第5話 リーツを連れて行く

「困っているようだな」


 私はリーツに声をかけた。


 最初は睨みつけてきたが、私が子供であると分かると、表情を緩めた。


「僕みたいなのに話しかけると、大人たちに怒られてしまうよ。僕のことはいいから、早くどこかに行きなさい」


 彼は立ち上がりながらそう言った。どうやら私の事を気遣っているらしい。


 近づいて顔をよく見てみると、非常に整った顔立ちをしている。日本にいたらアイドルにでもなれ

 たんじゃないかというくらいだ。


 髪は短く黒い。背は大柄で170後半はありそうだ。十四歳という年齢を考えると、180中盤くらいまでは伸びそうである。


 まあ、リーツの外見がなんであろうと関係はない。私は能力を見て部下にすると決めたのだからな。


「リスクは承知で話しかけた。私の家臣になってくれ」


 私は直球で告げた。


「え、えーと、ごっこ遊びかい? う、うーん、遊んであげたいのは山々だけど、僕も今は余裕がないしなぁ」


 リーツは苦笑いを浮かべる。

 子供の戯言だと思っているらしい。

 まだ自分が領主の息子だと伝えてないので、当然そうなるか。


「そうではない。私はアルス・ローベント。この村を統治している領主の息子である。お前に類い稀なる才能を感じたので、私の家臣になってほしい」


 その私の言葉を聞いた時、リーツの表情が一変する。


「領主の息子……? 君が?」


 疑いの眼差しで私を見てくる。

 無理もないだろう。今の私は領主の息子とバレないよう、みすぼらしい格好をしている。

 彼はこの村の人間ではないだろうから、私の顔を見てもピンと来ないだろうしない。


「とにかく困っているなら、私と共に来い」

「いや、しかし……」


 リーツは迷う。こんな子供に頼っていいのだろうか悩んでいるのだろう。


 すると、グーという音がリーツの腹の辺りからなった。


「腹が減っていたのか」

「そ、そうだけど」

「食料ならいっぱいある。くれば食べさせてやるぞ」

「……え、えーと」


 私の言葉に、リーツは心を大きく揺らされているようだ。


 そして結局、


「あの、行かせてください……」


 と少し顔を赤らめてお願いしてきた。



 ○


「そういえば、名乗ってなかったね。僕はリーツ・ミューセスというんだけど、君はアルス・ローベントだっけ?」

「ああ、そうだ」


 屋敷に向かう道中、リーツが自己紹介をしてきた。


 この機会に彼のことについて、色々聞いておこう。


「リーツはなぜあの村にいたんだ?」

「色々あってね。僕は傭兵団にいたんだけど、戦争で傭兵団のメンバーが大勢死んじゃってね。上で指揮を執っていた幹部たちがほとんど死んじゃったから、もうどうしようもなくなり、傭兵団は解散。僕は行くあてもなく各地を彷徨っていたら、ここに行き着いたんだ」


 相当苦労してきているようだな。

 しかし、実力があるのだろうから、ほかの傭兵団や用心棒として生きていくことは出来ないのだろうか?

 私は尋ねてみた。


「無理だよ。僕みたいに名声がないマルカ人の子供を雇うところはどこにもない。信用ができないからね。前の傭兵団は子供の頃から所属していたからね」


 リーツは苦笑いをしながら説明をした。


 確かに信用のおけないものが、用心棒をしたり、傭兵団に入ったりするのは難しいだろうな。


 普通ならば、その辺で見かけた青年をいきなり家来にしようなんておかしな話であるしな。


 鑑定で信長並みの能力値であると分からなければ、そんな暴挙は普通やらないだろう。


 話をしながら歩いていたら、屋敷に到着した。


 リーツは私の家を見て、口をあんぐりとさせて、


「こ、ここが君の家なのか?」


 そう尋ねてきた。


「領主の息子だと言っただろう」

「ほ……本当だったのか……い、いや、えーとすいません何か領主様のご子息に気軽く口を聞いてしまって」

「構わん」

「あれ? でもちょっと待ってください。あなたが領主のご子息だということは、最初に家来にすると言ったのは、冗談などでもごっこ遊びでもなく……」

「無論、本気だ」

「え、ええー!?」


 リーツは驚愕する。

 あまりのことにどういう顔すれば分からないと言った感じだ。


 最初にリーツに飯を食べさせて、そのあと、父上に家臣にするよう頼み込もう。


「アルス様! また外に行っていたのですか!? 困りますよ全く! 何かあったら私が殺されるのですからね!」


 ちょうど執事が駆け寄ってきた。

 クランツという五十台手前ほどの執事である。

 大昔からローベント家に仕えている。

 私の身の回りの世話をしてくれている。


「説教は後にしてくれ、それよりも食料を用意しろ」

「お腹がお空きになられているのですか?」

「いや、私が食べるのではなく、この者が食べる」


 私は後ろに立っていたリーツを指し示した。


「え? そ、その者はマルカ人ではないですか! そのような下等な者を屋敷の中に入れるなど、何を考えておられるのです!」


 クランツは顔を真っ赤にして、私を叱った。


 リーツが差別されていることは不愉快ではあるが、これはしょうがないことだ。

 マルカ人差別は根が深い。少なくとも私の知っている者たちは皆、マルカ人は下等な人種であると思っていた。

 常識として根付いているので、そう簡単に変えることは不可能であるのだ。

 多少説得しても変わることはないだろう。


「とにかく早く食料を持ってくるんだ。彼は空腹で死にそうなんだ」


 死にそうかは知らないが、緊急性をアピールするため、そう言った。


「……分かりました。マルカ人といえど死ぬのは可哀想ですからね。しかし食べさせたらすぐに追い出すのですよ!」


 と言いながら、クランツは食料を取りに行った。


 しかし思ったより嫌われているようだな。

 これで家臣になど出来るのだろうか?


 いや、絶対にしてみせる。

 リーツは必ず、私にとって必要不可欠な人材に なるはず。

 これから何度も私を救う活躍をしてくれるだろう。ここで逃してなるものか。


 クランツが、パンと水を持ってきた。


「あ、ありがとうございます!」


 味のない、硬いパンだったがそれでも美味しそうに、リーツは食べた。


「さあ、では追い出して下さい!」

「それは出来ん。私は彼を家臣にするつもりで連れてきたのだからな」

「な、何を、何をおっしゃっているのです! そのようなこと!」

「とにかく父上に話をしてくる」


 私はリーツの手を取り、クランツを無視して、強引に父のいる部屋に向かった。

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