第8話 予感
リーツが勝利する様子を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
これでとりあえずリーツは雑兵して、ローベント家に仕えることになった。
「す、凄いなあいつ」「勝ちやがった」「マルカ人なのに……」
兵士たちはリーツを家来にするということに、反対するものはいなかった。
父に意見を挟む勇気のあるものなど、いないということもあるが、強いものが入るのは彼らにとっても歓迎すべきことなので、反対したりはしないのだろう。一人でも心強い仲間がいれば、自分が死ぬ確率が低くなるからな。
父は木刀を置いた後、私の下へと向かってきた。
「お前の言う通り、リーツには確かな剣の才能を感じた。将来は超一流の剣士になるだろう」
直接対戦して、リーツの才能の高さを見抜いたのか、父はそう言った。
あくまで武の才はリーツの持っている才能の一つに過ぎず、本当は将軍、政治家としての才能の方が大きいんだけどな。
「アルス、お前は前にミレーの弓の才を見抜いておったな。そして今回もリーツの才を見抜いた。お前には何か特別な力があるかもしれんな」
私に鑑定が備わっていることを、父は察しているようだった。
「前にも言ったが、人材を見抜く力は領主にとっては非常に重要な能力だ。だが、見抜くだけでは墓穴を掘る可能性も高い。扱う力がないとダメだ」
相変わらず四歳児にする話ではない。
しかし、扱う力……か。もっともな話だ。
どれだけ才能のあるものを集めても、扱う力がなくては宝の持ち腐れである。
それどころか、有能な部下に裏切られ命を取られる危険性だってある。
肝に命じておかなければならないな。
「仮にお前の人材を見抜く力が本物で、さらに扱う力を身につけたら、この戦乱の世の中、大物に成り上がるかもしれんな。大貴族いや……」
父は一呼吸を置き、
「皇帝にまで成り上がるかもしれんな」
そう言い放った。
皇帝。
すなわち、このサマフォース大陸の戦乱を沈め、時代の覇者となる存在になれると、父は言ったのだろう。
そんな大それた存在になれるとは思わないし、なるつもりもない。色々面倒なことが多そうだからな。
とにかく死なないように立ち回れればいい。
「はっはっは、冗談だ。こんな少領から、皇帝になどなれるものか。何、お前が生きてこのローベント家を次の世代に繋げさえ出来れば、言うことはない」
父も冗談で言っていたみたいだ。私の頭を撫でながら笑った。そして練兵場を去り、自分の部屋へと戻っていった。
父が去った後、練兵場の兵士たちはリーツを取り囲み、自分とも模擬戦をして欲しいと頼み込まれていた。
どれだけ強いのか体感してみたいのだろうか。
だがリーツは父との激しい打ち合いで、手が震えて木剣を握れない状態になっていた。
そのため、兵士たちとの模擬戦は後日に持ち越すことになった。
○
さて、リーツが家来になったはいいが、どこに住むかが決まっていない。
兵士たちは村に家があるので、そこに住んでいる。村の空き家を探すか、この屋敷の中に住まわすか。
父に尋ねてところ、使用人部屋に空きがあるので、そこに住まわせるよう言われた。
私も村にいては差別されて、あまり気持ちよくないだろうと思ったので、屋敷に住まわせることには賛成だった。
その代わり、戦うだけでなく、使用人としての仕事もやるようになった。
「あの、本当に家来になっていいんですかね、僕なんかが」
「またその話か、家来になると決まってから三十回は同じセリフを言っているぞ」
私は屋敷の中の案内をリーツにしていた。案内は使用人がやると言っていたが、色々話して彼と仲良くなりたかったので、自分がやると言った。
「いやだって信じられなくてですね。貴族様の家来になるなんてのが」
「この家は弱小領地の領主に過ぎないし、お前もあくまで雑兵として雇われているだけだ。そんな夢のような話ではないぞ」
「い、いや、でも僕なんか本当にどこに言っても相手にされなかったので、十分夢みたいな話ですよ」
リーツは遠い目をする。過去の苦労を思い出しているのだろうか。
彼はそのあと、膝をつき私に向かって首を垂れて、
「アルス様。あなたがいなければ、僕は野垂れ死んでいたことでしょう。本当にありがとうございました」
お礼を言ってきた。
「別に礼を言う必要はない。私はお前の力に期待をして、家臣にしたのだからな。今後の働きに大いに期待しているぞ」
「はい、これから一生をかけてアルス様から頂いた恩を返すとここに誓います」
リーツは力強く、誓った。
私はその誓いの言葉を信じることにした。
彼はこれから先、私を裏切ることなく何度も何度も苦境から救ってくれるだろう。リーツの誓いを聞いて、そんな未来を予感した。
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