第4話

「まあまあまあ! 『賢者』様と『勇者』様ではありませんか!」


 アルネとルミアが目当ての魔道具屋に入ると、二人に気づいた人の良さそうな初老の女性が話しかける。

 二人とも世界的に有名であるため、この街の住人には名前だけでなく、顔まで覚えられているのだ。


「もしかしてお二人も噂を聞きつけて?」

「ええ、具体的にどのようなものかまでは存じないのですが……」


 アルネのその言葉に初老の女性はあるモノを持ってくる。ちょうど手に収まるくらいの四角い箱のようなものだ。


「作製者が言うには魔道具ではないらしいのですが……なんでも『空間の記憶を切り取る』ものらしいですよ?」

「空間の記憶を切り取る……?」


 よく分からない、といった風にアルネは言葉を繰り返す。そんな彼に女性はその四角い道具を操作して見せる。

 パシャリ、という音と共に一枚の紙が出てくる。

 アルネはそれを拾い上げると。


「これは……! 確かに空間の記憶とも言うべきものですね。なるほど……へぇー!」


 普段の落ち着いた雰囲気からは想像もつかない声を出すアルネ。

 アルネと女性が話し込んでいる間、ルミアは所在なさげに魔道具店の隅で佇んでいた。


 ──私のこと、放ったらかしにして……


 ルミアがそう寂しそうにした瞬間。


「ルミア! これ、見てみろよ!」


 まるで彼女の感情を察知したかのように、アルネはルミアに話しかける。


 ──ほんとうに、この人は


 ルミアは顔を赤く紅潮させた後、小さく微笑む。


「もう! 自分ばっかり楽しんで! ……って、何これ! すっごーい!」

「これ、『カメラ』と『写真』って言うらしいぞ」

「へー、あ、これって売り物ですか?」

「ええ、少々お高くなってしまいますが……」


 しかし、そこは『賢者』と『勇者』。冒険者として成功している彼らは少々の値ぐらいどうということもない。


「大体三千万くらいなんですが……」


 全く少々ではなかった。


「そ、それは流石に……アルネ、どうする?」

「えっと……取り置きってお願い出来ますかね?」

「ええ、可能ですよ。それに……元々買う人がいませんからね……」


 それもそうだろう、と心の中で頷く二人。二人でさえおいそれと買えないのだ。

 そんなお金をポンと出せる人間などこの街にはいない。



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



「流石に三千万はねぇ……」

「しばらくはお金貯めないとだな」


 魔道具店を出た彼らは先程の『カメラ』の代金をどうするか話し合っていた。

 彼らの中には既に買わないという選択肢は存在しない。


「でも稼げば稼ぐ程……」

「税金が……」


 高所得である彼らにはかなりの税金が課せられる。はあ、と二人が溜め息をついていると……


「ルミアさん? ルミアさんではありませんか!?」


 男性が駆け寄ってくる。その後には三人の女性が連なってやって来る。


 アルネは誰だ? と目で問いかけるも、ルミアは知らない、とばかりに首を横に振る。

 そんな二人の様子に気づいた男性は驚いたように叫ぶ。


「お忘れですか!? 以前貴女に助けていただいた、一条翔いちじょうかけるです!」


 彼の言葉を聞いた瞬間に二人とも、ああ、またか……と、納得する。


 彼ら二人が助けた人達はそれこそ星の数のようにいる。申し訳ないが、顔や名前など一々覚えてられないのだ。それが珍しい黒髪黒目であっても、だ。


 ルミアに自分のことを覚えられていないと分かると男性は酷くショック受ける。と、ここで漸くアルネの存在に気付く。

 今までルミアのことしか見えていなかったらしい。


「ん? 君は……魔法使いだね? なぜ魔法使い如きがルミアさんと共にいるんだい?」


 彼は初対面であるはずのアルネに厳しい言葉を浴びせる……が、当の本人はどこ吹く風、といった様子。

 魔法使いである彼にとってこんな暴言など行くあちこちで聞いた。流石に『賢者』と呼ばれるようになってからは初めてだが。


 一般に魔法使いというのは偏見の目で見られやすい。よく言われるのが『奴らは安全地帯から魔法打ってるだけだ。本当に大変なのは前衛だ』である。

 しかし、こんな事を言うのは一昔前の時代錯誤の人間のみだ。


「ルミアさん、僕たちと一緒に来て下さい。こんな魔法使いなんかよりも、よっぽど僕たちのパーティの方がルミアさんには相応しいです」


 その瞬間、アルネとルミアの二人の思考は一瞬停止した。

 彼の言っていることが『賢者』『勇者』でも分からなかったのである。そして、後ろの女性たちが黄色い悲鳴を上げる理由も。


 しかし、そこは『賢者』。ルミアよりいち早く状況把握をすると、彼女を庇うようにして立つ。


「一条翔さん、と言ったね。すまない、彼女は俺とパーティを組んでるんだ。どうかお引き取り願いないだろうか」


 アルネは出来るだけ相手を刺激しないよう優しい声音で言ったのだが、それが却って相手を怒らせた。


「君がルミアさんに不自由を強いているんだね。もう大丈夫ですよ、ルミアさん。僕が救ってあげますから」


 ──黒髪黒目の極東人は魔法に大変関心を持ち、差別や偏見を嫌うと聞いていたが……どうやら違ったようだ。


 一条翔のせいで極東人の株価が大暴落である。


 彼は持っていた大剣を抜くと、アルネの方へ構える。


「ルミアさんを賭けて僕と勝負しろ!」


 ──それにどうやら常識がなく、粗暴なようだ。


 極東人の株価は落ちる所まで落ちた!!


 無論、街中での抜刀および攻撃魔法の使用は禁止されている。

 そのため、アルネは何もしなかった。

 そのことが更に彼の怒りに火をつける。


「僕を馬鹿にしているのか? いくぞっ!」


 大仰な前振りと共に彼は剣を振りかぶりながら、走ってくる。


 ──仕方ないか。


 アルネは出来るだけ小さな声で唱える。


「『アポート』」


 途端、アルネの左手に先程まで彼の持っていた剣が出現する。

 物を自分の下に引き寄せる魔法『アポート』の効果だ。本来ならば、それはもう長い詠唱をしなくてはならないのだが、彼は詠唱を必要としない。

 彼は存在しうる全ての魔法を無詠唱かつ最高熟練度で扱う。彼が『賢者』と呼ばれる一因でもある。


「あっあれっ!? 僕の剣が……!?」


 彼は自分の手元から剣が突然無くなったことに慌てふためく。

 そんな彼にアルネは指をパチンと一つ鳴らす。


 すると、彼は膝から崩れ落ちてしまった。


「「「カケル!?」」」


 彼と共にいた三人の女性たちが心配して彼の下へと駆け寄る。

 しかし、倒れた彼がただ眠っているだけだと分かるとほっと一安心する。


 そう、先程彼が行使した魔法はただの誘眠魔法。本来必要のない指鳴らしは力の誇示の為であった!


 アルネは女性たちの下へと行くと、彼女たちに剣を差し出す。


「この剣は返すよ。それと、彼に魔法使いの有用性というものをしっかりと教えた方がいい」


 彼が力を誇示したのはこの為であった。

 普通に言っても聞かなそうだから、とわざわざ格好つけたのだ!

 その結果、少々痛い人間が出来上がってしまったのだ!


 少なくとも、ルミアにとって今のアルネは少々痛い人間であった。



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 ーーーー

 ーー



「はあ、とんだ邪魔が入ったせいで台無しになってしまったな」

「ええ、せっかくのデー……おっ、お出かけが、ね」


 二人はこれがデートでないということを忘れていた。


 そう、重ね重ね言うが、これはデートなどではない!

 後一押しのきっかけさえあれば付き合いそうな二人であったが、まだ付き合ってはいない!


 どちらが「付き合って下さい」と言ってしまえば、付き合ってしまうだろう二人であったがどちらも言わない。


 恥ずかしい、という感情と自分から言うのはなんか負けた気になるからだそうだ。

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