第6話 テスト

「父上! 彼を家臣してください!」


 私は父の部屋に押しかけて、そう言った。


 父は書状を書いている途中だったようだ。

 突然の乱入者にも気を乱さず、字を書き続けている。


 そして書き終わったあと、私たちの方に視線を向けた。


「彼とは、そのマルカ人の事を言っておるのか?」


 私は頷いた。


「ならん。マルカ人など家臣にするなど、聞いたことのない愚行だ。さっさと追い出せ」


 父はため息を吐きながらそう言った。忙しい時に戯言を抜かすなと言った表情である。


 やはり厳しいか。


 しかし、ここで折れるわけにはいかん。


「彼、リーツ・ミューセスには、高い才能があり、この者を家来にしないのは、大きな損失となります」

「……いいかアルス、マルカ人は我々サマフォース人と比べて、圧倒的に劣っているのだ。才能などあるわけがない」


 これがサマフォースに住む者の、マルカ人に対する一般的な認識であった。


 全てにおいて、明確に劣っている種族であると、マルカ人は認知されていた。


 比べた事がないから正確には分からないが、リーツみたいな才気あふれるものがいる以上、実際にそれだけの差があるとは考えにくいだろう。


「マルカ人、全体がどうかは分かりませんが、このリーツは間違いなく天に選ばれし才気を持っております。お疑いになるのならば一度、能力を試すテストをしてみてはいかがでしょうか?」

「……」


 私の話を聞き、父は少し考える。


「……なぜそれに才気があると分かる」

「分かるものは分かるのです」

「確かにお前は、ミレーの弓の才を見抜いたが」

「はい、あの時のように私にある直感が、彼に類い稀なる才能があると告げているのです」


 父は真っ直ぐに私の目を見てくる。


 威圧感の感じる鋭い目つきだったが、私は動じずに見つめ返した。

 そのあと、リーツの目も見た。

 厳しい人生を送ってきたからだろうか、彼も父の目つきに押されはしていないようだ。


「そこまで言うのなら、テストをし、才能ありと分かれば、雑兵として雇うくらいはしてもいいだろう」


 よし、許可を貰った。

 雑兵だとしても問題ない。

 父は何だかんだ言って実力主義者である。

 必ずリーツなら戦功を立てるだろうから、最終的には出世するはず。

 仮にしなくても、私が家を継いだ時に出世させれば大丈夫だろう。


「テストは単純なものである。この私と模擬戦を行い勝利すれば合格としてやろう」


 私はテストの内容を告げられ、動揺する。


 父の現在の武勇値は94で、リーツ70である。

 限界の数字はリーツは90あるので、育ちきったらまだ勝ち目はあるが、現在は難しいだろう。


「あの、父上。彼はまだ十四歳と若いです。父上ほどのお方と戦って勝つことは、いくらなんでも非常に困難かと」

「才能があるんだろ?」

「ありますけど……父も武においてはまさに天賦の才をお持ちのお方です。リーツが成長しきったら時はいい勝負が出来るかもしれませぬが、今は難しいかと存じます」

「本気では戦わぬ。ハンデを付けてやる」


 どのくらいのハンデになるかは分からないが、それならまだ勝ち目はあるかもしれない。

 これ以上譲歩は取れないだろうから、飲むしかないだろう。

 私はそれで良いと頷いた。


「それでは戦う場所は練兵場だ」


 父は立ち上がり練兵場に向かって歩き出した。


 私とリーツも後に続く。



 歩いている途中、


「あの、アルス……様、なぜ僕などを家臣にしようと思われたのですか? 同情ですか?」


 リーツが不安げな表情で尋ねて来た。


「理由なら先ほどはっきりと父上に申し上げたはずだ。聞いていなかったのか?」

「僕に才能があるという話ですか? しかし、そんなもの僕には……」

「戦うのは得意なのだろう?」

「え、ええ。戦闘の腕に関しては結構褒められていましたけど、僕にはそれ以外何もありませんし」

「お前には戦闘の腕だけでなく、兵を率いる能力、知恵、政治を取り仕切る能力、全てが備わっている」

「いや、僕にそんなものがあるとは……」

「今まで活かす機会がなかっただけだ。ローベント家に仕えて存分にその力を発揮してくれ」

「は、はぁー……」


 リーツは少し釈然としない表情になる。


 不満なのだろうか。

 そういえば私は、彼から家臣になりたいかどうか聞かずに、連れてきていたな。


 家臣にしたいという思いが先行しすぎて、当たり前のことを聞くのを忘れてしまっていた。これはいかん。


「ローベント家の家臣になるのが嫌なのか? なら今すぐにでも、やめるよう父上に言うが」

「あ、いや、家臣になるという話は嬉しいし、これ以上ない良い話だと思うですが……何だかそんなうまい話があるのかと思って。どこに行っても、マルカ人ってことで迫害されてきましたから」

「別に騙しているわけではない。それにまだ家臣になると決まったわけではない。父上の課すテストは厳しいものになるだろう。まあ、お前なら合格できると信じているがな」


 私からそう言われて、リーツは少し気を引き締めたようだ。

 とにかく家臣になりたくないというわけではなかったので、それは良かった。


 しばらく歩き、私たちは練兵場に到着した。

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