第18話 ロセルの性格
それから、ロセルは毎日私と勉強をするようになる。
二回目三回目は、完全に警戒心が解けたわけでなく怯えていたが、流石に来る回数を重ねるごとに、私たちが危害を加える存在ではないと理解してきたようだ。
二十回目の今では、完全に慣れた。リーツの事を先生と呼び、私のことはアルスと呼び捨てにするようになった。
本も大量に読み、私の勉強部屋にある本を、全て読んでしまいそうな勢いである。
この世界では本は結構貴重な物なので、とてつもない量はないのだが、それでも二十日で読み切れる量ではないので、凄まじい速読力である。
知識も並の大人では知らないような事をたくさん身につけている。
ただ、それでも知略の数字は48とそこまで急上昇したわけではない。
恐らく知略というステータスは、単純な記憶力や知識があれば高くなるというものではないのだろう。
得た知識をいかに有意義に扱うかが、重要となる。
まだ五歳で、人生経験の浅いロセルは、自分の知識の使い方を知らず、いくら知識を身につけても、そこまで高い知略にはならないのだろう。
ただ、彼の知略限界値を考えれば、これから歳を重ねて人生経験を得ていけば、必ず身につけた知識を有意義に使えるようになり、知略もどんどん上昇していくはずだ。
まあ、とにかく今は色んな知識を身につけさせるのが重要だと思う。
幸い本人も読書に興味を示している。
自発的に身につけようと思った知識は、人から嫌々教わるより、覚えが早くなるだろう。
勉強の方は順調に進んでいるのだが、ロセルには気になる点もあった。
○
「や、やっぱり、俺は駄目な子なんだ……生まれて来なかった方が良かったんだ……」
今日もいつも通りロセルが、勉強をしに屋敷に来たが、自宅で何かあったのか、非常に落ち込んでいるようだ。
本は読まず、体育座りをして、膝と膝の間に顔を埋めている。落ち込んでいると全力で周囲に訴えかけるような、体勢である。
ロセルがこうなるのは、初めてのことではない。
家でグレッグに怒られた日は、決まってこうなるのだ。
私は慰めるため、話を聞く。
「また怒られたのか? なんだ怒られたんだ」
「…………」
言いづらそうにロセルは黙りこくる。
「寝小便でもしたのか?」
「うぅっ!!」
その通りだったのか、声を漏らした。
「前も言ったが、子供の頃は誰でも寝小便するものだ。気にすることはない」
「……アルスでもするの?」
「……」
私は黙った。
寝小便というものは、幼い子供は排尿器官が未熟なために起こる現象である。即ち、別に精神性が大人なので防げると言った類のものではない。
私も三歳くらいの時、何度か寝小便をして、その度に、恥ずかしさのあまり死にたくなったものである。
幸い、人より排尿器官の発達が早かったのか、現在寝小便をすることはない。
今はないと正直に答えると、ロセルを傷つけてしまう恐れがある。
嘘を付くべきかどうか悩んで、若干返答に迷い、返答に間が生じる。その間で、ロセルは察したようで、
「ないんだ! やっぱり俺だけなんだ。クソ! こんなちんちん切り取ってやる!!」
「ま、待て! 何とんでもないことしようとしている!」
ロセルは護身用なのか分からないがナイフを携帯しており、それを取り出して自分のイチモツを切り取ろうとする。私はその狂った行動を慌てて止める。
「と、止めるなー。これさえなければ!」
「や、やめんか、切り取っても治るどころか、たぶん逆にひどくなる! それにかなり痛いんだぞ!」
そう言ったら、ロセルの手がピタリと止まった。
「い、痛いの?」
「当たりまえだ」
「ど、どのくらい? すねを蹴られるより?」
「そんなもんとは比べ物にならんくらい痛いだろう」
やったことはないので、実際のところは分からないがな。
痛いということに怯えたロセルは、ナイフをしまった。
はあ、とんでもないことをしようとするやつだ。子供の相手はこれだから疲れる。
この子の欠点は、やはりネガティブ過ぎることだな。
軍師になるものなら、前向き思考だけでは良くないだろうが、それでもロセルほどネガティブなのも、良いとは言い難いだろう。何とか少しでも、彼の思考を前向きに出来ないか。
年齢を重ねてこのままだと、変えることが出来なくなるので、なるべく今のうちにどうにかしたい。
具体的な方法は、あとでリーツと話し合うか。
○
ロセルが帰ったあと、私はリーツとロセルの性格について話し合った。
「そうですね。軍師として良い悪いは置いておいても、ロセルの性格は僕も気になっていました。あれだけの才があるのに、自分は劣っていると思ってしまっているのは、あまり見ていて気持ちの良いものではありませんからね」
ロセルの性格をどうにかしたいと思っているのは、私だけではなかったようだ。
「ロセルのネガティブさの原因は、完全に父親のグレッグのせいです。彼から否定され続けたがため、ネガティブになっているのだと思います」
「私もそれはそう思う。グレッグに褒めさせればいいのだろうか?」
「グレッグに、ロセルを褒めろと命令しても、本当の意味で褒めさせなければ、賢いロセルのことなので、気づいてしまうと思われます。何かグレッグを感心させるようなことを、ロセルにやらせれば良いと思うのですが……」
感心させることか……。
ロセルの頭の良さを見せるには、どうしたらいいだろうか。
狩人であるグレッグに分かりやすく見せるには、やはり頭を使って、獲物を狩ってみせることではないだろうか?
「例えば、ロセルに狩りをするのに、有用な新しい罠を考えさせて、それを使ってロセルの頭の良さ示すというのは、どうだろうか」
「罠……ですか……難しいかもしれませんね。グレッグが狩人なら、それなりに多くの罠を知っていますし、いくら賢いからといえ、新しい罠を考えるというのは、そう簡単なことではありませんよ」
「うーん、そうか」
確かに新しい罠を作るのは、容易ではないだろう。
まだ五歳のロセルには難しい話だったか。
「でも、作らせてみるというのは、悪い話ではなありません。知を育むには、本を読むだけでは駄目ですからね。実際に物を考えないと駄目です。獲物を狩るための罠を考えるというのは、そういう意味ではいい練習になるでしょう」
ロセルの知略を上げるための練習にはなるか。
それで予想に反して、凄い罠を作った場合、父親を認めさせることが出来るし、出来なくても練習になるなら、とりあえずやらせてみたほうがいいかもな。
私は明日、ロセルが来たら罠を作らせてみてくれと、リーツに要求した。
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