第7話 模擬戦

 練兵場に行くと、練習をしていた兵士たちが、一斉に表情を引き締め始めた。


 父は練兵場で稽古をつけることがあるのだが、それが非常に厳しいものであった。

 そのため、父が練兵場に来ると緊張感が走るのであった。


「今日は稽古をつけにきたわけではないから、今からこやつのテストを行う」


 父の稽古をしないという宣言に、場の緊張感が緩む。


 そして、兵たちの視線はリーツに注がれた。

 兵たちの視線は父に集まっていたため、父の言葉を聞き、始めてリーツの存在に気づいたみたいだ。


「テストって、そのマルカ人をですかい?」

「ああ、アルスの話だと、このマルカ人には、大きな才能があるらしい。まあ、仮に本当なら雑兵として雇うくらいはしてやってもよいと思ってな」


 父の言葉を聞き、兵士たちはざわめき始める。


「マルカ人に才能?」「ないだろそんなこと」「坊ちゃんも変わったことを言うなぁ〜」


 リーツの才能を信じるものは、誰もいないようだ。


 まあ、実力で分からせてやればいいだけの話である。


「木剣を持て」

「はい」


 リーツと父は木剣を手に取り、向かい合う。


「ハンデとして、三分間の模擬戦で、一太刀でも浴びせることが出来たら、貴様の勝ちとしてやろう。貴様は降参するまで、どれだけ攻撃を食らっても負けではない。グラッツ、砂時計を持ってこい」

「はっ!」


 兵士の一人グラッツが機敏に動き、練兵所の倉庫から、三分で落ちきる砂時計を持ってきた。


 中途半端な実力のものは、実際父に一太刀浴びせるのも至難の技である。

 実際、ここにいる兵士たちで、一対一の戦いで父に一太刀浴びせられるものはいない。


 だが、リーツくらい武勇があり、さらに歩兵適性Aを持っているのなら、そのくらいは出来そうである。


「そういえば貴様の口から名を聞いていなかったな。模擬戦をするのだ名乗れ」

「リーツ・ミューセスです」

「私はローベント家当主、レイヴン・ローベントである。貴様の力、見せてもらおう」


 その後、グラッツが砂時計を逆さにして、模擬戦が始まった。


 最初に動いたのは父だった。


 巨体を豪快に、それでいて素早く動かし、上段に構えた木剣を振り下ろす。


 あそこまで威力だと、頭に当たれば気絶は免れない。下手したら死ぬ可能性もある。


 常人ならその圧に腰を抜かして、その場で尻餅をついてしまうところだが、それなりに修羅場をくぐってきたからなのか、リーツは冷静に後ろに下がって剣を回避。


 リーツはすかさず攻撃に転じるが、あれだけ力を込めて斬り込んだのにもかかわらず、父はすぐに体勢を立て直してリーツの剣を回避する。

 流石にそれにはリーツも目を見開いて驚いた。

 父は筋肉バカではなく、技術も超一流であった。


 今度は父が攻撃する側に回る。驚いたリーツであったが、動揺はしておらず、父の攻撃を受け止めた。


 それからとてつもない速さで、斬り合いが始まる。


 最初は馬鹿にしていた兵士たちも、攻防を見て黙りこくった。

 ここにいる兵士は誰も、父とまともに一対一で勝負することは出来ない。

 父は、殺したり大怪我をさせたりしないよう、割と手加減をして相手をしているのだが、それでもすぐに木剣を落とされて、負けることがほとんどだ。一太刀浴びせるどころの話ではなくまともに勝負が成立することすらない。

 ここにいるのは、それなりの訓練を積んだ兵士だが、それでも父の相手にはならないのだ。


 今回の父は、相手がどうなろうと構わないという感じで、本気で戦っている。

 リーツはそれに一歩も引いていない。

 父の強さを知っているものなら、その様子を見て口をつぐむしかなかった。


 しかし、流石に徐々にリーツは押され始める。

 最初は攻撃を出来たが、徐々に防戦一方になってきた。


 砂時計の砂が半分ほど落ちたが、まだどちらも攻撃を当ててはいない。リーツもだが、父もリーツに一太刀も入れることが出来ていない。


 よく考えれば、実戦で敵から攻撃を食らうということは、当たりどころによれば死ぬことになる。


 実戦経験が豊富であろうこの二人は、敵から攻撃を食らうことなど、ほとんどないかもしれん。

 そうなると、今回のハンデは実質ハンデになってるか、怪しいではないか。


 ちょっとまずいなと思い始める。これは負けるかもしれん。

 流石に負けて不合格になった後、説得するのは難しい。

 今回の戦いで、父もリーツの才能は認めただろうが、それでも一度決めたことは遵守する人だ。

 決して雇うことはないだろう。


 何とかまぐれでもいいから、一太刀浴びせてくれと、祈るような気持ちで模擬戦を見守る。


 砂はほとんど落ちきり、残り時間はわずか。


 流石の父も、少し体力が切れてきたのか、動きが鈍り始めてくる。


 それを待っていたというように、リーツは残りの全体力、気力を搾り取るようにして父に攻撃をした。


 これが最後のチャンスであると思った、覚悟の攻撃だろう。


 リーツが狙ったのは足元だった。

 父は予想を外され、防御が間に合わず、スネの辺りに攻撃を食らった。


 兵士たちは何が起こったのか理解できないという、唖然とした表情で戦いの結末を見ていた。


 スネに攻撃を食らっても父は痛がりもせず、立っている。弁慶の泣きどころというが、父の泣きどころではなかったようだ。


 しかし、今のでリーツは父に一太刀浴びせることに成功し、模擬戦に勝利した。それどころか、実戦でも今のはリーツの勝利だった。何度かやれば負けるほうが多くなるかもしれないが、今回はリーツが勝利した。


「……お前の勝ちだ。約束通り雑兵として雇ってやろう」


 父は若干悔しそうに、そう告げた。


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