛び抜けて美少女ではないが、普通に美少女と言えるレベルだ。


 流石にこんな子がシャドーの団長であるわけがないだろう。


 鑑定はやめようと思うが、私は一応やってみた。


 すると、


 マザーク・ファインド 22歳♂

 ・ステータス

 統率 33/44

 武勇 91/92

 知略 87/90

 政治 22/23

 野心 45

 ・適性

 歩兵 A

 騎兵 C

 弓兵 S

 魔法兵 A

 築城 C

 兵器 A

 水軍 D

 空軍 C

 計略 B

 

 驚きどころ満載のステータスが表示された。



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