第17話 一緒に勉強
翌朝。
「アルス様、ロセルがやってきましたよ」
リーツから報告を受けて、私は急いで屋敷を出て、出迎えに行った。
表に出ると、グレッグに連れられてきた、ロセルの姿が見えた。
「あ、アルス様、わざわざ出迎えていただいて申し訳ねぇです。お前も頭下げねーか」
グレッグがロセルの頭を掴んで、下げさせた。
「じゃあ、俺は仕事があるんで。ロセル、絶対迷惑かけるんじゃないぞ」
そう言って、グレッグは屋敷を去っていった。
「よく来たなロセル、早速、屋敷に……」
「ひっ……」
私が話しかけながら近づくと、ロセルは怯えながら後ずさる。
そんなに怖いのか。
これは人見知りというより、人間恐怖症の部類に入っていないか?
「ロセル、私はお前に危害を加えるつもりはない。そんなに怖がらないでくれ」
怯えさせないよう、笑顔を浮かべながらそう言った。
しかし、ロセルの表情は晴れず、
「う、嘘だ」
そう言った。
彼がまともに言葉を発したのは、これが始めてだ。
「嘘じゃないさ」
「う、嘘に決まってる。だって、お、俺なんかに才能がありっこないし。き、きっと俺を奴隷か何かにするために呼んだんだ。もしくは、俺をいじめて楽しむために呼んだ。そ、そうだ、き、きっとそうに違いない」
せきを切ったようにロセルは早口で喋り出した。
物凄くネガティブな考えの子だな。
人を簡単に信用したりしないようだ。
まあ、軍師としてはそういう面があった方がいいのかな? あんまり前向きすぎて、人をすぐ信じるというのも、問題があるだろう。
ただ、ここはあまり警戒をしてもらいたくない。
私はロセルに近づき、両手で肩を掴む。
彼の体は怯えて震えていた。
私は、涙で潤んだロセルの水色の瞳を、一直線に見つめた。
「私はお前には才能があると確信しているから、ここに来させた。決して危害を加えるためではない」
「……う」
真剣にそう言ったら、少しだけロセルの震えが収まった気がした。
しかし、そう簡単に信じるわけはなく、数秒後、ロセルは横を向き、視線を外した。
これ以上口で言っても仕方ないだろう。
「では、付いてこい」
私はそう言って、いつもリーツと勉強している、勉強部屋へと向かった。
「あの子、大丈夫なのでしょうか?」
向かっている途中、リーツが小声で尋ねてきた。
屋敷に入ってからも、ロセルは不安そうな表情で、キョロキョロと周囲を見回している。
相当警戒している様子だ。
「ワンワン!!」
屋敷で飼ってるペット、
「うわっ! も、猛獣だ!」
ロセルはアーシスを見た瞬間、逃げ出して近くにあった銅像に隠れた。
「怖がりすぎだろ。全然大丈夫だし、猛獣じゃないぞ」
私は大丈夫であるとアピールするため、アーシスの頭を撫でる。するとパタパタと背中の翼をはためかせた。嬉しいとこうするのだ。
「可愛いだろ?」
見た目は、翼の生えた愛玩犬の
「た、確かにその状態だと可愛いけど、そ、そうだ、変形するんだ。餌が来ると怖い、ケ、ケルベロスに変形するんだろ……? そ、そうか、俺はそいつの餌にするために呼ばれたんだ。きっとそうに違いない。小さい奴が好物なんだ。絶対そうだ」
またも早口で、ネガティブな考えを口に出す。
これはまたシャーロットとは別ベクトルで、癖のある性格をしているな。
怖がっているので、私は使用人を呼んで、アーシスの散歩に行かせた。
「これで怖くないだろ?」
私はそう言うが、ロセルはまだ警戒しているのか、キョロキョロしている。
無駄に時間をかけて、勉強部屋に到着。
私の勉強部屋にはたくさんの本が置いてある。
「そういえば、ロセルは字が読めるのか?」
この世界の識字率は、日本ほど高くはない。
それ以前に五歳なので、まともに字を読める確率は非常に低い。
「ちょっとしか読めない」
読めないならまずは、字を読めるようになるところだな。
リーツも最初は読めなかったが、五日くらい勉強したら、すぐ読めるようになっていた。
私は三週間くらいかけて習得したので、その時は才能の差を思い知らされた。
ロセルは知略の限界値が高いということは、相当地頭はいいはずである。
まだ子供で、吸収が早いということを考えれば、リーツより早く習得してもおかしくはない。
「今日は私は自習しておくから、ロセルに字を教えてやってくれ」
「かしこまりました」
私は自習をして、教えるのはリーツに任せることにした。
ロセルは怯えているのか、リーツの言うことには素直に従っていた。あの様子でちゃんと勉強できるか不安ではあるが。
リーツが何とかしてくれると信じて、私は自分の勉強に集中した。
しかし、教えてくれるのがうまいリーツがいない状況だと、中々捗らない。
戦術の勉強をしているのだが、そもそも実戦を知らない私には、いまいちピンと来ないことが多い。
うーん、ほかの事を勉強しよう。戦術は軍師に任せればいいしな。
地理や歴史を中心に勉強してみるか。
とこんな感じで、勉強する事をコロコロと変え、結局何一つまともに身に付かずない。所詮、前世の私の学力は中の中もしくは、中の下。
鬼のように集中して勉強するなんて、無理なのである。
時間も結構経過したので、ロセルがどのくらい文字を習得したのか見てみるか。
勉強をやめて、ロセルとリーツを見てみると、何やら黙々と本を読む、ロセルの姿が。
リーツは何も言わずにロセルを見ている。
「これはどう言う事だ。まさかもう文字を完全に習得したのか?」
この世界の文字は、日本語より英語に近い。
複数の文字を使うわけではないので、習得難易度は日本語よりは低いのだが、それでもこの早さで習得するのは驚異的である。
「え、ええ信じがたいですが……飲み込みの良さがちょっと尋常ないくらい良いですねこの子。字を習得し終わったあと、本に興味を示したから、読ませたのですが……」
「本はちゃんと読めているのか?」
「ええ、これ実は一冊目じゃないんですよ。三冊目です」
「馬鹿な。一冊三百ページはあるぞ」
「とにかく読むのが早いんです。それで中身もきちんと理解しています。読んでいるうちは、声をかけても全く反応せず、恐ろしいくらい集中しています。読み終わったあと、いくつか中身に関しての質問に答えると言う感じです。ロセルが本を読んでいる間、僕は座って待っているしかないんですよ。しかし、天才っているもんなんですね……」
ロセルは、リーツを唸らせるくらい地頭が良いようだ。
「最初は大丈夫かこの子と思っていましたが、やはりアルス様の人の才を見抜く力に、間違いはないようですね……」
その後、ロセルは本を好きになったのか何冊も続けて読む。
夜が近づいてくると、頭が疲れたのかいきなり電池が切れたかのように眠った。
私は使用人に、ロセルを家へ送り届けるように命令した。
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