第22話 三年後

 それから三年経過した。私は九歳になる。

 だいぶ背も伸びてきて、力も徐々についてきた。


 森のスーを狩り尽くしてしまうかもしれない問題は、最終的に父に掛け合い、捕獲量を制限する規則を作ってもらうことで決着した。


 破ったらきつい罰則が待っているため、狩人たちはきちんと守っている。

 ロセルが、スー以外の動物を狩るための罠も開発したので、狩人たちの捕獲量は、制限後も落ちずにすんだ。


 この三年で変わったことは、色々ある。


 父が最近病気にがちになってしまったせいである。


 咳を良くするようになり、熱も頻繁に出るようになった。どんな病気かは医学の知識がないから不明だ。そもそも、前世の知識にある病気と、この世界にある病気が同じとも限らない。


 病気は、ウイルスや細菌が原因になる事が多い。地球とは違う、ウイルス、細菌がこの世界にあってもおかしくはない。いや、逆に同じという方がおかしいだろう。


 とにかく父は私の知らない病に犯されている。

 これが、自然に治癒するのか、それとも治さなければ死んでしまうのかも分からない。


 ただ父が病になったのは、数ヶ月前でその時からずっと調子悪そうにしているので、簡単な病気でないのは確かだろう。


 私は病になった父に、屋敷で大人しくしているように言ったが、絶対に戦には出るの一点張だ。

 代わりに私が出陣するとも言ったのだが、九歳の子供を戦に出すわけにはいかないと、それも駄目だった。


 説得できそうにもなかったので、せめてリーツを連れて行くように言った。

 私が一番信頼している人間は、リーツである。

 彼が一緒にいるなら、有事の際は何とかしてくれるだろう。


 その代わり、戦が起きた時は、リーツは私の教育係ではなくなる。


 最近ミーシアン州では、戦が起こりやすくなっているので、ほとんどリーツは戦場に行っている。最近あまり一緒にいる時間はない。


 新しい人材だが、三年探してそれなりにいい人材は何人か見つけられたが、飛び抜けた者は見つからなかった。


 カナレの町はあらかた見終わったので、そろそろ別の町を探したいところである。

 しかし、距離が離れているので、山賊などに襲われるリスクが高くなる。そのため護衛の人数を増やさなければならない。


 現状、リーツを含め実力の高い者たちは、皆、戦に行っているので、遠くまで行くことは難しいだろう。


 早く平和になって欲しいものであるが、すぐにそうはならないだろうな。


 何せ、最近戦が起こりやすくなった理由が、例のミーシアン総督の座を巡った跡目争いにあるからだ。



 ○



 屋敷の食堂。

 季節は冬となり、部屋の中には暖炉がつけられている。この辺りは、冬になっても急激に寒くならないのだが、それでも暖炉を付けたくなるくらいには寒かった。


 寒いと戦をする気がなくなるのか、最近は若干戦が減り、リーツや父と一緒にいる時間が増えた。


 今日も父が家にいるので、一緒に食事を取っているところだ。


「「ごちそうさまーー!!」」


 一緒に食事を取っていた、弟と妹のクライツとレンが同時に食べ終わり、椅子から立ち上がった。

 ちょっと前までは赤ん坊だった二人だが、すくすくと成長して、最近では喋り回るは走り回るは、非常に活発になっている。子供の成長は早いものだ。


 見かけは結構違いがある。

 クライツは父と同じく、髪が金色だ。レンは私と同じく黒色である。

 顔の作りも似てはいるが、瓜二つというわけではない。

 たぶん二卵性双生児なのだろう。


「にぃにぃあそぼー」

「あそぼー」


 私の服を引っ張って来た。これから少し父と話したいと思っていたので、


「リーツに遊んでもらいなさい」


 二人の世話をリーツに丸投げした。


「えー」

「にぃにぃもあそぼー」

「あそぼー」

「あー、分かった、あとで遊んでやるから。今は父上と話をするから、それまで待っていてくれ」


 そういうと、リーツの下に向かって行った。

 いきなり弟と妹がそれぞれ出来るのは、大変である。


「父上、最近お体はどうですか?」


 二人が去ったあと、私はそう尋ねた。


「全く、ッゴホゴホ……問題ない」

「咳しているのにいいますか……」

「こんなもの、問題にもならん」


 といいながらも、再び父はゴホゴホと咳をする。

 父の容体は、寒くなって来たからか、徐々に悪くなっている気がする。


「あの、やはりもう戦には出られない方が……」

「それは何度も、行かないわけにはいかないと言ったであろう。今、この情勢で戦に出れぬなど、ルメイル様に言えるわけがない」


 ルメイル様とは、カナレ郡長、ルメイル・パイレスの事である。父が仕えている相手だ。


 現在のミーシアン州の情勢は、まさに一触即発という状態だ。


 ちょうど一年ほど前、ミーシアン総督が病に倒れた。死には至らなかったが、寝たきりの状態になり、意識が戻らないようだ。


 総督は後継者を弟にすると書状に書き残していたらしいのだが、その信憑性に疑問が残り、兄は、これは弟のはかりごとである、と主張した。


 実際その主張は間違っているとも言えない。最近あまり出来が良くないと言われていた兄が、戦で功績を残し、これなら兄の方が継ぐだろうと家臣たちは思っていたようなのだ。


 それで結果後継は弟なので、疑問に持つ者は多く、兄に味方する貴族たちもいた。

 ただ確かに字は総督の書いたものであるという声もあり、その者たちは弟に味方している。


 ちょうど州が二分する感じになり、最悪の事態になってしまっているのだ。


 総督が生きているので、まだ本格的な戦は始めっていないが、死んでしまったら大戦になるのは避けられないだろう。


 カナレ郡長のルメイルは、兄を支持しており、隣のペレーナ郡長は、弟を支持しているため、対立している。


 そのせいで小競り合いが頻繁に起き始め、さらにその状況を隣のサイツ州も黙って見てはおらず、カナレ郡にちょっかいをかけてくるペースを上げている。


 非常に不安定な状況になっており、数は少ないが兵の質は高く、カナレ郡の中でも多くの戦功を残しているローベント家が、戦に出ないというわけにはいかなかった。


「ですから、父に代わって私が出陣を……」

「それもならんと前も言ったはずだ! まだ初陣も済んでおらん者に、軍の指揮ができるか!」


 一喝されて私は黙るしかなかった。


 前世で長く生きた経験があるとはいえ、戦で役に立つような経験など、一度も積んだことはない。


 ここで、任せてください、経験はないですが絶対にうまく指揮をして見せます、と胸を張って堂々と言い切ることは出来なかった。


 九歳だが戦に出ることが出来るという器量を、見せることが出来れば、父も無理をして戦に出なくていいはずなのに、今の私には到底出来なかった。


 私は黙って立ち上がり、部屋を出ようとする。


「待てアルス、忘れておったことがあった」


 父に呼び止められたので、出るのをやめる。


「何でしょうか?」

「お前の許嫁から手紙が来ておったらしいぞ。リーツに持たせてあるから読んでみよ」

「ああ、私の許嫁からですか……」


 ん?

 許嫁?

 聞き間違えか?

 許嫁って、将来私の嫁になる女性のことだよな?


「あの、許嫁……とは? 聞き間違えでしょうか?」

「ああ、言ってなかったか。お前には許嫁がいるのだ」


 衝撃の事実をあっさり告げられた。

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