第24話 約束
約束通りもうすぐそちらに伺います。
そう書かれていた。
当然、ついさっき知った人と、約束などしているわけがない。
父が勝手に約束したか、もしくはこの子が勝手に約束したと思い込んでいるのか、どちらかだ。
恐らく前者だ。というか前者であって欲しい。
勝手にしてもいない約束をしたと思い込むような子が嫁になるのは、不安である。
それと、もうすぐ来ると書いてあるが、正確な日付は書いていない。
こちらも知っていると思って書いていないのだろう。
ちなみに、この世界の暦は一年が三百六十日で、十二月に分かれている。一月は全部三十日だ。地球で使われている暦に近い。
どういう経緯で暦が定められたかは、知らない。
地球では、地球が太陽を一周する日数を、一年と定めているが、この世界はそもそも球体かどうかも分からない。
まあ、太陽らしきはものはあるし、夜になると月らしきものと、星らしきものも出てくるから、球体の可能性は高いような気がする。
今日の日付は六月三日だ。季節に関しては、五月、六月、七月が冬なので、ちょっとややこしい。
八、九、十が春で、十一、十二、一月が夏、二月、三月、四月が秋である。
私の誕生日は八月八日だ。
だいぶ、話が逸れた。とにかくもうすぐ来るということは、六月七日から九日辺りに来るということだろう。
父に聞いてみるのが、一番早いな。仮に勝手に約束を決めたのなら、父が知っているはずである。
「アルス様、何が書いてあったのですか?」
リーツが尋ねてきた。
「どうやら、私の許婚の子が、もうすぐここに来るらしいのだ。何か心当たりはないか?」
「え? 申し訳ありません。聞いておりませんね。でも、それは一大事ですよ。来るというのならおもてなしをせねばならないのに、何の準備もしておりませんからね。正確な日付はいつになるのでしょうか?」
「分からない。私は約束をした覚えなど、当然ないからな」
「レイヴン様に、聞いてみるのがいいでしょうね」
私と同じ結論を、リーツは出した。
父はすでに食堂にはいなかった。自室に戻って療養しているだろうから、そこに行って聞き出した。
「あー……そういえば、そんな約束をしたかも知れんな……結構前だったが……ハマンドから子供のうちに、一度合わせたいと言われて……頷いた気がする。なにぶん酒の席だったから、記憶は鮮明ではないが」
「……やはり約束しておりましたか。それでいつ来られるのでしょうか?」
「えーと……六月の……六日? いや、四日だったか。そうだ四日だ間違いない。思い出してきたぞ」
四日……? 四日って……。
「あ、明日じゃないですか!」
「そうだな」
「そ、そうだなじゃありませんよ! な、なぜ前日まで黙っていらしたのですか!?」
私が問い詰めると、父は罰の悪そうな表情で、頬をかいたあと、その後、急に決め顔になる。
「アルス、心して聞け」
「は、はい」
「誰にでも、失敗はある」
「……」
決め顔で何をいうかと思ったら、開き直った。
私はだいぶ呆れる。
「リーツ、至急おもてなしをする準備を始めるのだ」
「かしこまりました」
私と共に父の部屋に訪れていたリーツに、準備をする様に命令した。
○
一日でおもてなしの準備をするというのは、非常に大変で、それから屋敷中大騒ぎになった。
許嫁に貧相なおもてなしをして、婚約の話が破談になりでもしたら、最悪である。
忘れていたなんて、最低の非礼である。正直にいうわけにはいかない。何としてでも満足してもらえるもてなしを、たった一日で準備をする必要があった。
村人たちも手の空いているものには、手伝ってもらって、屋敷の内装の準備から、ちょっと汚くなっている外観の清掃など、急ピッチで進めていく。
大変厳しい状況であるが、さすが完璧超人のリーツだ。テキパキと指示を出して、物凄い早さで作業が進行していく。
マルカ人のリーツを馬鹿にするようなものは、家臣にはもはやおらず、全員きちんと指示を聞いていた。
それから、貰った手紙に書いてことから、花が好きであるということ分かっているので、花束なども用意する。
手紙には、冬に咲くミラミスという花が好きと書いてあった。花があまり咲かない冬であるが、ミラミスが咲くから、好きであるという。
ミラミスは、見た目は白い彼岸花である。屋敷の庭にも咲いている。
彼岸花には毒があったり、仏教的に死をイメージさせる花なので、あまりいい印象はなかったが、そういう先入観なしで見た場合、確かに綺麗な花ではある。
ミラミスに毒はないし、宗教的な事情ないので、ただの綺麗な花として見られていた。
このミラミスを積んで、花束にして贈呈したり、村に咲いてるミラミスを庭に移植して、屋敷の庭を飾ることになった。
相手はミラミスを育てているということなので大量に持っているだろうから、あげても喜ばれないのでは? という意見もあったが、向こうの好みに合わせるという姿勢を示すことが重要であるということで、そのままやることにした。
とりあえず何とか一日で、体裁は保てるようになったと思う。向こうも大領主の娘ではないし、これで何とか非礼扱いはされるということはならないと思う。
一日中働かされて、若干疲れた様子のリーツが私の近くに来て、
「あとはアルス様次第ですが……まあ、アルス様なら大丈夫でしょう」
とプレッシャーになるような事を言ってきた。
そうなのである。
結局、最終的に気に入られるかどうかは、私次第なのである。
体裁をいくら保とうが、私が嫌われてしまった場合、努力は全て水の泡と消える。
リーツはなぜか信用しているみたいだが、はっきり言ってまるで自信はない。
父の話によると、私より一歳上なので、相手の年齢は十歳か。
もう少し幼かったら良かったかもしれないが、十歳の女の子というと、少し難しい年頃である。
子供であるのは間違いないが、子供と思って接すると、痛い目を見るという微妙な年頃だろう。初恋をするというのも、だいたいこのくらいの年齢か。
私は別に女性にモテるというタイプでもなかったし、今世でも顔はそんなに良くない。至って平凡だ。
果たして、上手くやれるのだろうか?
たった一日だったので、適確な作戦など思いつけるわけもなく、
「アルス様、リシア様がお見えになりましたよ!」
その時を迎えた。
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